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昨日は娘の転校第一日目。前の学校区と違って今度は小規模だ。日本でも転校の経験のあるうちのねずみちゃんだけど、今回の転校は英語圏内だ。2週間ほど前に転校したい旨を初めて学校に電話した。そしたらレジストレーションのペーパーがいくつか送られてきた。前の学校の成績記録、州で定められている予防接種を受診した記録、出生証明書のコピー、そして確かにここの学区に住みますよという証明になるものの控え(うちの場合、アパートの契約書の控えだ)それらをもれなく用意してアポを取ったのが1週間前。書類提出時にねずみも一緒に学校に行って、どのレベルのクラスが適当かをみるプレースメントテストを受けた。テストは算数と英語だ。昨日の朝、ねずみの新しいカリキュラムをいただく。算数も英語もテストの結果はエクセレント!だそうで算数は早進みクラスへ、英語も特に補習の必要なしでレギュラークラスで十分やっていけるといわれる。最近、母さんの英語はもう娘に適わないと思っていたんだ。あの子の読書する本のレベルも難しいし読み終わるのも早い早い! 悔しいがもうついていけそうもない。学校の下校時間に迎えにいったら晴れ晴れとした顔の娘が待っていた。”幸せそーだな”これが私の感想だ。いい印象で新しい学校がスタートしたようで私も一安心だ。ただフランス語はこちらの子供は一昨年前からスタートしているので昨年からスタートした娘は丸一年分、遅れているらしい。だから毎日フレンチの補習をマンツーマンでやっていただけるそうだ。(あー、うらやましい。私もフレンチ教えてもらいたいよ。)そうそう、昨年4月~通い詰めたスポーツジム今日で退会なのだ。引越し先から通うにはちと遠過ぎるのだ。今日午後、娘が帰宅したら最後のジムだ。本当に私はジム通いがなかったらサバイバルできなかったように思う。精神的に肉体的に私を強くしてくれた。ありがとう、ジム。ついでに肉体大改造も成功し、はっきり言って私は引き締まったと思う。体重も最終的に118ポンドまで減ったのだ。運動は私にとって必要不可欠なものなのでこれからも形は変えても、続けていこうと思っている。
January 31, 2006
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アクシデント・・・・昨日の夕方、車を普通に運転していたら、急になんの前触れもなく止まった!!びっくりしたのなんのって・・・・突然動かなくなったのだ 、道の真ん中で。動転する気持ちを抑えて、なんとか携帯で夫の職場に連絡する。トリプルA(AAA)のメンバーシップカードを持っているかといわれ、お財布のカード入れを見たら入れてあった。夫との電話を切って今度はAAAに電話する。ロードエマージェジンシー ヘルプと書かれている番号に電話した。メンバーシップナンバーと名前などを告げたら、そこはどこだ?ときかれる。エーン、ここがどこかって、そんな~・・・はっきりしたアドレスがわからないとヘルプにいけないというのだ。そんな当たり前のこと!なんだけどなんせ気が動転していて頭が回らない・ちょうどショッピングセンターの出口のそばの道だったので、最寄のCVSという薬局へ行ってアドレスを聞きに大急ぎで走っていった。聞いてきたらまた電話のかけ直し・・・マタ違う人に最初からやり直しでシチュエーションを説明しないといけなかった。住所をいったら今度はトーイングに行く者をアレンジするから電話をいったん切って電話を待てとおっしゃる。暖房が切れて寒くなってきたが仕方ない。誰かショッピングセンターのカートを整理していた黒人のおっちゃんが来た。こんなところじゃ危険だから、パーキングロットに運んでやろうか?というのだ。えっー。どうしよう~。この人信じていいだろうか?それよりどうやって車が動くの?なんて動揺したけど、ええ、お願い!といってしまった。ショッピングセンターの出口のところのカーブが少し下りになっていたので、おっちゃんは上手くそれと利用してバックよろしく横U字を描いて上手にパーキングに入れたのだ。後ろやら横やらからどんどん車が来るからぶつけないか冷や冷やだったが・・・・ちょうどおまわりさんの車が通りかかったが、車を降りもせず大丈夫かと私とおっちゃんに聞いた。私がAAAに電話したんだといったら、じゃあ、大丈夫だなという雰囲気で走り去っていった。おっちゃんにお礼をいっておっちゃんも去っていった。電話してそろそろ30分以上になるのにまだ電話がない! あー、どうなるんだろうと思って、もう一回AAAに電話して話し始めたら、電話がかかってきた!!トリプルエーのでかいトラックが先ほどの最寄のCVS薬局の横に見えるではないか!!おー、早い!