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さわやかな朝。でも駅につくと妙に騒がしい。スピーカーからは最大音量で駅員のガイドが流れる。止まらない。「XX行きの電車がまいります。XXにて急行に抜かれます。黄色い線までお下がりください。まもなく扉がしまります。ご注意ください。扉が閉まります。ご注意ください。発車いたします。扉がしまります。」これが延々と繰り返される。案内は止まることはない。朝の静かさとは無縁だ。なぜだろう。この案内の合間には別の録音された案内が流れ続ける。ここまでする必要がはたしてあるのだろうかはなはだ疑問だ。
2007.05.26
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ここは色とりどりの魚たちの楽園。たくさんいる。小さな魚も大きな魚もゆうゆうと泳いでいる。逃げることはない。海亀もいる。過去10回近く来たが、いつきても最高の気分にさせてくれる。また来たいといつも思う。次回は、ぜひ両袖の半島を歩いてみたいと思う。
2007.05.23
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JALwaysのサービスにはいつも満足している。自然な笑顔が一番すばらしい。作り笑顔ではない、真心のこもった笑顔だからだ。作った笑顔はなんとなくぎこちなく、ひきつっているように見える。本当に顧客のためにとサービスを提供しようという態度が素晴らしいと思う。
2007.05.20
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マジックアイランドに行った。あいにく雲がかかっていて残念ながら夕日は見ることはできなかったが、自然の中でおこなわれるささやかな結婚式を見ることができた。そうでなくてもこの場所にくるといつも神聖な気持ちになる。
2007.05.20
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カラカウア大通りとクヒオ通りの交わるところにお気に入りのタイレストランがある。3年ほど前にたまたま見つけ、友と行った思い出の場所だ。グリーンカレーが驚くほどうまいレストランだ。
2007.05.18
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ハワイは何度来てもあきない。いつ来てもやわらかい風が体をやさしくつつんでくれる。ゆったりとした時が流れていく。せわしない日常にもどるのをつい放棄したくなる。いつかここでのんびりと暮らしたいと真剣に考え始めている。
2007.05.18
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Hyatt Regency Hotelに隣接するReunion Tower。ダラスの数少ないランドマークのひとつだ。どういう名前の由来があるかは調べてみないと不明だが、言葉自体は再会とか同窓会とかという意味だろう。夜になるとボールのような球状の先端に無数の小さな明かりがともる。遠くからみてもきれいだ。夜の街にうかぶサボテンのように見える。今回ここで出会ったひとたちとのReunionがいつか果たせることを願う。
2007.05.16
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ダラスは夜になると少しきれいに輝く。緑のふちどりをしたビルの陰がまわりの鏡のビルにあちこし反射してとてもきれいになる。
2007.05.15
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これがダラスのダウンタウン。ダラスにはこれで4回目。最初は1981年、その後が1990年、1999年、そして今回。タクシーの運転手は、ダラスが最近大きく発展して変わったというけれど、どうも自分には実感がわかない。1981年の方が立派だったような気がするからだ。
2007.05.14
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昨晩めざましをセットしなかったが、目が覚めたら朝8時。不思議なことにほとんど時差を感じない。カーテンをあけると、ホテルのまわりにはほとんど何もない。ダラスの中心部から少し離れているせいか。
2007.05.13
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久々にアメリカのマックにはいった。日本と違いコーラのカップがばかでかい。日本の特大サイズがアメリカの標準サイズだ。アメリカのラージは日本のバケツほどある。冗談ではなく本当だ。代金をはらってレシートをみたら、ドライブスルーではなく、お店で食べて帰る場合は、"Eat In Tax"がチャージされている。いったいいつから導入されたのだろうか。
2007.05.13
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一年ぶりのアメリカ。サンフランシスコで飛行機を乗り継いでこれからダラスに向かう途中。写真はサンフランシスコ空港に着陸前の空撮。Googleで調べたところ、形からして見えているのはPigeon Pointという名前の半島のようだ。
2007.05.13
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これまでのブログを振り返ってみて今日思ったこと。ネガティブな話題が多いこと。これからはもっと明るい話題を見つけていこうと思う。インドの話もいったん終了。
