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3月11日の日記のつもりが。言葉を選んでいたら日付が変わってしまった。10年。東日本大震災で命を落とされた方々のご冥福をあらためて心からお祈りいたします。1年。昨年の3月11日、主人が脳出血で亡くなりました。何の前触れもなく突然に。自分で喪主を務め、納骨をし、一周忌の法要をしても。もう主人がいないのは分かっているけど。それでも。なんで主人がいないのか、分からない。ただただ、不思議。(Sばばさんは2018年10月に亡くなりました)
March 12, 2021
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今日は義母(Sばばさん)の事。うちの両親より5歳上のばばさん。かなり衰えてきて一人で家に置くのもそろそろ限界に近いらしく昨年末のショートステイ→短期入所から自宅→ショートステイを繰り返し特養の空きを待つそうでGWから自宅にいる。年末のショートはクリスマス前から1月半ばまで。言えば私がキレるのがわかってるダンナ、正月休みに入る直前まで黙っていた。「年末忙しいから」って理由で義姉達が計画したらしい。ダンナは反対して「じゃあアンタが看ろ」って言われても物理的に無理(今退職したら生活していけない)だから了承したんだって。じゃあ面会行けば良いねと言ったら感染症予防で面会禁止とのこと。たぶん家族で登録した人は面会出来るんだろうけど。1月半ば、自宅で2日ほど過ごし、3か月のステイ。4月末に帰って来て家にいた。休みはカレンダー通りのダンナ。その話を聞いた時、間違いなく「お願い」連発来るな~と思ったら予想通り。GW中に3回。しかも最後の1回はダンナが出かけようとしたら呼び止められて「今日昼まで留守番お願い」された。おかげ様で久しぶりの電車での遠出がパーになった。一週間のショートから昨日帰って来たようだ。で、私が今これを書いているって事はもちろんダンナは今日も留守番。私が向こうへ行けばいいんだけどGW後半から風邪ひいて未だに咳がひどいからばばさんには会えない。ダンナにとってばばさんは実の親だから看て当然。だからそれについては文句は無い。父の急逝の事もあるから出来る時は看てあげて欲しい。腹が立つのは義姉達。えっ⁉たった数日でもう留守番依頼⁉また⁉またまた⁉私が義父とばばさんのお世話していた時。義姉達2人とも聞いても絶対休みの予定教えてくれなかった。私が泣いてお願いしても来てくれなかったよね。2人もいるんだから交代でシフト組んでなんとかなるよね。「あたしが入ったらあんた達家族崩壊するよ?」とまで言って乗り込んできたくせに。2人でなんとかするって気概はないのかい!!三か月、半年、義姉達が頑張ってる姿を見れば私だってダンナに今日は代わってあげれば?くらい言う。それが当たり前のように休みのたびに留守番じゃね~。文句の一つも言いたくなるってもんだ……けど、親を看るのは当然だから言わない。でもね、腹はちゃんと立つんだよ、義姉達のバカ
May 14, 2017
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端折りにはしょった近況報告を書いたのに消えた…。うっかり違う所に跳んだばっかりに…。これは書くなって事かしら?ポッキリ心が折れましたが一つだけご報告を。3月半ばに父が亡くなりました。動脈瘤破裂で母の手の中であっと言う間に逝ってしまいました。再発が発覚して二年以上、いつ爆発してもおかしくない状態だったので覚悟はしていました。原因は病ではありますが88歳の大往生です。四十九日の法要と納骨が済み母も落ち着いてきました。こうやって日々を積み重ね、父がいない事を受け入れるんだろうな。両親と一緒にいて。父を看取れて良かったです。
