マックの文弊録

マックの文弊録

2005.12.07
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カテゴリ: IT世界の話
◇水曜日:旧暦十一月六日 乙丑; 大雪
山に初雪
今 日は二十四気の大雪だ。早いものだ。
あぁもう忙しい。師走なんて、走るのは師ばかりではないのだ。
ベンチャー企業の社長も走る。ホリエモンなどの「IT成功組」も走るかもしれないけれど、これはせいぜい六本木ヒルズのスィートの広間の中を酔っぱらって走り回るか、「ヒルズ」の周りを早朝ジョギングする程度だろう。
「ホリエモンになりたい!組」の若者社長は走る。ビンボーだからそれこそ脱兎の如く走るであろう。カネを求めて、仕事を求めて、わき目もふらずなりふり構わず走る走る。

ロ ートルベンチャー企業の社長も、それに伍して走らなければならない。しかし、歳だから息は上がる。足はツる。腰は痛い。膝は笑う。「歳の分だけ頭を使って、知恵を凝らして」なんて思うだけで、こういう時に限って「シニアの知恵と経験」なんてクソ(失礼!)の役にも立たない。
銀行は年配の知恵者だからという理由などでは、お金など一銭も貸してくれない。逆にヒィヒィゼイゼイ云っている様子を冷ややかに眺めて、「そんなお歳じゃ、お金を用立てしても返すまで生きて無いんじゃないの」と云わんばかりの様子だ。たかが他人の金の番人のくせして偉そうに・・・と思うけれど、そんなことは口が裂けても云えない。それが辛いけれど、最近は幾分自虐的な快感さえ感じる時があるから、そういう自分が怖い。

こ の間なんか、通勤の私鉄が急停止して、「××駅構内で妊娠事故が発生したため、暫く運転資金を停止します。」と車内放送が聞こえて、青くなった。
地下鉄の放送で、神保町が「ビンボー町」に聞こえて落ち込んだが、未だ「腎膨張」に聞こえなかっただけ却って幸せになった。少なくとも未だ前立腺肥大にはなっていない・・・・だろうと思う。

何しろ北条早雲は、80歳を過ぎるまで、自ら陣頭で走ったのだ。・・・・・・でも、疲れるなぁ。それだけは否めない。

段 々商売が活発になってくると(なってきているのです。本当に)、色々今まで知らなかったことが一杯出てくる。それぞれに、いっぱしの姿勢を保ちながら対峙していく必要がある。吾ながら良くやっているとは思う。

し かし、時につくづく思うことがある。
学者になるのと、社長をやるのとでは、その心持において相互に対極といえるほど違いが有るなぁ。
学者は「知」というものの力を信じて、好奇心から宇宙の謎に挑戦する。相手は人知の挑戦を受けて立つ「自然」である。そこでささやかであれ勝利を収めれば、これを人類の共有の資産として公表し、更なる「知の挑戦」を遍く勧誘する。そこには、知らざるものを知り得た喜びがあり、知的な興奮が糧になる。無論、それを個人の業績として喧伝することで、終身教授の地位を襲ったり、名声を得ようとする世俗的な動機もあるが、根本において対する相手が人知を超えた対象であることには変りはない。

一 方で社長の相手は、徹頭徹尾人間であり、人間の集団である。人間というものは、完璧に非線型の存在で、かかわりを持たない限りは無味無臭無害であるけれど、かかわりをも持たなきゃ社長の業を為し得ない。そうして一旦かかわりを持ったら、油断は禁物だ。友人だ先輩だ後輩だといっても、それは利害の無い限りにおいてである。一旦利害を持った瞬間に、関係は隠顕の如何を問わず戦いに変じる。そうでなくても、少なくとも駆け引きの世界にはなる。
自らの知るところは決して対手に漏らすべからざるものであり、対手の知るところは可及的に盗むべきものである。如何に対手の機先を制し、謀るかが勝敗を決するものであり、勝者だけが実を我が物にでき、敗者は一顧だにされることなく、忘れられていく。
その点、昔の遊郭で(といっても、僕自身は体験していませんゾ!)相方(あいかた)の女性に「敵娼」という漢字を充てたのと、気持ちは同じである。

