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それ以外の何物でもない。
その授業は、その担当講師が全てを運営・支配しているのだ。
だから、
○○高校合格100人!!という実績を掲げている塾に通っても、
例えば佐藤という講師が授業をしているクラスは、「佐藤塾」なのだ。
それは松江塾でも同じだ。
松江塾に通っていても、僕が授業を行っている50分間は、その教室は「真島塾」になっていて、次の斉藤君が授業を行う50分間は「斉藤塾」になるのだ。
「松江塾」という名前は、単に「箱」の名前に過ぎないのだ。
僕ら塾講師は、「箱」を借りて「自分塾」をそれぞれが開校しているようなもの。
結局、どこの塾に通おうが、担当講師の力量一つで全てが決まってしまうのだ。
「松江塾に通えば大丈夫だろう!!」ということは、本当のところは
「あの松江塾という名前の付いた箱の中には、真島塾と斉藤塾があるから大丈夫だろう」
ということを意味している。
箱の名前がどんなに立派でも、担当講師の開校している塾がヘボかったら何の意味もない。
例えば「○○塾」と聞くと、「ああ、あの早慶に○○○人合格する塾でしょ?」
なんていうイメージがある。
そのイメージから連想される力量が100だとしよう。
ところが、実際に各講師が開く塾の中で、「100」の力量を発揮しているものは多くない。
ほとんどが40とか50。
下位クラスにいたっては10かもしれないよね。
塾名からは何も分からないんだよ。
全ては、その担当講師が開く個人塾に通う感覚なんだよね。
今担当している講師が、近所で個人塾を開いていたとしたら・・・
それでも通う?
見極めどころは「そこ」だからね。