May 6, 2017
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今年も実家でバラが咲きました。 水耕栽培、再開しました。 いろいろ、いろいろありますが バラが綺麗だなとか 水菜とバジルの小さい芽が愛しいとか そんな気持ちがある事が嬉しいです。
June 19, 2016
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休みをとって諸々の用事を済ませて お墓参り→家に寄ってお仏壇にお参りandばばのご機嫌伺い。 家に行ったのが夕方だったからか末義姉いた。 仕事がお休みか早上がりかはわからない。 二階で冬物を取って「帰ります」と声をかけて靴を履いていたらばばの声。 「何しに来たんだぁ?」と義姉に聞いていた^_^; 認知症の気配はない。 毎度の事だけどお墓にお花無し。 良いんだけどね、私の自己満足だから。 私の両親よりめっちゃ元気なばば。 心からいつまでも元気でいてください、と思ってる。 ほんとだよ。
December 9, 2014
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とてもとてもご無沙汰しております。今月初め、入院してちょっとした手術して今は自宅療養中です。腹腔鏡手術は身体の負担が少ないって、本当でした。異常に順調な回復でやたら元気な病人で看護師さんに200点頂きました。ただ、退院する日の朝イチに前日の牛乳(勿論冷蔵してました)を飲んで朝食後に再び当日の分を飲んだらお腹が大破してトイレと仲良しに。退院後2日間もトイレと仲良し。手術が決まって「この体重では看護師さんにご迷惑をおかけする」と5kgのダイエット誓いましたが結局は2kg減。手術前後の絶食とこのお腹の不調でさらに2kg減。体重と共に食欲も体力も落ちて家事した後は爆睡です。ダイエット方法は野菜スープとお豆腐サラダや鶏胸肉のソテーなど先に食べて最後に某コンビニの低糖質パンをご飯代わりに食べました。食べる事も美味しい物も大好きですが不思議と同じ物を毎日食べても飽きないので職場で「また!」と呆れられながら約1ヶ月食べ続けました。その間にダンナと1泊旅行したり娘と三人で外食してガッツリ食べたり。それが無かったらもう2kgくらい落ちたかも。あまり急激に落とすとリバウンドが凄そうだから1ヶ月1kgくらいで以前の体重まで落とす予定。食事の他にはストレス解消も兼ねて歩いてます。仕事が早く終わった日は途中まで歩いて帰って、時には自宅まで。黙々と歩くのはかなり好き。問題は生来の方向音痴なので道を間違えること。何度も間違えてるからどの道も見覚えがあって余計にヤバい。「あ、前に通ったからこっちだ」なんて適当に進んでとんでもない所に出ます。どうしようもないとiPhoneさんにNAVIしてもらいます。たぶんiちゃんが無かったらいつまでも彷徨ってます。実家での生活も1年以上になりました。この夏は父が絶不調でもの忘れもそろそろ本格的になってきました。かかりつけの先生に相談して専門外来受診しようかと思ってます。日曜日に娘の運転する車に初めて同乗しました。免許取って2回目の運転です。運転自体は問題無いけど判断が遅いしダンナに頼り切り。若葉マークの横に「運転2回目」って書いて貼りたい、なんて言う始末。一人で運転するのは当分無理ですな。最近は1ヶ月に1度向こうの家にちょこっと寄るくらい。母の日やお盆や敬老の日、お彼岸などはばばさんに手土産持って行って挨拶して義父のお墓参りしてきます。両義姉には会ってません。一度末義姉には会ったっけか?1年たってもやっぱりここは実家であって私の家では無いですがそれでも穏やかな生活です。時々あれこれ思い出して滅入るけどなるようになるさ、と思う事にしてます。金曜から仕事に復帰するので大好きなグズグズグダグダな生活ももう少しで終わります。