感動的だ。こっちこっちと携帯で話しながらもう一方の手を振り回したらスパニッシュのお兄さんが私に気づいてくれた。ラッキーなことにお兄さんが来てくれたAAAの修理センターは私の車がとまった地点からたったの2マイルだったのだ。(2マイルっていつも私がジムで走る距離じゃない?)かくして我がスバルレガシーを後ろに乗せたトラックに娘と一緒に乗り込み修理センターに向かった。6時の閉店時間まで後30分、危ないところだった。夕闇迫るがまだ真っ暗じゃないし・・・今日中の点検は無理なので車はここにおいておけ、ここは6時にしまるから誰かにピックアップしてもらえという。夫はたった今マンハッタンを発車した電車に乗っているから1時間以上かかるし・・・Gにでんわしても留守、Yちゃんに電話したらいた!!というよりYちゃんが帰宅して自宅のドアをあけたら私の電話がなっていたそうだ。 一日中、運転でくたくたなのに今すぐ来てくれるというYちゃん。ごめんね。これでもか。というほどお世話をかけてばかりで・・・・主人が迎えにくるまでYちゃんのうちで娘と二人待たせてもらった。でも本当に今日のアクシデントは大変だったけど不幸中の幸いがたくさんあった。もし高速道路を走っていたとき、今日みたいに突然とまったら後続車に追突されて死んでたかもしれない。それにまだひと気のあるようなところだった。あと夜じゃなかったこと。携帯を一個しかもっていない私たち夫婦はその日の状況で夫と私の必要度が高いほうが持つことにしていて、たまたま今日は私が持っていた日だったのだ。(余りにも不自由なのでもう1台持とう言っていた昨今だったけどね)明けて今朝、先ほど修理工のお兄ちゃんから電話のよると、なんでもバッテリー交換とジェネレーション交換にあと2本ベルトを交換が必要、全部で六百ドルぐらいかかるそうだ。これって高いの?安いの?全く見当がつかない私たち、とにかく修理をお願いすることにして今日の午後、車を取りにいくことになった。 ---------------------------------GANBARE! NIPPON!Yahoo! JAPAN JOC OFFICIAL INTERNET PORTAL SITE PARTNER
January 26, 2006
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寝泊りは一応新居でするようになって1週間になる。でもね・・・電話もまだだしPCの接続もまだ・・・ダイニングテーブルもまだだしテレビもまだ・・・カーテンもまだないからシーツを安全ピンで留めてある状態なのだ。おまけに先週は引越したあくる朝、すごいストームで二昼夜停電で暖房もなく真っ暗け・・冷蔵庫に入れたばかりの食料はだめになる!道も散々で娘を送る道は大きな木が折れて道はところどころ寸断されていて迂回に次ぐ迂回で時間が倍もかかる・・・今朝やっと道が開通したけど、今度は早朝からの雪で学校など公共機関は全てディレイであった。Gの家に立ち寄ってこれを書いている。電話もPCに接続もギリギリまでそのまま仕えるようにしておいたので便利だ。今日の午後、ようやくダイニングセットが届く予定なのでとってもうれしい!これでちゃんとしたご飯が食べるかな?(でもピクニックみたいにウッドフロアーで胡坐をかいて食べた海鮮どんぶりはおいしかったけど)毎日、じわじわと幸せ感がこみ上げてくる。外はどんなにストームでも雪でも夫には仕事があるし、家族全員元気で五体満足だ。ありがたい。ありがたい・・・・
January 23, 2006
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昨夜、初めて新居で親子3人で眠った。前日眠ったベッドを午前中。Gが解体してくれて部品となったベッドを新居に運ぶ。同日の夜8時過ぎにGが新居に来てくれてベッドを組み立ててくれた。奇跡のようにフルサイズのマットレスが私たちのハッチバックのスバルに押し込むことができた・・・友人のKちゃんがだしてくれたバンで80フィート(203センチ)のレザーソファを運ぶ予定も大変な事態の中で終了した。というのもこの寒さのためかバッテリーが途中で3回もあがってしまったというアクシデント。ご主人を2回も呼び出してケーブルでつなぐこと何回だろう。こんなにも人様に迷惑をかけて私っていったいどんな種類の人間だろう。娘も私も人の情けの深さに泣きました。ありがとう。多分私はこの恩を受けた方々に生きているうちに全部お返しすることは不可能だと思う。ペイフォワードの映画のようにこれからの私の生きていくうちに、どなたかにお返ししていくことで少しずつ少しずつ返していくしかない。一夜明けて今日である。朝、主人と娘を車に乗せて新居のアパートを出た。