マックの文弊録

マックの文弊録

2005.11.04
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カテゴリ: 小言こうべえ
◇金曜日:旧暦十月三日 壬辰; 消費者センター開設記念日
道からの紅葉

国 営テレビの番組を見ていたら、教育関連産業分野で急成長中の会社の社長が、「技術が進歩するに連れて、そういう技術を教育に利用する手法もどんどん向上している。」とおっしゃっていた。
「昔はラジオしかなかったでしょう?そのうちテレビが出てきて、映像を見ながらの教育が可能になった。カラー放送が始まって、情報量がぐんと増えた。そして今度はハイビジョンでしょう?ある学説によると、ハイビジョンで人間に伝えられる情報は、今までのカラーテレビのそれより20倍も多いのですよ。」と、そうおっしゃる。この会社は、携帯電話を利用した教育の仕組みを子供たち向けに開発中であるそうだ。

同 じ番組の中では、コンピュータグラフィックスによって作られた三葉虫が動き回っている映像が紹介されていた。こうして再現された映像モデルによる教育効果が、誇らかに語られていた。

技術がどんどん発展するにつれて、距離の暴虐を克服して教育の機会均等化が進むのは大いに結構な話である。又教育内容そのものが充実していくのもすばらしい事である。
しかし、Visualizationつまり「映像化」や、映像の高精細化が、あたかも教育内容の充実の代名詞のように喧伝されるのには異論がある。

三葉虫のモデルがあたかも生きているかのごとくに再現されて、古代の海の中を泳ぎまわっているのを眼前にするのは、興奮するし面白い。しかし、その背景の数学モデルが正しく構築されているのかどうかは、一般の視聴者には検証できない。
昔のモノクロの「ちろりん村とくるみの木」の世界と、CGを駆使したカラーの「スターウォーズ」の世界を較べれば、僕個人としては「ちろりん村」のほうが好きだ。

与 えられる情報量が少ないほど想像力は刺激される。

脳がある程度成長しきってしまった大人にならともかく、論理面でも情緒面でも発展期にある子供たちに、余りに具象的な形で情報を与えるのは良くない。
若い脳も腹同様に飢えさせるべきなのだ。

具 象的な情報とは、言い換えれば加工された情報である。加工するのは人間だから、結果として出来上がる具象情報には加工者の恣意性が反映される。
もともとの素材は、遍く共通で且つ本質的なものである。それが加工を経て具象情報へ至る過程は非可逆的過程である。つまり、目の前の三葉虫のモデルから、大元の「真実としての素材」に遡る事は出来ないのだ。
従って加工過程での、この恣意性の部分こそが批判や検討の対象となるべきだが、そういうものがちゃんと論われるものかどうか。どうかすれば、知らず知らず隠れた恣意性がはびこるようになってしまうだろう。そして、よしんば個々の恣意性にある種の統一的な意図が作用するようなことになれば、これはファシズムと変わるところはないではないか。






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最終更新日  2005.11.08 16:53:17
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