October 14, 2014
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大変ご無沙汰しております。 いろいろあるけど元気に過ごしています。 私の使ってる部屋にはイスの類いが無く 夕飯が済む→部屋に行く→お布団にゴロン→爆睡…なので 日記を書く時間がほとんどありません〓 母がせっせと水やりしてくれたお蔭様で バラさん達が満開です。 家族と一緒にいられなくて淋しいけど やっぱり幸せだなぁ、と思う今日この頃です。 セシルドゥヴォーランジェとマダムピエールオジェ
May 15, 2014
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ご無沙汰しております。実家生活も5ヶ月目に入り、娘共々すっかり馴染んでます。こちらの方が北なのでやっぱり寒い。ここは駅から徒歩5分弱で電車もほぼ毎日座れるので最高。お盆、お彼岸、命日、他にもたま~~~に向こうの家に行ってますがお線香をあげてばばさんに挨拶して(イヤミを言われ)必要な物を取ってすぐに帰ってきます。娘は就活が始まり髪を黒くしてリクルートスーツで飛び回ってます。どうなる事やら、気になるけど本人に任せて口を出さない事にしてます。平和な日々ですがちょっと悩んでます。「どこで年を越そうか。」毎年元日の朝はばばさんと一緒にお節とお雑煮を食べていたのでダンナにどうしようかと聞いたら「そっちでいいじゃん」だって。「パパもこっち来る?」と聞いたら「行くよ。」でもさ。ダンナがこっちに来て新年を迎えたらばばさんは絶対おもしろくないだろうし。でも私としては絶対家族4人で新年を迎えたいし。かと言ってばばさんも義姉も私と一緒にお雑煮を食べるのは嫌だろうし。年越しは義姉が娘と孫を呼ぶのではないか…と。ばばさんの事を考えると別々に新年を迎え昼頃私と娘が向こうにお年始に行く…と言う線が一番無難だろうか。でも家族みんなで新年を迎えたいし。困った困った…。困ったと言えば…。時々「私の家はどこ!?」とわからなくなります。実家であって私の家じゃないと言うかなんと言うか…。うまく言えないけど「なんか違う」って感じ?家族みんなで居るのが当たり前じゃなくなっちゃったんだな~。得た物も多いけど失った物もそれなり多くて年老いた両親と生活出来て本当に嬉しいけど嬉しい楽しいの陰から淋しいとか悲しいとか腹立ちとかがチラチラッと覗いてます。なるようになる、なるようにしかならない。しょうがないわなぁ…。なぁ~んて悩みつつも以前心配した通り、実家太りしてます。それもかなりf^-^;
December 14, 2013
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予定外の奥の壁も貼ってしまった。 板1280円×2 釘 98円 エンドカバー 299円×2 家にあった超強力両面テープ。 大工見習いくらいかな? チかれたび~>_<
September 23, 2013
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壁貼り中。
September 23, 2013
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私は自他共に認める雨女通り越して台風女。今日は娘の発表会。明日は息子が初めての海外旅行へ出発…。まさかの台風直撃か!?台風さんったら、もう、カンベンしてちょんまげ。電車は動いている。カッパ着て長靴履いて観に行ってくるだぁ~。しかし…帰って来られるかな??