最初に主人を最寄の駅にドロップ。次は娘の学校だ。このクオーターが終わるのが今月末なのでそれまでは今まで通っていた学校に送り迎えする必要があるのだ。娘をドロップオフした後、こうして元の家に戻って朝からまた荷物の整理と掃除している。PCは結局のところ今週末までこのままつないでおくことにしてよかった。電話も然り・・・・掃除の一服休みにこうして現在これを更新している。今朝ここに戻ってきたときにGが私に言ったこと”私たちファミリーがいなくてなんだかとても変な感じがする。静か過ぎる。something wrong!涙と抱擁である。我々を2年半一緒に家族としておんなじ家に住んでこれはもう本物の家族だから一緒にいないとおかしい気分だ。と言うのだ。これからもずっとずっと家族だね、私たち・・・さあ、またクリーニングに戻ることにしよう。
January 17, 2006
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なぜクエスチョンマークがつくかというとお天気に問題あり。今日の夕方からあられが降り始め、現在は雪に変わり雪が積もり始めたのだ。明日はもしかしたら引越しできない恐れが・・・天気予報では凄いウィンデーなので体感温度はマイナス16度とのこと。そんな天気の中、引越しを強行して手伝ってくれる友人に何かあっては大変だ。とにかく明日の朝の様子次第で、予定変更にすればいいか?でも翌日から主人は休めないということは主人なしで引越しかい?どうなることやら・・・・まあ今晩はもうとにかく休むことにしよう。
January 15, 2006
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新居のカーテンをつける必要がある。特に1階のロータリーの入り口に面しているのでリビングルームが外から丸見えなのだ。日本のマンションみたいにカーテンレールがあらかじめついてるってことはないのでカーテンレールのようなものを自分で取り付けないといけない。といっても窓のサイズもまちまち、デザインも多様で見にいってもどうしたものかと考え始めるとわからなくて買えない。が しかし 今日、Gが付き合ってくれたのでダブルのカーテンをつるすものを買うことができた。こんどはこれをつけるのにドリルで穴をあけないといかん。ドリルで壁に穴をあける。誰が?そう私しかおらんではないか。なんでも自分でやらなくっちゃいかん。あーもう眠たくてたまらないので終わります。
January 14, 2006
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とつくづく思う。今回の引越しは業者を雇うことなく友人たちの助けをもらって行う予定だ。居候の2年間の間、スペースの問題、そしてお金の問題もあったのでなるべくものを増やさないように努めてきた。それでもなにかしら増えている。今回の引越しでは、ほとんど家具がない。でも本が多い。主人が学生だったから当然といえば当然だ。どちらかといえばテレビはなくても平気でも、活字がないのには耐えられないほうなのでどうしても読み物類は増えてしまうんだなあ・・・・地元紙で見つけたムービングセールで、気に入ったソファを買うことにした。2メートル近い皮のソファーを2本、あと帰国する日本人の方からも好意的な値段のついたダイニングセットも確保することができて、少しホッとした。、交渉中なのはピアノだ。まあなんとかなっていくような気がする。それにしても最近疲れているので今日はもう早めに休むことにしよう。
January 13, 2006
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引越しが住むまでカラダを持たせないといけない・・・・何だか最近熟睡できていなくて、翌日は頭痛がしたりすることが多い。昨日、正式なアパート契約をかわし書面にサインし、デポジットとセキュリティー合計家賃の2倍の小切手を渡した。だから今週末は本当に引越しだ。なのにまだ何もやっていない。引越しの資材すらない。これまでの引越しに比べると簡単すぎて、高をくくっているのだ。ダイニングテーブルだのソファだのと中古品を探し回るほうに忙しい。
January 10, 2006
