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わたしたちはあなたを一つたりとも否定していない 大切な友達が届けてくれたメッセージ。 涙がでて、とまらなかった。 受け入れられている幸せと安心感。 とてもとても必要なこと。そのこと本当はよくわかっていなかったのかもしれない。
2006.10.15
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栗原はるみさんのレシピは好きで時々、食卓にあがる。お手軽で、しかもおいしいお菓子は気に入っているものも多い。ゆるゆるゼリーに、これまたすぐできる黒蜜をかけて食べる。今日は粒あんを乗せて。蒸し小豆の真空パックを使う。お水とお砂糖を少しだけ入れて煮る。甘くしないのがポイント! *豆乳ゼリー* 1. 大さじ2の水でゼラチン5gをふやかす。 2. お鍋に豆乳2カップとお砂糖50gを入れて火にかける。 3.お砂糖が溶けたらゼラチンを入れて完全に煮溶かす。 4.火からおろしてボールにうつして生クリーム50ccを加える。 底に氷水当て、とろみがつくまて混ぜながら冷やす。 その後、冷蔵庫で冷やし固める 黒蜜は、黒砂糖を水で煮溶かすだけ。 黒砂糖 50gと水50cc
2006.09.15
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まーちゃんのスカートを縫った。 これからの季節スパッツやジーンズの上にちょっとはきたいらしい。 「スカートがほしい~」と念仏のように(?)言っていた。ダブルガーゼのチェックです。なんかさみしいなあ~と思ったけれど、 ポケットを作る余力がなく・・・そしたらいいものがありました。モチーフです。おしゃれな(?)100円雑貨の店でコースターとして売っていたもの。ちくちく縫い付けたらかわいいポイントになりました。 ちょっとわかりにくいですが、むらさきと白のチェックです♪
2008.10.01
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このところ、よく本を読んだり調べものをする。いい時間に感じる。ずっと、子供の発達のことをお勉強してみたいと思っていたけれど、本を読んだりすることができなかった。本屋さんでコーナーに立ち寄ることもあんまりしなかった。少し手に取ってみてもパラパラとめくるなかで、専門的な単語を見つけると棚に戻してしまう。たぶん何か受け入れられないものがあったんだと思う。うちの本棚にも「まさにこれ」と言った題名のものはほとんどなかった。時期というものがあるようにすごく思う。いろんなことがあって、時間を重ねてきて、私は少しずつ専門的なものとうまく寄り添えそうな気がしている。れんれんの一つの通過点として発達クリニックの門を叩くことも、本を開くこともしたいと感じる。必要なければまた少し距離を置くかもしれない。経験したり勉強して私のなかできちんと整理のついたものが誰かの役にたつといいなあと思う…今日この頃。
2008.02.19
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今日、お誕生日だった私。ほんとうに両親に感謝する。いろんなことがあるけれど、子どもをもって本当に豊かな毎日だと思っている。そんな日を過ごせることはこの世に生を受けたから。ありがとう・・・。・・・という、今日、愛知みずほ大学の先生でいらっしゃる一木玲子さんの講演会に出掛けた。先生はイタリアのインクルーシブ教育を例に、統合教育についてお話くださった。インクルーシブ教育については書籍やインターネットで知ることが出来ると思うので、私のつたない説明は省略(笑)。ともかく思ったことは・・・ 「日本って遅っせーな~」ということ。環境やら文化やら違うことはたくさんだし、実際の現場ではいろいろな問題もあるのだろうけれど、「日本では何で出来ないんだよ」と思った。だって、ちゃんとそれまでの分離教育を転換して1970年代からイタリアは国を挙げてやってるじゃないの。分離教育をやっているから、「障碍のある子は受け入れるのが難しい」のであって、分離教育をやめたらいいんじゃない・・・とイタリアは学校の制度を全部変えた。私が産まれた頃から始まってる・・・。先生が記録していた写真には・・・幼稚園で楽しそうに何かのおもちゃで遊んでいる男の子。