マックの文弊録

マックの文弊録

2005.05.06
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カテゴリ: 小言こうべえ
◇旧暦三月二十八日 庚寅(かのえ とら)

去年ITデジタル系の会社を始めてしまって以来、支払日の到来ばかりがやけに気になる。
元来がお金が出て行く日ばかりは、憎らしいほど着実にやってくる。それに対してお金が入ってくる日は、中々確定せず、順に遅れていくのが通例である。

そういう生活を送っている身には、今年のような長大な連休は迷惑だ。連休の始まりは4月の末頃だから、未だ翌月の支払予定日は遠い先のように思っている。
それが段々日が経って行って、連休が完全に明けるのはもう五月だ。特に今年などは、最後に週末が入るから、連休が明けるともうすぐに月の中旬になってしまう。焦っては見てもどこも連休中だ。「まぁ何事も連休の後で」などというのが常套句になっているから、どうにもならない。一人でイライラするばかりである。

あるイベントが起こる時点を「X時点」とすると、「X時点からどれほど遡った時点から、その事を真剣に考えるようになるか」。これには、人生の時期や個人の資質によって差があるようだ。この「X時点までの距離」は、最長で数十億年に及び、最短では20分程度と短い。

最長の例は、19世紀末のオーストリアの熱力学者、シュテファン・ボルツマンである。
彼は熱力学的関数として「エントロピー」の概念を定義づけた。
エントロピーとは、簡単には「均質、或は乱雑さの度合い」だと云ってもいい。要するに、熱い湯と冷たい水を一緒にして放置しておくと、やがて同じ温度になってしまうし、例えば角砂糖を縁側に出しておくと、やがて崩れて砂糖粒は散らばっていく。究極の未来では、砂糖粒は炭素、水素、酸素などの原子にまで分解され、宇宙に均質に散らばるようになるだろう。

ボルツマンは、自らの考察によるエントロピーの増大則がもたらす宇宙の未来に悩み、やがて訪れる「宇宙の熱力学的死」に絶望して自殺した。
彼にとっての「X時点までの距離」は、数十億年(或はそれ以上)もの長さを持っていたのだ。

一方最短の例は、子供の日に我が家を訪れた、義理の息子の話である。彼は某学校で、学生に対するキャリア指導の仕事に就いている。
義理の息子の話とはこうだ。
何処の学校でも試験の際には、開始後20分までの遅刻は認められ、受験する事が許される。従ってこの20分間に最後の試験勉強をしてくるというつわものがいるのだそうだ。これはちょっとびっくりする話だった。
こういう学生が、元々着実に勉強しているとは思えないから、彼(又は彼女)にとっては、「X時点までの距離」は20分といっていいだろう。「X時点」が20分を超えたところにある限り、認識範囲外なのだ。

ボルツマンの例は極端だが、概ね責任の重い地位にいるものの方が、この「X時点までの距離」が長いようである。先憂後楽とはそういうことである。
社長は半年以上先の業績を思いやってくよくよ悩むし、心有る政治家は「国家百年の大計」に意を砕く。
しかし一般の社員や学生にとっては、「X時点までの距離」は、20分からたかだか数日程度でしかないようだ。
だから、日頃ガミガミ云わざるを得ないのだが、彼らにとって見れば焦眉の急でも何でもないのだから、殆どの場合こういう努力は徒労に終わる。
情けない話だが、これは事実なのだ。 





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最終更新日  2005.05.07 17:09:15
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