マックの文弊録

マックの文弊録

2005.11.23
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◇水曜日:旧暦十月二十二日 辛亥(薄曇);勤労感謝の日、日米通信衛星テレビ中継試験成功

紅葉黄葉 今 日は勤労感謝の日だ。「勤労を尊び、生産を祝い、国民互いに感謝しあう日」である。
元々この日は新嘗祭という皇室の祭儀であった。この日今上天皇は、 てんじんちぎ にその年に獲れた五穀の新穀を奉呈し、自身もこれを召し上がって感謝された。
この新嘗祭は旧暦十一月の2度目の卯の日に行われる慣わしであった。今年の暦では、十二月二十一日になる。新嘗祭は随分寒くなってから行われていたのだ。
それが、明治6(1873)年に現行の太陽暦に移行した際、そのままでは翌年の一月になってしまうというので、代わりに新暦の十一月の2度目の卯の日(この年は十一月二十三日であった)に新嘗祭を執り行うことに改めた。

こ の国は、一度決めてしまったら、その後は本来の背景も、決めるに至った経緯もその際の議論も軋轢も、綺麗さっぱり忘れてしまうという健全さ(?)が官民共通の美風(??)としてある。後はこぞって遵守するのみなのだ。
だから、過日の消費税導入だって、今の皇位継承問題だって、郵政民営化だって決めるまでは甲論乙駁、熾烈な争いがあっても、とにかく決めてしまえばいいという考えが、一部にはある。
サラリーマン増税にしても憲法改正論議にしても、先ずは妥協を繰り返して受け入れやすいところまで持っていく。その際には後の改変手続きも簡略にしておく。そうして、数を頼んで小さな改正をやってしまえば、後はどうとでもなるのだ。


そ れはともあれ、翌年(明治7年)も同じ十一月二十三日に新嘗祭が行なわれた。その又翌年も・・・・ということで、結局昭和22(1947)年まで、新嘗祭は十一月二十三日の行事だったのである。
戦争に負けて旧弊を改めると云う訳でもなかったろうが、昭和23(1948)年の祝日法で、新嘗祭は勤労感謝の日に衣替えした。従って「十一月二十三日」には、暦の上では何ぁーんにも意味は無いのである。因みに今年の「十一月の2度目の卯の日」は、十一月の十五日である。
しかし勤労感謝の日などといわれても何だか良く分からない。一度ならず三段構えで改変が繰り返されれば、さなきだに忘れっぽい民草の大方は、この日の由来など忘却の彼方ですらない。
けれど、五穀豊穣に感謝する新嘗祭が元祖だと改めて知れば、その伝統の重みにこの日のありがたさも増そうというものだ。
新嘗祭は、遥か昔の飛鳥時代、皇極天皇の御世(7世紀中頃)にまで遡ることができるという。因みに皇極天皇は女帝であった。

今 から42年前、つまり昭和38(1963)年の今日、日本とアメリカの間で衛星通信による初めてのテレビ中継が行なわれた。僕は当時人並み以上に好奇心旺盛の高校生であったから、無論アメリカからの中継映像をテレビの前で待っていた。時差のせいで日本では二十三日の早暁に、先ずはJ.F.ケネディ大統領の祝詞から中継は始まるはずであった。
ところが実際の中継は祝詞の代わりに大統領暗殺の大騒動で始まったのだ。その後現地からの映像が刻々と送られてくるその臨場感に、大統領暗殺の衝撃もさることながら、衛星中継の凄さを痛感したものである。





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最終更新日  2005.11.23 15:57:23
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