でも、それは発達に遅れのある男の子が遊びを通して療育プログラムをしているところ。彼の周りで同じように普通の子どもたちがそのおもちゃを楽しんでいる。脳性マヒの男の子がリハビリのために積み木を積み上げている。それは普通学級の大きな机の上。授業中に彼の側にきて、その積み木を一緒に積みあげたり拾ってあげるクラスメート。歩き回るのが自由な授業の中でいろんな子どもが彼とコミュニケーションをとっている。クラスの中には車椅子で足がむくむ彼のために休むためのスペースがある。 ・・・すべてがこんな感じ。インクルーシブ教育って障碍のある子とない子が一緒に学ぶことだと思っていた。でも違った。障碍があるとかないとかじゃなくって、子どもたちは一人ひとり独自の性格、興味、能力が違う。人種も性別も違う。インクルーシブ教育ってすべての子どもたちが対象なんだなあって思った。「PISAの学力テストで上位に上がっている国はみんなとっくにインクルーシブ教育。 日本は逆行している」・・・・ため息がでた。このまま、イタリアやフィンランドにいってしまいたくなるけれど、でも、ここに住んで私にも出来ることがきっと何かある・・・と思いたい。☆障害児を普通学校へ~http://zenkokuren.com/newsletter/kaihou0.html
2008.02.20
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金曜日にれんれんの発達のことでクリニックにいった。発達に心配のある子どもたちも通院しているらしいよ~と聞いたので、何か一歩踏み出す力になる時間がもてるといいなあと思って出かけた。れんれんに説明するのが難しい・・・「学校で時間が足りなくって困ったりすることがあるじゃん・・・。 そういうのどうしたらいいかちょっと相談してみよう~」と言った。本人にはどんなふうに伝わったかはわからないけれど・・・さて、結果から言うと空振り(笑)。主に、そういった子どもたちの精神的なところをケアしているらしい。というのは・・・・衝動性を抑えるような・・・や集中力がUPするうような・・・お薬を処方しているとのこと。また、ウツになったりする子どものカウンセリングをしたり・・・。「あ~精神科だったかあ」と途中で気がついた。ホームページではもうちょっと違った方向性に見えたのだけど・・・。「検査などをして詳しく彼の状態がわかってから何かあればどうぞ」といったような具合だった。れんれんはやりとりの間はレゴブロックでずっとあそんでいた。「多動ではないですねえ」と言われた。・・・・なんかかみ合わなくって笑いそうになった。どこかに、ちゃんと相談できる・・・心の深い専門家はいないものかなあ~と思う今日この頃。
2008.02.25
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ケーキ教室に行ってきました。生キャラメルを作っている間、なんとも言えない甘い香りに包まれて幸せ~な気持ちになりました。いつも何となく作っているケーキですが、「めんどくさいな~」って端折ってしまってるところや、「まっいっか」と大ざっぱにやってしまってるところが、実はおいしく作るのに大切なひと手間だったんだなぁ~としみじみ。先生がお菓子を愛していることもた~くさん伝わってきました。
2008.12.09
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気になる子どもとシュタイナーの治療教育お友達に教えてもらって、読んだ本。シュタイナーというところにこだわらずに読んでいいと思う。 発達に心配なところのある子どもたち・・・一番最初に私たちがすべきことは彼らの世界を理解すること。そして、その世界は私たちの中にもあるということ。私たちはただその世界があんまり大きく存在していないというだけ。そして存在していたとしてもうまくやりすごしたりする術を知っているというだけ。 この本を読んで、穏やかに私の中にストンと落ちてきた事がらがたくさんある。たぶん、れんれんと時間を過ごすときにきっといい方向へいく手がかりになると思う。 シュタイナーはずっとまえから気になっていた。本を読んだり、実際に小学校にも足を運んだことがある。ゆるやかに子どもを育て、また感性を大切にし・・・れんれんにあっているような気がしていた。けれど、その反面・・・やはりシュタイナーといえば、ストイックなきまりがある・・・というイメージもまたあった。日本において、一般的な暮らしをしている中では特別な環境にも思えた。シュタイナーの基本思想である人智学というのはすごく深い。私には理解するのはむずかしいところがたくさんある。それに基づいてすべてのことが広がっているのでやはり「う~んそれは無理」みたいに感じるのは素直なところだと思っている。 でも、あんまり垣根はつくらないようにしている。れんれんにあっているものを少しずつ。ある世界だけがすべて丸ごとぴったりと合うとは限らないから・・・