September 15, 2013
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近況とさっそくの愚痴。実家へ住まいを移してから約1ヶ月。仕事、片付け、その他諸々、忙しくて楽しい毎日。今までと一番違うのは…。食事が楽しい!父も母もチャーハンでも煮物でも買った生餃子を焼いただけでも「美味いなぁ~」とバクバク食べる。そして必ず「あ~美味しかった、ご馳走様。」と言ってくれるので毎日毎日幸せ気分を味わっている。私までついつい食べ過ぎてお腹パンパン。実家太りをどう防ぐか思案中。先週は娘の誕生日で両親と4人でお祝い。夏はイチゴのお誕生ケーキを作れないから小さい時からずっと31アイスのケーキと決まっている。ここ何年もローソク不要!とローソク見るだけで不機嫌だった娘も今年はじじばばが期待でキラキラした目で見ていたのでゴネる事無く「ふぅ~~~!」楽しい夕飯だった。ここから愚痴。昨日はダンナが仕事休みで頼んであった荷物を持ってきてくれた。朝メールでお昼ご飯は?と聞いたら「15時頃行く」じゃあ夕飯食べていく?と聞いたら「帰る」さては。おかあさんのご飯頼まれてるの?と聞いたら「そう」義母の為に残る事を選択したのはダンナだし親のお世話するのは当たり前だからかまわない。ただ「世話をするから」と私の提案を全て蹴って言いたい放題言って仕事があるのに同居した義姉。それなのにダンナが休みで家にいるからと安易に義母の夕飯を頼むのはちょっとね。「あたしがそっちに住んだらあんた達家族崩壊するよ」とダンナに言った義姉だから我が家がどうなろうと気にしないのかね。どうして「あっちの家で一緒にご飯食べてきな」と言えないんだろ。ダンナが残る事を選択した時点でこうなるのは予想していた。予想はしていだけど私が家を出てからダンナはほぼ毎週来ているのにこちらで一度も夕飯を共に出来ていない。ダンナが残る事を選択したように家を出る選択したのは私。だから義姉や義母に気遣いを求めるのは筋違いってもんで出る事を選んだ私の自業自得。でもさ、越して来てたった2週間で「夕飯お願い」でその後もダンナ休みの度にお願い連発。自分で入る、看ると言った以上「意地でも弟に頼らないで全部自分でやる」なんて気概あなたには無いのですか、と言いたくなってしまう。自業自得とは充分に承知しているけどそれでも言いたくなって愚痴ってしまった。ごめんなさい。
August 25, 2013
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それとも虹の川を遡っているだろうか。昨日の夜、金魚ちゃんが死んでしまった。金魚にも熱中症ってあるのかな?夕方気が付いた時にはすでに瀕死で縦になって沈んでいて水を足したり氷を入れたりして水温を下げたけどダメだった。私の不注意で死なせてしまった。義父のペットだった金魚ちゃん。今頃は義父と再会しているだろうか。
August 12, 2013
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昨日から実家の住人になった。全ての荷物を運んだわけじゃないけど必要な物はほぼ持ってきた。2回目の荷物を運ぶ時、ばばさんに挨拶をして義父のお墓参りをしてから来た。実家のお隣りの庭に池があって一晩中水音がする。毎年カエルが卵を産みに来るそうでそのまま住み着いてるのもいてゲコゲコ鳴いている。義父が飼っていて1匹だけ残っていた金魚も連れてきた。60センチ水槽から40センチ水槽になったけど元気いっぱい、母にも愛想をふりまいてエサを貰っている。愚痴りたい事は山ほどあるけど金魚を眺めたりカエルのゲコゲコを聞いていたらもういいかな、と思った。またすぐに愚痴るだろうけど今はもういいや。だってさ、私、幸せだもん。
July 29, 2013
