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昔の日記を読み返した。自分が日記に書いてきた事、その時思っていた事、考えていた事。全ては今の為にあったんじゃないかなと思った。多分、今の私は昔の私より少しだけ大人になっているだろう。この事実は、プラスで良い変化だ。自分は、昔(イロイロと悩み、苦しんでいた時)に「自分を観察する力」を身につけたのではないかと今、思う。自分を第3者的視点で観る。だからこそ詩が書けるし、その詩から何かを感じとる事が可能なんだ。と思う。少なくとも自分はそうだ。自分の中のまだまだ見えない部分に気付ける。気付いた瞬間。それはとても静かな時だ。「あぁそういう事か」と云う実感だけが染み入る。あの時、辛かったり、苦しかったりしたのはきっと今の為だったんだ。成長する過程の「痛み」だったんだ。
2005/12/30
冬休み中なのに何故か身体が疲れてる。雪かきしたから?イヤイヤまだ15歳デスゼ。んー。疲れた。でも今のトコこの冬休み、無意味にはなってないと思う。
2005/12/28
終業式だった。これで2学期は終了。とうとう冬休みに入る。3学期は実質2ヶ月ぐらいしかない。中学校生活が終わる。正直、卒業したくない。これは、高校への不安などではなくて今のクラスが楽しくて今自分の大切な人が本当に大切で一緒に居たいからだ。3年間。今思えばあっという間だった。「楽しい時間は早く過ぎる」そんな言葉を思い出した。結局、楽しかったんだ。学校が。もっと早くに気付きたかった。「気付いた時から心の底から学校を楽しめばいい。」と考えたが気付く前から心の底から楽しんでても別れは惜しく、辛いものだと思った。きっとこれは、間違っていない。今まで、夏休み、冬休みを有意義に過ごそうと何度言ってきたことか。しかし、結局有意義にはならなかった。冬休みを自分にとって有意義に過ごそう。「今の」自分なら出来るはずだ。きっと出来る。信じよう。信じれる。
2005/12/26
「毎日」がつまらないと感じていた。しかし、それは今思えばとても幼稚な考えだったと思う。私は気付いた。「毎日は、自分の手で楽しいものにするものだ」と。意識を変えればいい。「学校は嫌な場所だ」「学校は疲れる」私は、この様な自身の中の固定概念を捨てた。「学校を楽しむ」「友達と居る時間を楽しむ」「1日を楽しむ」そう決意すれば、日常は楽しくなり人を好きになれる。「人間が嫌い」と云うのは、とても弱い事だと気付いた。つまり、人間が嫌いだった自分は弱かった。「人間が嫌い」と言って人間の優しさや、温度から逃げていた。依存を恐れる、弱者だった。しかし、私は変わった。「気付いた日」から私は変わっていける。
2005/12/20
「白夜」きっと夜になると涙を零してしまう静かに静かに涙を零してしまう零下月は美しく頬は柔らかい微かに微かに頬は温かい寝息のリズムに現実を知り擦り寄る猫に手を預け微かに微かに私は泣き静かに静かに寝息を立てる
2005/12/14
どんどん人間を嫌いになっていく大切な友達でも如何しようも無く人間で笑えない笑えない如何しようこのままだと心から笑えなくなってしまうかもしれない一生
2005/12/14
「ふざけた事言ってんじゃねぇ。お前は俺の何を知っている?お前は俺が俺の全てをお前に見せてるとでも思ってるのか?ふざけた事言ってんじゃねぇ。馬鹿。」
2005/12/10
僕はどんどん暗い冷たい思考の人間に成っている。間違いなく何も出来ない何も知らない人間に成っている。如何しよう。
2005/12/10
人間は不思議だ。人間は怖い。人間は苦手だ。もしかすると自分は人間の醜い部分、汚い部分だけを信じているのかもしれない。人間の温かい部分、優しい部分は信じていないのかもしれない。信じられないのかもしれない。
2005/12/06
きっと自分を取り巻いてる物事の全てが事実で真実で現実なんだ。
2005/12/05
自分には「聞いてほしい事」が無い。それは誤った事だろうか。勿論詩等に関して意見が欲しい時は友達に意見を聞いたりするが。聞いてほしい事が無い。それは寂しい事だろうか。誤った事だろうか。
2005/12/04
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