2007.10.17
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明日はれんれん、生活展で劇に出る。初舞台。「ちゃんと出来るよ」と自信満々のれんれん。幼稚園が舞台のお話。みんな動物になったり、幼稚園の森の生き物になったりするようす。れんれんはうさぎをやりたいって言いましたよ~って聞いた。さっき寝る前に、ぴょんぴょんと跳ねるのと、台詞を言ってくれた。なんだかそれだけで胸がいっぱい。自分で役を決めて、お友達と練習もしたんだね。あしたはいいお天気だといいね。
2007.02.02
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今日、本屋さんでロハス子育て…だったか…?まあ、そんな感じの本をパラパラと立ち読みした。食育のお料理教室あり、田舎でおじいちゃん、おばあちゃんにアナログな生活を学ぶのあり、農業体験あり、美しい自然に囲まれたニュージーランドでのエコな暮らしを紹介するのあり…といった内容。確かにひとつひとつはどれも素敵。子どもが学ぶのは学校だけじゃない。先生もいわゆる教師と言われる人達だけじゃない。けど、実際に子どもたちは週の5日は学校へ通い、かなりの時間を教師と共にする。こういった学校外の活動をする時間はほんとうに僅かだ。僅かでも時間をやりくりして、活動に参加する子供たちもいるだろうが、都会では塾や習い事も忙しく、そして親に関心がなければ、難しい子どもたちの方が多い気がする。実際の体験を通して、さまざまな人たちと関わり合っていくことのできるこうした活動がもっと子どもたちの身近にあるといいなあと思う。今はふたりとも、幼稚園の森で四季を感じ、畑や飼育活動を通して命も感じ、クラスの先生だけでなくいろいろな先生や違年齢のお友達と時間を過ごしている。学校に行ったらどうなるかな…?やっぱり学校外での活動がもっと大切になるのかな?そう思うと、駅前にショッピングモールがでんと構え、マンションが立ち並び空もなんだか狭い今の環境よりも、もっと子どもが育ってくのにいいところがある気が…。どこへ住もうと気の持ちようなのか…?けど、自然や違う土地で癒されることが多くなって、やっぱり環境もあるなあと思ってしまう私。
2007.02.07
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ここに出てくる、「ぼくのおかあさん」、あまりに私みたいで笑っちゃう。お寝ぼうさんで、子供には「はやく、はやく」って言うのに自分は井戸端会議で足止め、園のお迎えに遅れるし、お洗濯もさぼるし…うちの子供たちもすっごく「わかる」らしく、「ママみたいじゃーん」って言っている。でも、おかあさんが好き。結婚したいくらいに好き。酒井駒子さんの絵本は、かわいくてちょっぴり切ないようすが絵にぴったり。 「おかあさんキライ」って言われないようにしなくては…
2007.01.27
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お雛様を飾った。もっと前にだすつもりがばたばたしていて、すっかり忘れていた。れんれんのことにばかり…気がいっているのかな。そんなことはないのだけど、小学校がね…始まるからね… 何だかすぐ頭がいっぱいに。すごく嬉しそうに飾るお手伝いをしてくれた。ちょっと反省…。まーちゃんごめんね。いつもいつも君に救われているんだよ。「ママぎゅうってして」って来るけど、ママがしてもらってるんだよ。ひな祭りにはまた美味しいケーキを食べようね。
2007.02.13
