マックの文弊録

マックの文弊録

2005.05.12
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◇木曜日;旧暦四月五日 丙申(ひのえ さる) 看護の日

今日は看護の日だそうだ。
「虫歯予防デー」→六月四日や、「木綿の日」→「コットンの日」→五月十日、或は「恋文の日」→五月二十三日のように、何かの語呂合わせかと思ったら、そうではなかった。

五月十二日はナイチンゲールの誕生日なのだそうだ。フローレンス・ナイチンゲールは、1820年のこの日に、イタリアのフィレンツェに呱々の声を上げた。

高齢化社会への流れの中で、介護や看護の問題はこれからいよいよ真剣に取り組まれるべきものになっている。そういう社会背景を踏まえて、秋山ちえこ、橋田壽賀子、日野原重明、柳田邦男などの人々が働きかけ、15年前の1990年に当時の厚生省によって制定されたのだという。その際にナイチンゲールの誕生日が選ばれたのだそうだ。
なるほど。

つい先日読んだ書評欄(週刊朝日5/20号、100頁;評者 永江朗)に、加藤伸司著「認知症になるとなぜ『不可解な行動』をとるのか」(河出書房新社)が取り上げられていた。
この本ではアルツハイマー病を始めとする認知症(いわゆるボケ)の諸症状の原因を解き明かす話が色々書いてあるのだそうだ。

書評の最後に永江氏は、「私は、介護は原則として他人に任せるべきだと思う。肉親だとつい感情が出てしまう。いくら『不可解な行動』の理由が分かってもショックは大きい。患者と家族、双方の為に、介護は赤の他人がやるのがいい。」と書いている。



幸いにして、身内には該当する人間が居ない。(未だというべきか?)
しかし、ざっと書評を読んだだけでも、永江氏のおっしゃる事は正しいように思う。

現代は特に都会で「他人」が多すぎる。
僕の子供時代の岐阜では、冬の期間と嵐の日、それに夜間以外は、町家では殆ど窓が開いていて、入り口にも鍵をかけていなかった。近所同士の行き来にもいちいち事前に電話をかけるなんて事はなかった。ぶらっと行って「こんちわー、居る?」で済んだ。
これを監視とかプライバシーがないと見る見方もあろうが、一方では他人同士が相互にケアし合う社会的な仕組みが自然に有ったのだともいえる。

赤の他人が看護や介護を出来るものかどうか。プロを養成するという制度上の整備もあるだろうが、日本人のコミュニティ意識がどんどん希薄になってきている事も考えてみる必要があるだろうと思う。






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最終更新日  2005.05.12 17:23:46
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