あたたかな光と相思相愛-永遠の旅へいざなう虹粒子の流れ

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2009.09.18
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カテゴリ: 詩心のある風景


人間というのは実に不思議なもので、普通にしていれば順調に成長できそうなところを、敢えて右へ行ったり左へ行ったり急にUターンしてみたり、そんな風に落ち着きがなく、なにかと紆余曲折をへながら年齢を重ねてゆく生き物。

当然、僕も例外ではなく、いえ、例外でないというより、上に挙げた不思議な生き物の代表格のような人間だったりします。



---私はたいした人間ではない。

毎日、愚かさから脱しようともがいている。---


(ル・コルビュジェ LE CORBUSIER(20世紀に最も影響力のあったフランス人建築家) )



上に記したコルビュジェの言葉に、これまで何度勇気付けられたことか。

(そうだ、自分だけじゃないんだ。きっと多くの人が、その人なりの人生の中で、どうにか人生をよいものにしたいと、もがいているのだろう)

20代の頃、そんな風に自分に言い聞かせることで、過度に自己嫌悪に陥らずに済み、不器用ながらも前に進むことができたものでした。


だけれど今の自分は、以前ほどには、このル・コルビュジェの言葉に共鳴できなくなっている。
それは何故か?
20代という感情の浮き沈みの激しい季節と現在をつなぐ30代の終わりに到るまでの架け橋の中で、様々な多々なる意義深い発見や気付きがあったからです。

単刀直入にいえば、次のようなことになります。

「人生というのは、実は、自分が想っている以上に、遥かにシンプルに、そしてスマートに、穏やかで豊かなものの連続として過ごすことが出来るものなのではないのだろうか」

そうした内なる問いかけと模索、これに尽きます。


現在の自分は、そのような模索の日々の中で、日々訪れる僅かながらの発見や気付きの集積を、何とか自分なりに自分の人生の中で善き方向に活かそうと努め、生きている。
過去よりも、今よりも、近い未来に、スマートな生き方を実践できるようにと願いながら。

まあ、単なる屁理屈かもしれませんけれども、
こうした、もがき、こそが人間を人間たらしめているといえるかもしれない。





さて、話を変えて。

今日は仕事中に車を走らせていたところ、素晴らしい風景と出会いました。
それはなんの変哲もない、実にありふれた田園風景。
息をのむほどの神々しさに包まれたように感じ、思わず車を止めて、しばし、その風景に見とれてしまいました。

ありふれた太陽の光が、こんなにも金色に美しく降り注ぎ、その光を受けて、稲穂は透き通りながら内も外も輝いている。
美しさと生命のダイナミズムに溢れている。
なんて素晴らしい風景なのだろう。

とても感動しました。




秋の色彩




田舎に住んでいると、時折、こうした実にありふれた風景から、とても大事なものを教えられるのです。


たとえば今日に目にした素晴らしい風景から、こんなことを想いました。

「自然界の色彩というのは、なんて美しいんだろう」


にもかかわらず、大自然の中に散りばめられた魔法の如き圧倒的な色彩の洪水の前には、そうした人工的なものは途端に色褪せてしまうように思えることも事実。

では、どうして、変哲もないありふれた田園風景が、これほどまでに人の心に迫るのか?

それは、きっと、全ての命を根底から支え未来へ向かって進ませている何か、神々しい何か、生命を生命たらしめているこの世の摂理のような何かが隅々にまで宿り、行き渡り、光り輝いているからなのでしょう。

こうした清涼感と共振できる瞬間というのが、僕にとっての、生きる喜びの最大なるもののひとつであることは間違いありません。
そして、自分の日々の愚かさを軌道修正させられる瞬間でもあります。

人間は自然から、途方もないほどに大きなものを学びます。自分が考える以上に、それはとても大きいのだと思います。
だって、自然という文字を見てください。自分という文字と一文字違いです。
上手く説明できなくて歯がゆいのですが(笑)、この、一文字しか違わないというところに、両者を隔て、同時に、両者をつなぐ大切な真実が隠されているような気がします。





秋の実り





自然という文字からは、大地から根が幾つも伸びて何らかの確かな事象へ実を結ぼうとする力強さを喚起させられます。
一方、
自分という文字は、自然そのまま大地から伸びた無数の根や収穫を己が他者に向けて果てしなく分ける、ということの限りない豊かさを内包しているように思わずにいられません。
そのように思えば、とても大きな勇気が沸いてくるというものでしょう?

僕自身、自分も、そのように生きてゆきたいです。













では、また次回の日記で逢いましょう。







>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<

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現代人は、自分達が自然の一部であるという、ごく当たり前のことを忘れがちになるものです。
そこらへんのことに目をむけ、内なる命の流れを修正させてくれるべく、時に大自然は大いなる風景へと人をいざないます。
そして、自然もしくは宇宙に流れ続けるエネルギーが、
自然と共に、自然に抱かれ、長い歴史をかけて歩んでいた人間の知恵と努力(稲作における食文化)の結晶に、崇高な光を添えてたからものを与えてくれるのだと思います。

芸術の秋なんていいますが、芸術だって何だって、自然からの偉大な恵みなくして自ら美しさを内包することはできないもの。
そんな風なことを念頭に置きながら、
これからしばらくの間、実りの秋を感じたいなあと考えています。

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最終更新日  2009.09.18 23:44:38


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