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こどもとうまく向き合えずに気持ちが空回りしていたときに友人が貸してくれた本。気持ちの中にあったさまざまな思いがすべて同じ方向に向いたように感じた。 れんれんはちょっとおもしろい子だ。今だからこそこんな風にあっけらかんと言えるけれど、お友達と上手に関われずにいる彼を長いことただ切ない思いで見つめていた。時には彼を振り返ってくれない・・・と小さな子供たちを恨みがましく思ったことさえあった。みんな一緒に楽しそうに遊んでいるのにどうしてなんだろう・・・。どうして一緒に遊んでもらえないのだろう。いつの間にか、その空間にいたたまれなくなり幼稚園が終わってお友達と遊ぶということから遠ざかっていた。「ママがわかっているからいいよね」と。ほんとうは何もわかっていなかったのに。 ただ彼がかわいそうで私が切なかった。少しずつそんな気持ちがほどけていたときにこの本を読んだ。そしたら「質より量」でいいんだということを先生書いていらして本当に心が軽くなった。上手に遊べなくてもいいんだね、ちょっとずつでも関わっていくことが大切なんだね・・・お友達とまた遊んでみよう。ケンカがあってもいじわるされてもたくさん学んでいくんだね。
2006.07.23
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「情熱大陸」を見ていたら、沖縄に移り住んだ女性の話をしていた。彼女には女の子がいる。5歳くらいかな。前髪を短く切りそろえたおかっぱ頭がすごくかわいい。炭とお塩で洗って沖縄の日差しに乾く木綿の服を着ていた。縄と布で軒先につるされたブランコで遊ぶ姿。家からすぐの森の中の清流で行水をする姿。ハイビスカスの花を石でつぶしてシャンプー代わりにする。目の前で絞められた鶏の毛をむしる姿。そのスープを満面の笑みで「おいしい」という。スープ碗からはながーい鶏の足がはみだしている。田んぼや畑で仕事をする両親の姿をいつも見ている。両親の作ったお米を待ち望んでいる人たちの顔も見る。熱が出ても病院には行かない。小さな彼女の中に宿る自然治癒の力をお母さんは信じていて、そっと抱きしめる。大自然に囲まれたスローライフは憧れの的にされがち。でも、そこでちゃんと生きて行くには強さがいる。彼女はあんなに小さいけれど、「生きる」を目の当たりにして暮らしている。この子は大きくなったらどんな人になるのだろう…ずっとそんなことを思いながら見ていた。
2006.09.03
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とても寒かった金曜日に終わったれんれんの卒園式、その後も思い出しては涙、涙、涙・・・ となるようなきがしていたが・・・・・・それどころではなく、折からの風邪が悪化の一途を辿り寝込んでしまった。「木曜日の夜に帰国し、金曜日は午後から出社し、日曜日の早朝には中国」というパパに家事と育児の一切を託し、私は完全にノックダウン。微熱と頭痛とだるさ。何とか復活したのは一昨日の夜のこと。でも、次へ進むために心と体に大切な作業が施された時間だったような気がする。流れている私の時間。そして今朝、まーちゃんはまだ幼稚園があるのでれんれんと一緒に門まで送った。大好きな先生が「おいでよ~」と中から手招きしていた。「僕は幼稚園じゃないからね」とくすくすと笑って答えている。「後から来るね、お迎えのときにね~。またね」そういって踵を返す。その様子がすごくお兄さんにみえてちょっとびっくりした。静かに流れているれんれんの時間。静かだけど決してよどみのないれんれんの流れ。
2007.03.19
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友人がとても信頼しているヒーラーに会えることになった。みんなとのお話会の後で、個人セッションを受けることが出来るよ・・・と聞いていた。どうしよう・・・すごく迷ってお願いすることにした。どうしても越えられない壁が私の中にある。ずっと越えられない・・・ヒントだけでも見つけることができたら・・・。スピリチュアルな世界・・・その世界とつながっている人たち。私はずーっとそんな世界ともそんな人たちとも無縁に生きてきた。何回テレビを見たって、たくさん本を読んだって、心にストンと入ってくることはあっても、そこに・・・目の前に存在しているものだけが私の世界。れんれんの子育てに迷い悩んでいる日々の中で、次第に自分自身と向き合うことが多くなった。そうしたら不思議なことに、私が自分では受け取ることの出来ないメッセージを伝えてもらうことが増えていった。何度もそんな見えない世界からのメッセージに助けられた。そんな友達が側にいることを本当にすてきなことだと素直に思った。