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仕事から実家に帰りました。先週も金曜から泊まって片付けとバラと果樹の大移動。母が水やりに1時間かかる、と唸ってます。片付けも荷物の移動も亀の歩みより遅いです。最大の問題は母と母の布地。毎度毎度母の「捨てないで」と戦って連敗してます。明日も連敗記録更新間違いナシ。家では台所のレンジフードと換気扇を替えて義姉の部屋と廊下を仕切る布のカーテンを引き戸にして部屋の入り口には鍵を付けるらしいです。「玄関のすぐ横で物騒だから」と姪が言い出したんだって。…どこの家に「玄関に近いから」という理由で部屋の入り口に鍵があるんだろう?普通家の中の鍵はトイレとお風呂くらいじゃんね。部屋に鍵を付ける理由と言ったら「入られたくない」以外に何があると言うんだ? そんな事しなくたって絶対入らないのに。義姉が来てから台所の入り口より先に行ってないし。古いうえに掃除が行き届かず汚かったとはいえ来た途端のリフォームをえげつないと感じるのは私のヒガミ根性。でも「お姉さん、自分の事しか考えてないよね」と思うのが引き戸。そこにあるばばさんの手摺りを外して引き戸にしてその手摺りはばばさんの居間の壁に付けるそうだ。元々そこには間仕切りとしてアコーディオンカーテンがあった。ばばさんは左手で杖をついて右手で壁を触って歩く。廊下は右手側が台所なので壁が無い。杖を右手に持ち替えても左手側がアコーディオンカーテンでは不安定で支えにならず「手摺りを付けたい」と言うので介護保険を使って手摺りを付けてもらった。義姉が引き戸したいと言った時にばばさんは戸なら支えになるから手摺りを外して良いと言ったのだろう。でも「戸」には「手摺り」の役割りは出来ない。「触る」と「握る」は安定が全然違う。なぜそこに手摺りをつけたのか?必要だったから。どうして義姉にはそれがわからないのだろう。ばばさんの安全より自分のプライバシーですかい?「義姉と暮らす」それがばばさんの選択なのだからどんなに心配でもあちらにとっては余計なお世話ってところだろう。やっぱり「あんな人」発言をしたばばさんには感謝です。あの発言が無かったらダンナは同居を諦めなかった。私は義姉とは絶っ対一緒には住めない。
July 19, 2013
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前回の日記からも状況は二転三転し続け、結論は日替わり。最終的にダンナが「この家でみんなでうまく暮らして行きたい」と言いじゃあ「残るけど私は下の事を一切やらない」事になった。ダンナが叔父に電話して状況を説明して義姉やみんながそれでOKした。ところが長義姉の不注意が原因で私がキレた。事の顛末を聞いたダンナが「全面的にアネキが悪い」と言うくらいこの件に関して私に非はなかった。私はダンナにすぐ義姉に電話して「せめてメール1本してくれって言って」と要求。下でケータイで長義姉に電話したらしく今度はそれを聞いていたらしいばばさんがキレた。ちょうど私が下りて行った時にばばさんが言っていた。ほんっとうに嫌そうに「もぉ~~~なんったらイヤだ。」で、夕飯後にダンナに言った。「あれだけ心底嫌そうに言うんだから私の顔を見るのも気配がするのも嫌だろうからお母さんの本音を聞いてみて。」それから数日、日曜日に末義姉の引っ越しの話をしていたらダンナが「もう残れって言わない」と言い出した。急に何!?やっと残ってやっていくんだって決まったじゃん、と言ったら理由は言わないけどもう残らなくて良い、と言う。私の事なんだから言え、ばばさんには今までさんざん言われて来たから今更何を言われても大丈夫だから言え!!と繰り返し迫ったら「泣いちゃうから言えない。」と言う。それなら尚更言え!!と責めて言わせた。ばばさんがダンナに「あんな人連れて来なきゃ良かったんだ」…と言ったそうだ。で、思わず笑っちゃったわけです。いや~、私、ついに「あんな人」呼ばわりされちゃいました。ダンナが言うには言ってる事が支離滅裂だから「おかしい」そうだ。確かに認知症の第一歩かな、と感じる部分もあるけれど今までの事を考えると「そういう人」なんだと思う。スッキリさっぱり、家を出ることは決定。もう変えない。今はダンナの決断待ち。私の予想はダンナは残る、だと思う
June 20, 2013
