雨の日は音楽を

雨の日は音楽を

2020年08月31日
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カテゴリ: 言葉全般 日本
最後に人種差別の用語を考えてみましょう。映画なんかでは、ことさら人種差別を強調するから、面白いのがありますね。映画の「ブレードランナー」は、酸性雨が降りしきる日本人が経営する立ち食い蕎麦屋から、始まります。お金持ちの人類が他の星に移民していって、残された人々、つまりアジア人などが生きる世界ですが、映画の中に「あいつは黒人(ブラック)をニガー(クロンボの意味で最悪の差別用語)なんていう奴なんだ」という名セリフ?が出てきます。地球に取り残された階層の人の中でも差別意識が残っているということなのでしょう。そこに、外惑星での過酷な仕事のために作り出された、レプリカントという人造人間が脱走して、地球に逃げてくるというお話でした。

 そう、これも差別についての作品でしたね。外惑星に植民したお金持ち、地球に残された怪しげな人々、そして人間を目の敵にしているレプリカント人造人間という三層構造になっている世界なのです。そう考えると、エンディングでハリソン フォード演じる、レプリカント抹殺役の刑事が、組み打ちの捕物の末にビルの下に墜落しそうになった時に、見下ろす最強レプリカントが引き上げて助けてやり、体内に組み込まれていた時限装置で生命が終わり、この刑事が呆然とするシーンの意味がわかった気がします。レプリカントは、人間の中での最下層であったのですが、これで死ぬのかと悟ったハリソン フォードを見て、自分より更に「下」の境遇になったのを悟り、救ってやる気になったのでしょうか。自分がもう死ぬことも理解していて、自分の必死な姿に気がついたのでしょうか。慈悲をかけるのも差別の心からだとこの作品は言うのでしょうか?結構深い作品でした。

 うーん。フィクション作品を語るのに差別意識という切り口で、っていう左翼並のやり方を真似て見ると面白いかも知れませんね。すぐに思い浮かぶのは、アイザック アシモフのロボットシリーズです。彼の小説のなかの設定では、ロボットは一般人に敵対視されていて、ロボットを見ると人は、驚いて逃げ出すという設定になっていて、アシモフの父親がロシアからの移民で、アシモフが9歳の時にアメリカ合衆国に来たことと関係があるのでしょう。この未来世界で、ロボットは、サブヒューマンとして一段下に見られて、危険物であり忌むべきものとしての扱いです。差別の無くなった未来世界での、差別の対象がロボットというのも面白い設定です。最終的には、ロボットは地球上では完全に製造も所有も禁じられてしまい、USロボティクス社は、ほかの星で、植物の受粉を助ける虫形ロボットの製造で生き延びることにした時点で、シリーズは終了しています。一つの社会階層の消滅ということなのでしょうか。これで均一な「差別のない社会」となるのでしょうか?アシモフは何も政治的なコメントをしない作家でしたので、言わぬが花ということですね。





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Last updated  2020年08月31日 15時35分10秒
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