マックの文弊録

マックの文弊録

2005.08.28
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◇日曜日:旧暦七月二十四日 甲申(きのえ さる)、旧地蔵盆、十方ぐれ入り
夏の黒部
今 日は八月最後の日曜日であるとともに、「十方ぐれの入り」である。
といっても何のことだ?
二十四気まではともかく、流石に「十方ぐれ」までご存知の方は少なかろう。これも陰陽五行説から来る選日の一つである。

六十干支の中、甲申(今日)から始まって癸巳(九月六日)までの十日間は、丙戌と乙丑の二日を除き干と支が相剋の関係にあるとされる。このため、天地及び八方が閉塞することになり、これを「十方暮」という。忌み日である。言い伝えでは十方暮は何事も成就しない凶日とされているから、 古 いにしえ の方々はこの期間は皆慎んで逼塞に及び、行動を控えておられた。

一方で、「十方暮れに雨降らず」といって、この期間中は雨が降らないとされた。しかし、十方暮れでは晴天になるわけではなく、曇天が続くのだそうだから、良いのか悪いのか・・・やはりあまり良くは無いのだろう。

それにしてもこの十方暮れの期間中の九月一日は二百十日だから、「雨降らず」もいささか危うい。陰陽道と二十四気のどちらが勝つのか、見ものだ。

お 蔭様でというべきだろう、僕は社会に出てから、更に云えば某総合商社の外に出てから、実に良い友人に恵まれている。先輩もさることながら、むしろ同輩或いは年下の友人達により恵まれている。皆色々な分野で大いに活躍されているとともに、人品人格ともに大いに尊敬に値する人達ばかりである。


彼は、TLOに代表される産学連携推進の分野で、ある事業アイデアを温めている。その事業モデルを可及的に成功させるため、僕を始め何人かの人間が企画検討作業を進めているのである。概ね一ヶ月に一度のペースで、土曜日の午後に僕の会社に集まっては 侃諤 かんがく たるひと時を過ごしている。

昨日はこれまで何となく漠然としていたビジネスの進め方を、京都の 先斗町 ぽんとちょう に範をとった、「芸者の置屋モデル」で行こうという合意を導くことが出来た。
芸者連は、2007年頃には大量流出が予定される、僕と同じ団塊の世代。お客は、国からは育成とか創生という掛け声だけで、山の中の畠状態(掛け声(肥)だけで実にならない)に置かれている中小企業、予算規模縮小と近視眼的経営方針の蔓延でR&D部門が弱体化している大規模製造業、それに独立行政法人化の後も、独立振興のための方図を見出せないでいる大学などである。
こういう分野に「芸者の置屋モデル」を持ち込むのは愉快な事ではないか。

ブレーンストーミングの後、件の「置屋のおかあさん候補」Ph.D.氏と、もう一人彼のブレーン、某大メーカーの部長、そして僕とは高校が同期で、やはり「シニア起業」をして苦労・奮闘している男と、総勢5名で「暑気払いの宴」になだれ込んだことではある。

釈 迦落教授には申し訳ないようなものだが、場所はかの「夢見るぺちゃさん」のお店、「ぺちゃゆき」である。本来はこのお店は土曜日はお休みなのだが、三人以上固めて予約さえすれば、土曜日であっても開けていただける。

だから、昨日は当然ながら我々だけで貸切状態なのだ。
いやぁ楽しかったなぁ。

先ずは、この店の夏場の定番である「だだちゃ豆」に始まり、極めて局所的ながら今をときめいてしまった「十六ささげ」を炒め煮とオーソドックスなお浸しで。


酒 も良し、料理も良しだが、何より会話が愉快だ。
皆さんそれぞれの分野では歴戦のつわものであり、一家言を持っていらっしゃる。それなりの場所にお出ましになれば、何百人もの聴衆の前で滔々と講演だってやってしまうような人ばかりだ。

しかし何よりも、自分の守備範囲などと狭量な事に拘らず、多方面にわたって子供のような好奇心を皆(僕を含めて)等しくお持ちなのが愉快なのだ。
こういう精神は、他人の言うことに生半可な知識や、常識などという、下らなくも張りぼての仮面を被って向き合うことはしない。
何事であれ無垢に向き合い、その場で、本物の好奇心と、相手を何とかやり込めようという子供じみた敵愾心から、ちょっと得がたい一期一会の議論が出来上がるのだ。
室 M 蘭 市 I 立 短 T 期大学卒の 弱アルカリ性 ペーハーD 人間」と変幻するのである。

味噌カツ亡国論に始まり、合気道の話、味噌煮込みおでんにおける大根とゆで卵の比較価値論、そして複雑系ネットワーク理論から量子コンピュータまで。談論はあちこちに脈絡も無く飛翔し、留まるところを知らない。
とにかく、生半可な知識をひけらかそうものなら、周囲の論客から極めて論理的に袋叩きにあってしまうのだから、これはもう面白さの極みである。

こういう話は、普段の商売に役に立つようなものではないけれど、生きていて良かった!と思える。知的な刺激を大いに受けて何よりリフレッシュできるという意味で得がたいものだと思う。

痛風発作以来始めての酒席で、おっかなびっくりという気持ちもあったが、談論風発の効用があったのだろう、深夜近くまで楽しんだにもかかわらず、翌朝、つまり今朝の目覚めも大いに爽やかであった。

や はり、美酒美味だけではないのだ。旨し酒は旨し友があってこそのものである。

折りしも近くの武道館では「二十四時間テレビ」で盛り上がっていたようだが、こちらはこちらで大いに愉快に過ごした宵ではあった。

折 りしも、叢林には 樹雨 きさめ の降る頃である。
朝くらき 林に行きて聞きにけり しげく木つたふ霧の雫を (中村憲吉)





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最終更新日  2005.08.29 00:33:44
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