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ばばさんが骨折して完全同居になってから5年弱。私のこの5年は何だったんだろう。ばばさんの義姉を「呼んでない」「宅配弁当、聞いてない」発言。それに私だけが実家ベースで行ったり来たりすると思っていたらしい。一家で出て行くと言ったらショックを受けて何でこの年になって嫌な思いしなきゃいけないのか、と嘆く。心の中で「一番嫌な思いしてるの私ですから!!」と突っ込んだ。その夜ばばさんが寝てからダンナが「100歩譲って残る選択肢はないのか?」と言った。何度も言ったけどと前置きして私は何がなんでも出て行くとは初めから言ってない。何で今?どう考えても義姉が退職出来ない今の同居はばばさんの為にならない。義姉交代で週1の泊まりの提案などもことごとく義姉達が拒否した。実家の両親は経緯を聞いた上で『お母さんの良い様に、一番良いのは今まで通りになる事』と言っていたでしょうと繰り返し義姉達がしてきた事しなかった事や先日呼び出されたときに何を言われたかなど言った。もういい加減この件で疲れていたから今回は感情的にならなかった。ダンナが今まで義姉やばばさんとの事をどう思ってるかも聞いた。で、私はどうしたら良いの?と聞いたらダンナが出した結論。「みんなで実家に移って俺が行ったり来たりする。」その線で話を進めて良い、との事。決まったのは義姉の転居の日。私達は実家に居候。ダンナは行ったり来たり。息子は独立する予定。ばばさんがショックで眠れず朝の4時半に義姉に電話したそうで水曜日に義姉が来た。「今後のお仕事はどうですか?」と聞いたら「当分はこのままだよ。」だそうだ。帰りがけに義姉が言った。「あなたがすぐに出て行く必要ないんだからこのまま行ったり来たりとりあえずは様子見ればいいんだから。」心の声「それで私がばばさんの心のケアするんですか?」冗談はよしこさん、です。ダンナがケアマネさんに限度額一杯介護保険を使ったプランの作成を依頼。それを見たら「週5で夕方45分ヘルパー依頼可能」と書いてあった。実際にどこまでサービスを使うかは義姉の予定を出してケアマネさんとばばさんとダンナとで決めるだろう。ばばさん、義父の訪問看護や入浴介助の時でさえあんなに嫌がってた他人がうちに入る事。自分がお世話してもらうのも娘の為なら我慢できるんだ。そうですか。今まで私がしてきた事は何だったんだろう。今まで義父のお世話で悔いがあったけどもういい。ここに悔いも未練も何も無い。実家の両親に初めての孫との生活をプレゼント出来るし私たち家族と両親との生活を第一に考える。もう充分。仕事は無事に決まり水曜から出勤している。事務補助で単純作業だけど実はそんなのがかなり好きで楽しい。私の心の中の今後の予定。ケアプランが確定して契約が済み次第、私が移転前でもすぐに来てもらう。当面必要な物を運んで義姉の引っ越しの前日までには実家に移る。義姉の引っ越しには立ち会わない。自分と実家の事で手一杯だし手伝う義理はない。バラと果物の鉢植えは全部持って行くからこれからは農作業や園芸やゲームの日記になるかな。その方が絶対楽しいね!
June 1, 2013
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義姉の引っ越しは確定のようだ。…と言う事は私の引っ越しも確定で。義姉は年金受給までの1年半は仕事を辞めないから家事が出来ない。ばばさんも了解して宅配弁当やヘルパーさんをお願いするそうだ。介護保険を使うには早々にケアマネさんに相談して話を詰めないといけないから早く義姉に連絡しなね、と言っても連絡する気配のないダンナ。私は自分の身の振り方でいっぱいいっぱいだからばばさんの介護関係に手を出すつもりはない。義姉がやるべき事だと思う。実家の両親も私達家族の結論に全面的に協力すると言ってくれた。私達家族4人で外に部屋を借りるのが理想だけどダンナは家を出る決心が出来ないらしい。親を放っておけないというダンナの気持ちもわかるからそれならそれで実家にお世話になるつもり。こんな状況で決心出来ないならこの先も無理だろうし家族4人で生活するのは諦めた。大量募集の事務の仕事があったから応募してみた。年齢的に厳しいけど採用されると嬉しい。ダンナと私達と両方で経費がかかるから経済的に自立しないと実家の両親に大きな負担をかける。ばばさんと義姉の勝手で両親にあまり迷惑をかけたくない。…と、割り切って泣くことも減ってきたのに一昨日夕飯の時にばばさんが爆弾投下。「あたしは(義姉を)呼んでない」と言い張る。今更そんな事を言ったって義姉も話を進めてるだろうし無かった事に出来る地点はとっくに過ぎていると思うんだけど。やっぱり認知症?