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という感じである。来週の15日に一応引越しの予定だというのにあまり実感がわかない。実はほとんど引越しする荷物というものがない。ここで住み始めた当初、本当に日本から持ってきたものは飛行機に持ち込める子供と私の二人分の重量制限いっぱいの18キロ(スーツケース2個とダンボール2箱)だけだったから・・・・ベッドにデスク間接照明、勉強机、ソファー、小型テレビなどはGファミリーが使わない中古のものを用意してくれていたお陰で家具もなにも買わなかった。ただデスクトップPCと電話、コピー機、本箱2個は必要だったので少しづつ買い足した。借りていたデスク下のデッドスペースにちょうどいい本箱は既製品になかったから、ホームディポに行って主人と二人で板を買って、ちょうどいいサイズにカットしてもらって自分たちで作ったなあ。手間がかかったけど楽しかった。私は子供のときには父の、結婚してからは主人の転勤に伴い、日本津々浦々、実に14回も引越ししてきた人生である。ある程度引っ越し慣れしている私であるが今回みたいに荷物がないのは初めてだし、こんなに近距離を動くのも初めてだ。子供の転校も日本国内はどうということはない。私自身小学校は2回、中学校は1年づつ、徳島、宮崎、和歌山と3回変わった。娘も東京、名古屋、盛岡、神戸、そしてアメリカと4回以上変わっているが、どうということはなかった。親の私もそういう風だからか、娘も転校することを余り心配していないようだ。むしろ新しいチャレンジができるというのが楽しみだと言っていたぐらい・・・・・多分どうということはないと思うけど、週末が空けたら、新旧二つの中学校のガイダンスカウンセラーに会って娘の転校手続きをやらないといけないと思うと少ーし億劫だ。なんといっても英語でやらないといけないからなあ・・・・今回の独立にあたって、ダイニングテーブルセットやら、ベッド、カーペット、それと食器もG家のものをほとんど共有させてもらっていたから、食器類にカトラリーにやかんにお鍋にいたるまで買わないといけない物だらけだ。この年になって一からそろえることができるなんて、なんて楽しいことだろう。ワクワクしてくる(注:決して新品でそろえようなんて思っていないけど・・・)
January 8, 2006
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いよいよ明日から主人の仕事が始まる。2002年3月末で前の会社を早期退職して3年と9ヶ月ぶりのカムバックである。明日の初出勤を前に、スーツのボタンの取れそうなところを繕ったり、ネクタイを選んだりしていたら、しみじみと幸せだなあ・・・と感じた。本日、ついに新居が決まった。紆余曲折の末のことなので本当にホッとしている。もうこれで物件を探し回らなくてよくなったのだ。主人も安心して仕事に専念できるというものである。よかった、よかった。本契約は今週末であるが・・・・娘を連れて、午後から映画を観に行った。ホリデーブレイク中に”クロニエル オブ ナルニア”(ナルニア物語)に連れて行く約束だった。休暇最終日である今日、アパートも決まり心からリラックスして映画を楽しむことができた。上質な映画であった。娘とのドライブ中の会話で”お母さん、この国に来て2年だね。私たち少しづつ、少しづつよくなってきたよね!何もかも・・・・・!”と娘が言った。本当だ。当地に来たのは12月の半ばでこちらでは大雪に見舞われて乗り換え予定の飛行機が来なくて12時間も乗り換え地でスタックしたのだ。疲労困憊の私たちが飛行機を待っている間、ボーっとしてみていたテレビで、イラクのフセイン元大統領が逃亡先で捕まったというのを繰り返し繰り返し観ていたっけなあ・・・あの情けないおっさんの顔はあの究極の疲労と共に忘れられない。日本を出発して実に40時間後、真夜中3時ごろラガーディア空港で出迎えてくれたJと主人,こうして現在の家に迎えてもらったのだ。そんなにくたびれているのに、翌朝の7時に主人は駅まで車で送っていって欲しいと私に言うのだ。(通学の際、上ったり上ったりの坂の多い最寄の駅までの道のりを主人は、ものすごい重さのパックパックを背負い片道歩いて1時間のみちのりを歩いて通っていたのである。腰痛もちの彼にはもう限界だったのだ。彼の学校は3ヶ月前の9月~始まっていたが、鉄人のように毎日、駅まで歩いて往復していた!!)混乱する頭で、初めて乗るホンダアコードで、左ハンドルで私はなんとか片道15分の雪の道を恐怖でおののきながら運転した。帰り道すらよくわからないというのによくやったよなあ。夜のピックアップも・・・・・そうなのだ。”こんなどん底状態からの出発だもの。これ以上悪くならないな。”これが私の原点だったのだ。だから娘の言うだんだんよくなってきたよね!ということばは大当たり!!引越し予定は15日、ということはすわわち”居候終了”を意味するのだ。はあー~~~~~~~~・・・・・・・・・・・
January 3, 2006
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