風が伝えた愛の詩

風が伝えた愛の詩

August 27, 2009
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カテゴリ: 夢想
あの夏はいろいろな人との出会いと別れがあった。

みのるさんとはランドで出会った。

「はじめましてみのるといいます。ふだんはもう少し男前なんやけどね、今日は二日酔いで頭ががんがんや。おりんちゃんはお酒飲めるの?飲める顔ですねぇ、めっちゃ強そうですやん。昨日何飲んだんですか?」

「昨日はビールの後に手作り梅酒のロックですね。おりんです。よろしく。お酒? 好きですよ。」

「二日酔いで頭ががんがん」
みのるさんのその言葉が気になっていたので、おりんは休憩時にアイスコーヒーを買って、それといつも持ち歩いていた頭痛薬を一緒に手渡した。

「別々にどうぞ。どっちの方が効くかな?」

二日酔いを治すのにはコーヒーがいい。飲みすぎた直後はだめだけれど次の日の朝に飲むと、たぶんカフェインの利尿作用かなんかで体内に残るアルコール分を取り除いてくれるとかくれないとか聞いたことがあったのだ。みのるさんは缶コーヒーで頭痛薬をいっきに流し込んで、

「ふんっ。これで治る。おりんちゃん今日飲みにいきましょうよ。ところで、彼氏はいてはるんですか?」



「一月先に聞いてくださいな」

なんてあいまいな返事。ランドは夏だけのバイトでお邪魔していた場所だから、ひと月先にはほぼ契約が切れるころ。いま思えば卑怯な返事でもあったかな。。
みのるさんはそんなおりんの心中を察したのか、あえて理由を尋ねることはなかった。

「じゃあ、メールアドレスを教えてくださいよ」そう言った。
「携帯の住所どこだったかな~そうだ、私、ユッケ下げにきた」

次の日もみのるさんは二日酔いで胃が痛いと言っていた。

「しゃあない人ですね、もっと身体はいたわるものですよ。で、どこで飲んではったん?」

おりんにとってみのるさんはとても話し易い人で、会った次の日から打ち解けて軽口をたたける人だった。

みのるさんが「おりんちゃんて坂本冬美に似てますよ、安ぅ赤札にした感じですけどね」と言えば、

「みのるさんて誰かに似てはると思ったら、そうや、電気うなぎの太郎にそっくりですね。兄弟ですか?」と返す。そんな具合である。

みのるさんは4つ歳下だった。おりんの方が年上であるとわかった時も態度は変わらず、むしろ距離はもっと近くなった。


なんかにんにくの匂いがするなと思えば、いつのまにかそばに来ていて、隣で息を吐いている。

「おりんちゃん、足元ごめんね」そう言っておりんの足もとの冷蔵庫から自分用の2リットルペットボトルを取り出す。それを口に含んだかと思うと
「ガラガラガラ~」って。

隣に仁王立ちして左手を腰に、右に大きなペットボトル。音はみのるさんののど元のあたりから聞こえている。おりんは何も飲んでいないのに吹き出し笑いをしたものだ。

みのるさんはいつもおりんを苛めるいたずらッ子のようであったけれど、時に優しい側面もあった。



「それ、売りものなんだから みのるさんだめじゃない。」おりんは内心そう思う間もなく口をあけていた。いえ、あけた口に入れてもらうのではなく、手でもらって自分の口に放り込むのだけれど。

和食を専門としていた彼は時々板場にもいたりもして。いないな~と思ってレーンに行くと、にぎりたてのにぎり寿しや稲荷寿しを手渡してくれることもあった。みのるさんはその時だけ小声になるのだ。「はい。食べて。」そう、もちろんこれもだめ。調理場にもレーンにも監視カメラが作動していて、おりんはその監視カメラに背を向けてしゃがむとみのるさんからもらったソレを口に頬張った。こっそりと食べるお寿司はほんのりと甘くって口の中に入れたら米がほどけた。

トリュフもみのるさんにもらって初めて口にしたものであったし、握り寿司やお稲荷さんや、自分のためだけに作ってくれたものを受け取るのもおりんにはとてもうれしかった。

みのるさんはおりんのことが好きだったのかもしれないし、おりんもまたみのるさんのことを好きになり始めていたのかもしれない。少し経つとメールの交換も始まっていて、ときどき写真付きのメールも届いた。「下ビラメのバタームニエルにシーザーサラダ」タイトルには「今日の献立です」と書いていた。おりんちゃんの得意料理は何?と聞かれて「スパイスから作るカレーと手作りフォカッチャ」と答えると、「おりんちゃんのカレーとフォカッチャを食べさせてくれ」というメールが返ってきた。
「いつか機会があればね」

その時おりんはそう返事したのだけれど、結局その機会は訪れることはなかった。2人で飲みに行く計画が実現するよりも早く、おりんが結婚を決めてしまったのだ。相手はみのるさんの同僚で、そのころ体重が96キロあって心臓の悪い人。

休みがちょうど重なって、映画の話から一緒に映画を見ようと出かけた人。

まさか彼と最初に出かけた日に「結婚してくれ。でなければ僕は死ぬ。できるだけ早く返事がほしい」と言われるとは予想もしていなかったし、二日後「はい。」と返事をしている自分がいるなどとは想像もしていなかった。

後で聞くと「まさかあんなことを言うとは、自分でもびっくりしている。君のことはそれまで好きとかいう感情はひとつもなかった。それやのにあの時背中を押されたみたいに、気が付いたらそう言っていた。」と彼は言う。

おりんはおりんで、「死なれたら困る」とまず思い、それから断る理由を探してみたけれど何も見つからなかった。「死なれたら困る」ともう一度思い、「はい」と返事をすることになる。おりんにも彼に対する気持ちは一切もちあわせてはいなかった。「嫌いではない」というのが当時の正直な気持ちである。みのるさんと出かけるより早く休みが重なったのもひとつの縁で、彼が背中を押されたというならそれもひとつの縁なのだろうか、と思うことにした。

同じ職場のこと、その次の日にはみのるさんの耳にも入っていたらしい。
みのるさんは昨日もお酒を飲んでいて「久々に難聴が出た。二年ぶりや。」とだけ言った。
二年前に奥さんが他の男の人と逃げて行ったことをみのるさん本人から聞いて知っていた。難聴は「聞きたくない」というシグナルだろう。おりんはその時になって、わたしはちゃんと考えたのだろうか、と自分の心に問いかけてみたけれど答えは見つからなかった。

みのるさんはそれから少しの間難聴を理由に休みがちになった。
おりんがみのるさんに対する自分の気持ちに気付いたのもこの時である。調理場にもレーンにも彼の姿が見当たらず他の同僚に聞く。休みだとわかるとどうしていいかわからないほどさみしくなる。大声で笑うこともなかったし、カメラに隠れてものを頬張ることもない。「ガラガラ」って音を聞くこともなかった。

それから少ししてみのるさんは以前ほどではないけれど、おりんにも明るく声をかけるようになってきた。
「おりんちゃん、明日休みでしょ。僕も休みです。一緒に山へいかへん?」
すごくうれしかったのだけれど、その時はおりんが足を負傷中。この足は何もしていないのに昨日腫れ上がってきて歩くのもままならなかった。「行きたいけれど、この足じゃ無理かなぁ。昨日から腫れてるの。」

チャンバ(人が出入りできる大きな冷蔵庫)に食材を取りにいけば、決まって誰かが電気を消す。「きゃっ」と言って飛び出せば、みのるさんが大笑いをして立っている。そんな光景が夏一杯まで続いておりんはランドを後にした。





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最終更新日  August 27, 2009 07:19:29 PM
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