だからこそ、自分で今抱えていることをどうしたらいのか?と問うことが出来なかった。れんれんのことを悩み始めた頃ならすぐにでも聞いたかもしれない。とにかく今の私を助けて、どうしたらいいの? と・・・しなかったのは、自分で考えることをしないでズルしているような気がしていたから。生きるの死ぬの・・・の切羽詰った状況にいるわけじゃない。多くの人は自分で考えて生きている。「これから私はどうしたらいいのでしょう?」と誰かに答えを教えてもらうようなこと、していない。いいのかな・・・いいのかな・・・けれど、今はとても清々しい気持ち。メッセージを伝えてもらったところで終わりじゃない。メッセージを伝えてもらったからこそ、勇気をもってがんばらなくては。見えない世界はすぐそこにある。きっとみんなの心の中につながっているって思う。あいかわらず、実際に目に映るものは変わらないけれどそれでいいんだって思う。
2007.01.29
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れんれんは夏休みから毎日くもんのドリルを一日2枚やっている。本屋さんでシンプルな計算ドリルを・・・と思って探していたら、くもんのがぴったり。字が大きくて読みやすいし、答えがかきやすいし、ぎっしり感がない。今は「引き算のひく1からひく9まで」というのをやっている。同じものの2冊目。これがスムーズにいくようになったら、もう一つ上のものをさせるつもり。 くもんや百ます計算といった、高速大量反復計算・・・なるものにずっと否定的だった私。でも、れんれんと勉強を一緒にしてきて思った。ある程度の計算力、数字の組み合わせ、そういった感覚はつけておくべきだと。 問題を読んで、何を導き出すのかを考えて、その背景を想像するといった力は、ただ計算ドリルをじゃんじゃんやったからといって身にはつかない。れんれんは「体験すること」がないとなかなか結びついていかないので、具体物をつかったり、絵を書かせたりといった方法もとても大切。なのでこちらはこちらでちゃんとフォローすべきだと思うけれど、ある程度の数字を扱える力はやはりれんれんの場合、他の子よりもたくさん数をこなさないといけないな~と感じている。 以前は1枚やるのにもすぐ、「わかんない~」「ママ~」と言ってた。いきなり数字がずらずら~と並んで、不安になり拒絶感が沸くようだった。だから、そばでいっしょにやったり、表だけにしてみたり、ひとりでやるのは残りの何問かにしてみたりしていた。でも、いつの間にかひとりでさらさらっとできるようになっていて、「出来たよ~丸つけして~」と言う。でも、本人がやりたいといわない限りは、ここで欲張ってもう一枚やらせないことにしている。(ついもうちょっとと思うから私はぐっと堪えて・・・笑)とりあえず夏休みが終わってからは2枚まで。1枚の日もある。1枚終わるごとに、巻末についているシートにシールをはり、全部終わると裏側が賞状になっている。1冊終わったときに、「がんばったね」とほめた。「こんなにたくさん、れんれんがやったんだよ」と。 自分で「くもんだ」と取り組むようになってきた。そんなこんなのがんばりで、計算する力がついてきたように見える。学校のひっ算の宿題プリントもひとりでできる。これはすごくすごくれんれんにとって自信になることだ。 巷で、いいといわれる勉強法はたくさんある。逆によくないっていわれる勉強法もたくさんある。 その時その時、れんれんの様子を見ながら、私が感じたり、勉強を一緒にしている先生と考えたりして選んで行けたらと思う。
2008.10.03
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まーちゃんも小学校にあがり…私自身も何か未来に向けて動きだしたいなあ~と思っていた3月。国際支援のお仕事でとってもお世話になった先輩から突然の電話。「よかったら、仕事手伝ってくれないかなあ~」あまりのタイミングにびっくり。私のびっくりぶりに、先輩もびっくり。「じゃあ、学校始まって子どもたちが落ち着いたら…」ということで電話を切った。それから1ヶ月あまり、いろんなことを考えた。私は子供たちのお役に立てる仕事を将来したいと思っていた。それから、これは本当に夢のまた夢だけど、お母さんや小さな子どもが安心してちょっとご飯を食べられるようなちっちゃなカフェでもやりたいな…とか。以前はとっても打ち込んでやっていた国際支援の仕事。