2007.05.06
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日本へ帰国するフライトが離陸してしばらくたったころ飛行機の中を蚊がぶんぶん飛んでいるのがわかった。マラリアの恐怖がよみがえった。蛍光管の中にも虫たちがたくさんいた。掃除をしないのだろうか。床にはゴミが散乱していた。インドの街中と同じだった。シンガポール到着の30分ほど前、左右に2~3回大きく揺れた。初めて経験するゆれだった。明らかに飛行機はバランスを失った。墜落の恐怖を感じた。着陸した瞬間操縦室の扉がひらいた。手前にいたスッチーがあわてて、となりにあったトイレのドアを開けてとっさに操縦室を隠した。飛行機はシンガポールに1時間ほど遅れて到着した。出発が遅れたわけではない。エンジンがひとつ止まっていた可能性がある。恐怖。
2007.05.06
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初めて使うインドの航空会社。なぜか座席は一番前列の1C席。思わず心の中でラッキーと叫んだ。しかし。。。席についてまず気がついたのは席の読書灯が消えないこと。これじゃ明るすぎて眠れないと思いすぐスッチーに申告。すると空港の地上エンジニアがすぐにきた。対応は早かった。ところがいろいろやって調整できないと判断したとき、スッチーに対して食事トレーのうちのひとつからスプーンを要求した。このスプーンで電灯のカバーをこじ開けて中の電球を取り出した。これにて一件落着。当然暗くて本は読めない。
2007.05.06
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インドにある空港で売っているサンドイッチは要注意だそうだ。ある日本人旅行者は、このサンドイッチを食べたあと飛行機に乗った。飛行機が飛び立ってベルト着用のサインが消えると同時に機内のトイレに飛び込んだまま、着陸のベルト着用サインがつくまででてこられなかったらしい。その間約2時間。とくにレタス一枚が命取りになる。野菜は基本的にあらってないか、あらってあっても洗う水に問題があってそれで感染する。トマトも危ない。皮をむいてある果物はおそらく大丈夫だ。これは鉄則として絶対忘れてはいけないらしい。
2007.05.06
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歯を磨く時も、ひげをそるときもミネラルウオーターだ。シャワーを浴びるときは絶対目とか口にシャワーの水が入らないように気をつける。ひげをそっていて、かみそり負けして血が出たときに水道水を使っていると感染するらしい。ある駐在員はあたまもミネラルウオーターで洗っているらしい。徹底している。日本人や欧米人にはいわゆる免疫がない。地元の人は生まれたときから、この環境になれているからさしたる影響はない。でも飛行機の中で出会ったインド人は常にBoiled Waterを飲むように心がけているそうだ。先ほどの駐在員によれば歯医者にもいけないそうだ。ぐりぐりやられたらそこからどんな菌がからだの中に進入してくるか想像できないという。歯科技術レベル以前の問題である。病院に行って、注射を打たれるときは注射針の交換を申し出る必要があるそうだ。使いまわしがあたりまえだから。病気になっても病院や医師に身をゆだねることすらできない。常に緊張が必要だ。尋常ではない。「ぬるま湯状態」になれた日本人にはとてつもなく過酷な国である。蚊に食われればマラリヤやデング熱になったりする。蚊といえども油断大敵である。油断すると人生がアウトだ。反面、この国で生きていくためには、この国のやり方、ペースに身をゆだねないと生活できない。確かに街は汚い。ごみも人も犬までもがあちこちにころがっている。これがインドだと覚悟を決めて、身をゆだねていくことだ。でないと精神的にもつぶされてしまうのだという。自分には到底むりだが。。。
2007.05.05
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中国の方にはたいへん申し訳ないが、最近まで中国は地獄だと思っていた。ごく最近感じたことはインドに比べれば中国は天国だということだ。それほどインドは日本人にとっては過酷な国である。アフガニスタンや中東やアフリカには行ったことがないので相対的な比較はできないが、インドは間違いなく厳しい国の一つにはいるだろう。インド駐在の人にとって、中国やタイやフィリピンは「天国」らしい。インドではすぐ人が死ぬ。本当にすぐ死んでしまう。常に死と背中合わせだ。この3ヶ月で身近な人の知り合いが3人も死んだ。これは驚異的な数字だ。日本の日常では考えられない。死んだ赤ん坊がよくガンジス川に投げ込まれるらしい。犬がふらふらと道路(みち)を横切る。車はそれを避けて通過する。犬にかまれれば人は狂犬病で死ぬ。水道の水は到底飲めるようなしろものではない。それどころか最悪の場合、傷口や粘膜についただけでひどく感染するらしい。湯船にお湯を張ると茶色になることがあるらしい。さびではなく泥らしい。これが実は相当危ないらしい。インド人はところかまわず用を足す。小だけでなく大もである。町中でカップに水をいれて道をあるいている人をたくさん見かける。男も女も。「自然」の中で用をたすためだ。用をたした後カップの水の半分を使って左手で起用におしりを洗う。残りの半分はその手を洗うために使う。実に合理的である。水でお尻をあらう習慣が徹底しているのは、実はシャワートイレ先進国の日本よりも一歩進んでいるのかもしれない。帰国のフライト中でスチュワーデスがこの動作をトイレでおこなったあと、食事をサーブしてくれているかと思うと機内食がのどを通らなくなった。