May 23, 2013
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ダンナが結石で、娘が風邪で唸ってます。 アンジェラが満開になりました。 手前は魅惑。 あっちこっちにバラを見に行きたいわ。
May 13, 2013
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今日、用事があって出かけて15時頃帰ろうとしたら末義姉からメール。「これから出て来れない?お茶しよう。」あ~あの話だな、と思いながら待ち合わせ場所へ。義姉は「あなたの気持ちを聞きたくてさ。」「聞きたいのはこちらです、おかあさんとどういう話になってるんですか?」で、あれこれ1時間ほど話してきました。その中で義姉が言いました。「K(ダンナ)にはあたしがそっち入ったらあんた達家族は崩壊するよって言ってあるんだ。」私が実家に帰り家族がバラバラになってしまうって事らしいです。帰ってからずっとグルグル考えてるけど、やっぱヘンだよ。理解不能。よく「あそこの家ってちょっとヘンだよね」って話を聞きますがうちも立派なヘンな家でした。7月からこちらに住む方向で仕事を調整するそうです。
May 7, 2013
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偏ってますなぁ…。黄色系と赤系のバラはちょっと苦手。うちにあるのはピンク、白、紫、緑。魅惑がかなり開いたから雨が降る前に切ってジャクリーヌと一緒にガラスコップに挿したらすごく似た色。昨年何鉢もダメにして残ったのは白系ばかり。美的センス無いし飾る時に困るんだな。誘惑に負けそうだからバラ屋さんは見ないようにしている。でも、欲しい。でも、増やせない。でも、欲しい。でも、増やせない。でも…。(エンドレスに続く)ばばさん。毎度の横向きに座って右肘をテーブルに乗せて左手のご飯は膝の上。今日の夕飯はお気に召さなかったらしい。おかずに手をつけないのは別にいいけどさ。この食事の仕方はちょっと…。ご高齢だからしょうがないんだろうなぁ。お行儀悪いですよ、なんて言えないヘタレな私。
May 1, 2013
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ジャクリーヌ・デュプレらしい咲き方。右上は栄養失調のグラウン・ブルー。左下の蕾みが今日は右下の状態。やっとゆっくりゆるゆる開いてきた。蕾みが開いて行くこの過程が好き。今日叔父さんが「お彼岸にも来なかったからさぁ~顔見にきたよ。」とばばさんに会いに来てくれて山盛りの柏餅を頂いた。「お宅は5人と仏様で6人分だからかける2で12個!」いつも必ず私達の分まで用意してくださるとても気持ちのいい方だ。ばばさんが毎度の早くお迎えが来いだの長生きし過ぎただのぐだぐだぐだぐだ言っていたら「そ~んな事言うなよ。そのうちちゃんとお迎え来るから待ってりゃいいの!あんたはK(ダンナ)とT(私)が見てくれるから幸せだよ。Kの言う通りにすればいいの!俺なんか一人だよ。」そしたらばばさん「S(末義姉)にこっちに住んでって言ってるんだ。」叔父さん「バカ言え~、それじゃTの立場がないじゃ~!! 」ばばさん「そ~んな事ないよ。」叔父さん「あるよ!そんな事言うんじゃないよ!!! 」夕方、買い物に行く車の中でダンナに言った。「パパの事、正当に評価してくれるの叔父さんだけだね。もう私は出て行く事になってます~、なんて叔父さんに言ったら激怒しそうだよね。」ほんと、ダンナと私の事を認めてくれるのはこの叔父さんだけ。ばばさん、いつもの事だけど叔母さんを早くに亡くした叔父さんの前でお迎えうんぬん言わなきゃいいのに。まったく、恥かしいわ。
April 28, 2013