今の私の生活とあまりにかけ離れていてちょっと二の足を踏んでいた。そこへ、まったなしの先輩からのヘルプ。「タイの法整備について調べて~」「パキスタンの地方行政について調べて~」先輩がどんなに急を要しているかよくわかった。私にほんとうに貴重な体験をさせてくれた先輩。ここはやらねば…と思った。そして、やっているうちに、思った。他のことも考えようって。ちょっとしたタイミングがずれただけで、「あんなに魅力的な話なのに~」ということに手が届かないことがある。でも、ちょっとしたタイミングでうんと私に近くなる出来事がある。これって、やっぱり何かあるってことだと思う。目の前にあることをとりあえずちゃんと手を抜かずにがんばろう。そう、そうやっていつだって目の前が開けてきた。回り道になるかもしれないけれど、ちゃんといつか辿り着く。
2009.04.23
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学校への思いがいろいろななか・・・日曜日にセアラ姫さんの講座にでかけた。軽度発達障碍の子供を持っている親たちのための講座・・・今回は小学生低学年の教科書を見てどのように学んでいるのかを知ったり、また事前に準備しておくとよいことなどをお話いただいた。また、学校の先生と連絡を取りあう時のポイントも教えていただいた。私はれんれんの先生は一生懸命にやってくださっている・・・ので何とかなると思っていた。でも、先生の固定観念のために「どうしても動かないこと」があることも知った。ちょっとした発想の転換で「さくっと動くかもしれないこと」があることも知った。それは同時に私の中にあったものだなと思った。知らなかったから先生にうまく提案できなかったということがあった。例えば、れんれんの先生は「個別の対応が必要で・・・」ということをよくお話される。聞いている私は「いちいち申し訳ないなあ」と思っていた。「先生はほんとうに みんなを注目させてから お話をされていますか?」「みんなを注目させるために工夫していることがあるかしら?」とセアラ姫さん。クラスに「みんなと同じように理解するのが難しい子」がれんれんの他にもいるはず。いちいち一人ひとりに、「わかってる?こうするのよ」って言わなくてもすむ方法。「注目~」と大きな声で呼びかけるのもよし・・・手をパンパンと叩くのもよし・・・先日の授業参観を思い起こしてみた。先生は低学年を担当されるのはものすごく久しぶりだとお話されていた。そういえば、「みなさ~ん」みたいな語りかけがなかったような気がする。高学年ならそれで流れていく時間。先生にとって、もしかしたらそれが当たり前になっていないかな・・・??あと、ここまで進みましたよ・・・ここが出来ませんでした・・・というのを連絡帳に書いてもらっている。でも、ポストイット1枚貼ってもらえばわかること・・・そしてそのポストイットをれんれんの筆箱に入れておくことを伝える。早速出来る、具体的なこと。最後に家に帰ってすぐにやったことを・・・それはれんれんの消しゴムをセアラ姫さんからいただいた「無印良品」のものに変えた。小ぶりなサイズの上にとっても消しやすい。力があんまりいらない。今あるものにこだわらず、発想を変えてみるってことさえ気がつかなかった私。まだまだまだまだ・・・・・・ である。
2007.04.23
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はじめはみんなちいさいめかぜにゆれるちいさいめやがてだいちにねをはってぼくらはみんなおおきいき卒園式で子供たちが歌った歌の中で私がいちばん好きな歌。幼稚園オリジナルの歌。このあと、明るい光に揺れる緑の葉を歌った2番、強い雨風にあってもくじけずにのびていく3番が続く。ぼくらはみんなおおきいきというところが大好き。私たちは大きくなる木を育てている。それはもしかしたらとてもむずかしいことなのかもしれない。それはもしかしたらとてもシンプルなことなのかもしれない。木はみんなそれぞれ違う。忘れてはいけないのはそのこと。そして、伸びゆくその木の傍らにいられることの幸せ。ほんとうに素敵な3年間をありがとう。
2007.03.16