2007.05.05
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今日12年ぶりくらいに船に乗って釣りにでた。もちろんねらう獲物はマダイ。久しぶりに胸がおどる。11時出船という葉山芝崎の船宿をネットでみつけて朝のんびりと出発。早朝2時に家を出ていくのはさすがにつらいからこれくらいのスタートがちょうどいい。家を8時半すぎに出た。ゴールデウイークだからさすがに道路は混んでいる。ナンバーをみていると遠くからの車がちらほら目につく。春日部、名古屋、大宮。船宿には10時15分ごろについた。親切な船宿のおやじさんがあたたかく歓迎してくれた。この船に乗るのは初めてだけどなかなか好印象。順調なすべりだしだ。船にのる。しばらくぶりで足ががくがくふるえた。のんびりと支度をしていると船が港を出港した。心配した船酔いもなさそうだ。順調なすべりだしだ。波は少しあるが気になるほどじゃない。ゆっくりと支度をつづける。焦っても仕方ないし。しばらくぶりでいろいろと勝手を忘れてしまっている。いろいろ道具も忘れてきた。まず一番の大物がクーラーボックス。もし大物が釣れたら大変だ。なんと船宿で貸してくれた。親切だ。感動した。ほかにもいろいろ忘れた。はさみ。糸を切ったりや餌のオキアミが海中でできるだけ回転しないように尻尾を切るために必須のアイテムだ。そしてロッドホールダーとロッドを結ぶつけるワイヤー。これが実はあとで致命的な事件を起こすことになる。「さー始めて」という船長の声に、まわりのみんなはもう釣り始めている。自分はマイペースでのんびりとしたくを続ける。しばらくしてようやく準備完了し第一投。胸がおどる。しばらくあたりがない時間が続く。辛抱して手返しをつづける。と、竿が一瞬動いた。あわせると魚の感覚。でも小さい。一気に道糸をもって引き抜く。手のひらサイズのハナダイだ。リリースを考えたが、針を飲んでいたのでこのままリリースしても死んでしまうだろうと考え直してキープした。このあとあたりのない時間が過ぎていく。そしてとんでもない事件が起きる。ロッドをロッドホールダーに止めようとしているときに船がうねりで大きくゆれた。そのとたんにロッドは腕からするすると腕をすりぬけるように海に転落したのだ。スローモーションで。何もできなかった。ロッドはリールと仕掛けをすべてひきつれて海中深く沈んでいった。すぐにギャフをつかんでひっかければ何とかなったかもしれない。しかし初めて乗る船。勝手がよくわからない。なにがどこにあるのかまったくわかっていない。絶望。12年ぶりで手返しの感覚がにぶっていたことに加えて、緊張感もなかったしリスク管理意識も低かった。釣りに情熱を傾けていた12年前とはあきらかに違っていた。船長に貸し竿がないか聞いたが答えはノー。で、時間を聞いたら13:00。釣り開始からまだ2時間しかたっていない。あと3時間もある。どうやって3時間すごせばいいんだろう。だんだん西風も強くなり、波も2~3メートルとりうねりもでてきた。のんびりと海と遠くの江ノ島でもながめながら時をすごせればよかったが、しがみついていないと、こんどは自分自身が海に沈んでしまいそうで、必死で船の手すりをつかんでいた。唯一すくわれたのは、うねりが高まったので、1時間ほど沖あがりが早くなったこと。結局2時間釣りをして、2時間船の上でぼーっとしていた。なんとつらい2時間だったことか。貴重な道具を失ったこと自体はそれほど苦にならないから不思議だ。
2007.05.04
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久しぶりになじみの船宿に電話してみた。そしたら「うちは3年前にやめました。」と。ショック。その前によく行った船宿のホームページを調べてみると、今度はゴールデンウイークが終わるまでマダイの乗合船は出ない様子。はやり家族連れのための五目船の出船を増やすためか。またまたショック。
2007.05.03
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インド紀行を連載していきます。
2007.05.03
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インドに行った時の話。成田から10時間ほどでデリー空港に夜到着。空港の中をバスでターミナルまで運んでくれる。途中飛行機の誘導灯を近くで見た。よく見れば裸電球が竹で編んだような藤棚につけてあるようにも見える。その中をバスがすすんでいく。想像を超えた世界だ。これまでの先進国ではあり得ない風景。あの中国ですらあり得ない。今、乗り換えのためムンバイ行きのフライトを待っている。掲示板に表示してある出発予定時刻が何の予告も、アナウンスもなく1時間すすんだ。掲示されているフライトが軒並みすべて。なんのまえぶれもなく。理由は不明。パラパラと一文字づつ切り替わる例の旧式のやつだ。そういえば成田もつい最近まであれだったような気がする。それにしてももうずっとここにいるような気がする。17:00にJAL便で到着してからすでに4時間が経過した。とにかく予測ができない。アメリカやヨーロッパのような先進国では想像もつかないインフラだ。日本もちょっと前の日本もきっと欧米人の目にはこういうふうに映ったんだろうなと妙な感心をしてしまった。
2007.05.01
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