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2008年06月14日
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カテゴリ: 信仰
主観というのは、自分の感性を通して物事を理解すること、

透明化して見ようとする事です。
ちなみに『観』は『見』よりも内面性まで掘り下げた
するどい見方という意味だったと思います。

ただ実際問題、すべての人間に己がある以上、客観というのは
無理な話であり、部分的に主観性が出てきてしまうものである、
と思います。

例えば、空の色は青色だという人が大半でしょうが、

黄色に見える人もいるでしょう。
同じ青でも、濃い青から薄い青までさまざまです。
また赤色がかったり、黄色がかったり、それこそ捕らえようは
千差万別になってきます。

ですから客観的にというのは絵空事で、事実はどこまでいって
も個々の主観的になっていくと思います。

でも、これは問題ではありません。
問題は、人間は他を理解しようとするときに、自分の主観性に
基づいて判断を求めるのが問題だと思います。
つまり「普通、こういうことはいけないと思う」
或いは「普通、こういうことはしない、言わない」


だけど、それはあくまでそれは自分の主観的な判断なのです。
オギャーと生まれてから自分が経験した事、知りえた事の中の
範囲で作られた主観なんですね。
それって、とてもチッポケで拙いものだと思います。
だけど、大半の人間はそれにしがみついてしまう。


「つまらないことはやめな」と大人が言います。
でも子供達の主観では、ケンカをしてでも価値のあるものなん
です。

だけど、オモチャを卒業してしまえば、つまり一段高いところ
から見れば、「つまらない事」と主観は変化していくわけです。

考えてみれば、大人の争いごとも大なり小なりこんなものです
ね。もう少し自分の主観にとらわれず、高いところから見れば
「つまらない事」と喝破出来るわけです。


気宇を広げていくと、生き物すべてが親戚になってきます。
自分の主観なんて、ホント小さなものです。
お釈迦様の言いたかったことの1つは、その辺りにあると思い
ます。





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最終更新日  2008年06月14日 21時08分17秒
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