事 ほど左様に、学者と社長は、その精神の持ちようにおいて対極にあるものだ。セゾングループのリーダーであった堤氏は、追われるように辞任した後、人に問われて「自らのリーダーシップの欠如」を云々されたが、これは詩人でもあった彼の感性と、経営者としてあるべき非感性との相克を吐露されたのであろう。どっちにしても、社長の方は後戻りできない。できない以上逃げを打ってはいけない。知力と謀略の限りを尽くして生き残り、且つ勝たねばならないということだ。
だから、学者はライフワークになり得るけれど、社長はそうはならない。ならないどころか、そうすべきではない。自分でゴールを定め、期限を切って、その間は死力を尽くしてやれることは全てやる。そうして、首尾よく目標を達成したら、地位やカネに恋々とすることなく、いっそ潔く辞める。その後はNoblis Obligeの生活を始める。そういうことだと思う。

す こし前(11月26日)のことになるが、日本が100%自前で作った惑星探査衛星「はやぶさ」が、小惑星「イトカワ」への軟着陸に成功した。


11 月20日から軟着陸を試みたものの、上手くいかず一時は行方不明になってしまったが、26日にはやっと成功しイトカワのサンプルの採取にも成功したらしいとの報である。何でも、降下して1秒くらいちょっと佇み、イトカワの「地上」に弾丸を撃ち込む。そうすると衝撃で「地表」から粉塵が舞い上がるが、これがイトカワの重力が小さい所為でフワフワと漂うように上がってくる。それを、はやぶさ本体の採取装置で捕まえるのだという。
スキップするくらいの時間で、はやぶさはイトカワを蹴って跳び上がり、今度は地球に向けての帰路に就く。地球までの直線距離は3億キロだが、実際の航路は10億キロにもなる。再び二年ほどの時間をかけて月の軌道付近(地球からは約37万キロ)にまで戻ってきたところで、採取した試料の入ったカプセルを地球に向けて発射するんだと云う。10億キロの旅路を経て、ちゃんと37万キロの彼方にまで戻ってきて、そこから小さなカプセル(たった直径40センチ程度なのだそうだ)を打ち出す。これは、オーストラリアの砂漠にパラシュートで降りて来るんだそうだ。もう降りてくる場所まで決まっている。

凄 いなぁ。日本のロボット技術の粋を凝らした成果だなぁ。これは、大鑑巨砲主義のアメリカには真似ができない。いわば、日本ならではのニッチだなぁ。しかも、これだけの時間とお金を費やして、「太陽系の成因となった惑星の構成物質を解き明かす」のが目的だというんだから良いよねぇ。

学 者になるということは、こういう事ができるのである。社長はできない。
しかし、これには国民の税金が使われている。だから、そもこのプロジェクトを認可し、カネを使い事業の成否にハラハラドキドキしている人が必ず居る。そういう人は、自分で惑星探査をする喜びは感じられないかもしれないが、そういう事業を現実のものにし、カネを調達し、失敗におびえながら推進していく。達成できれば大いなる喜びだ。それは「事業」としての喜びだ。これは「社長」だからできる。学者にはできない。


は やぶさが、地球近傍、月の軌道の付近まで還ってくるのは、2007(平成19)年の7月だそうだ。はやぶさの大きさは、1m X 1.6m X 2mだそうだ(展張したアンテナの大きさは除く)。余り大きなものじゃない。卑近な比較をすればちょうど棺桶程度の大きさだ。地上に帰還する試料容れは直径40cmだからこれも小さい。太陽系宇宙空間の中では、芥子粒ほどにもならないチビッコだ。
こういうチビッコが大変な距離をちゃんと使命を果たして戻ってくるんだからいじらしいじゃないか。
チビチャンちゃんと無事に還っておいで。





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最終更新日  2005.12.07 22:54:42
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