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火曜日は特別支援学級の日。れんれんと3年生の女の子でスタートしたクラスだけど、ついこの間3年生の女の子が入り、今日 6年生の男の子が入りました。ちょっとした縦割りです。6年生のお兄ちゃんに「難しい漢字を教えてもらったよ」と話していました。れんれんは漢字が大好きです。さて、特別支援学級の先生からの連絡帳。私からの・・・「切り替えが遅く、なかなか次の動作へ進めなかったり、やる気がわかずサボってしまう」という愚痴(笑)に対して・・・先生から・・・動作が遅いと言うことについて理由はいくつかありますが・・・1.納得しないと次に進めない 2.きちんとやり終えるまじめさ 3.話したいことがあってそれが先行してしまう 1.についてはれんれんさんの長所の一つです。 それが他の行動へのマイナスにならないように場を調整するのは、 今の段階では大人の役目だと思います。 2.については、ほめる。ひたすらほめていいです。だって彼の良さですから。 3.これについては指導しています。「今、お話のまえにやることがあるよ」など。子どもを認めて受け入れる。先生からは、いつもいつもそんな姿勢を感じます。連絡帳にはいつもびっしりと、その日にれんれんが頑張ったこと、そしてそれを褒めてあげてください・・・と書いてあります。お勉強以外でのこと、例えばお着替えのこと、給食当番のこと・・・など、気に掛けてくださっていて、時々、在籍する教室へも覗いてくださっているようです。土台作りを丁寧にゆっくり。何もかもまだそのときですね。 そんな風に寄り添ってくださる先生の連絡帳を読みながら、元気がでます。
2008.09.30
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こんな時間…夜10時…にひとり、熱々プリンを食べている。出来たての熱々の甘い味は子供の頃の味。よく母はおやつを作ってくれた。「冷めるまで待ったら?」と言いながらしょうがないなあ~と食べさせてもらった味。それは…シュークリームになる前の熱々のカスタードクリームだったり、アップルパイになる前の熱々のリンゴジャムだったり、熱々のチーズケーキにマドレーヌ…プリンも…熱々の味は何だか特別。冷めて食べるよりも甘い。一番にこっそり母のそばでお菓子の香りに包まれた幸せな時間。明日の朝、プリンが大好きなまーちゃんの笑顔が楽しみだな。
2008.11.13
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まーちゃんの卒園まであとわずか。入学グッズ作りにようやくやる気がでてきた。と、その前に幼稚園のお友達へほんの気持ちのプレゼントを作成。かわいいマスクができました。
2009.03.09
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今日はまーちゃんの卒園式だった。私は子供たちの通った幼稚園がほんとうに好きだった。古い園舎の真ん中に園庭があって、そこから階段をのぼると、うさぎやちゃぼ、ヤギのいる小屋があり、畑があり、また階段をのぼると森へつながる。四季折々の草花や果物を楽しみ、動物たちの世話をし、子どもたちは本当に自分たちのペースが守られ、ひとりひとり大切にされる。れんれんも3年間ここでほんとうに、大切にしてもらった。発達のことが心配で3年保育でだいじょうぶかと園長先生に相談をしたときに、「発達が遅くて心配なら、なおさら年少さんからいらっしゃい。 子どもたちの中で彼が受ける刺激はほんとうにかけがえのないものですから。」とおっしゃっていただいた。入園した後も、「どうか僕の隣人の愛を信じてください。大切にお預かりしますから。」と穏やかに、けれどしっかりとした口調でお話くださった。れんれんのことがつい優先になってしまうママの気持ちがよくわかるまーちゃん。健気なほどに「いい子」だったまーちゃんの心の中もここでずいぶんと開放されて、癒されたと思う。そして、確かに何かがしっかりと育まれたと思う。れんれんから5年間。ここでの5年間がなかったら、きっと今の私はなかったと思う。たぶん前よりも優しくなれたと思う。見えていることだけでなく、見えないところも考えられるようになったと思う。たくさんの人に子どもたちだけじゃなく、私もほんとうに大切にしてもらった。ほんとうになくてはならない出会いだったとはっきりそう思う。そして、この園での時間をくれた子どもたちに心から感謝したい。ありがとう。小さなうちのまーちゃん、おめでとう。
2009.03.18
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