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ダビスタP。自転車での行動範囲の3件には在庫ナシ。昨日は用事があって電車で移動するたびに中古やさんをのぞき2件目で発見するも中古にしては高額…。どこにも無かったらこれに決めようと更に移動。その2件目で在庫アリ。前に見つけたのと同じお値段でとても良い状態だったから即購入。昨夜から始めて日付がかわる頃にはすでに破産。2億も借金させてくれるんだよね~。でもそろそろ先が見えてきた(再び破産)ので今度は初めからやりなおそうと攻略情報を読み漁ってます。昔、記録をとりながらさんざんやったけどノートは捨てたし血統もすっかり忘れてしまった。やっぱり好きだわ、ダビスタ。
April 28, 2013
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先日、乳腺の丸5年目のマンモしてきた。 ちょっと心配な部分があってけっこう滅入っていて 「今回は必ず先生に言おう」と意気込んで診察室に入ったのに…。 先生はモニターのマンモの画像を見ながら 「(マンモ)写真はきれいだね、問題ないね。」 「そうですか、良かった。でもここにコリコリしたのがあって ちょっとつっぱるんですけど。」 再び写真を見ながら 「そう?でも写真では異常ないよ。乳腺がゴツゴツしていて そんな感じするんじゃない?乳腺だと思いますよ。」 「そうですか。」 心の中で。 先生ったらー、触りもしないでー。 自分の手先の感覚よりモニターの画像信じるんだー。 触診して「これは問題ないよ」って言われれば安心できるけど 本当に異常ナシでもこれで安心なんて出来るハズないじゃーん。 もうこの先生の時は相談しない。 その2日後、ダンナの会社の健康診断だった。 一般的な項目と乳腺のエコー。 胃腸と婦人科の腫瘍マーカーのオプションをつけた。 結果は3週間後。 その結果を見てから気合入れて仕事を探すつもり。 治療がひと段落して服薬のみになった時。 年を重ねるごとに安心感が増すと思ってた。 実際は逆。 不安が増すばかり。 だから頑張らなくちゃ。 ちゃんと生きる。 その時を告げられたり、急に迎えた時に 神様に「きみは大丈夫。」って言われるように。
April 25, 2013
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バラが咲き始めた。 一番乗りはちっちゃい緑の「エクレール」 二番は「セリーヌ・フォレスティエ」 大きい蕾は「魅惑」 野菜苗はパッションフルーツの簡易ハウスに居候。 今日義姉達が来た。 Sばばさん、末義姉と住みたいんだって。 数日前にはダンナに「末義姉に(面倒を)みてもらうからからあんた達は2階の台所を使え」的な事を言ったらしい。 義姉に面倒みてもらう。 ああ、そうですか。 …な~んて言って、私がここに居られるワケないじゃんね。 末義姉も仕方なしに了解したみたいだから 時期は未定だけどそうなりそう。 もちろん、その時は実家に帰る。 ダンナに一緒に実家に来るか?と聞いたら ゆっくり考える、だって。 実家の近くに安い部屋借りて家族4人で住むのもいい。 私だけ行ったり来たりすれば良いんだから。 あっ、そうすると私、すっごい悪者にされそう! 大事な息子を盗ったって。 ダンナが私について来るって言えば見直すけど う~ん…、まず、ありえない。 もうね、皆様、勝手にしてチョンマゲ!って感じ。
April 21, 2013
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昨日の朝、台所に下りて行ったらテーブルの上にSばばさんの湯飲みがあって飲み残しのお茶の中にお仏壇の茶器が入ってるのが見えた。左手で杖を使いながら自分のとお仏壇の湯飲みを一度に運ぶためにSばばさんが編み出した荒業。私はそれがなんとも嫌なんだけどね。ため息つきつつ、洗うために手に取ろうとしたら…。飲み残しに入れ歯も入っていた。「げっ!!!」どうするのこれ?どうしろと言うの?いや、マジ、無理ですって。見たくもないし触りたくもない。父の入院中や義父のお世話している時には入れ歯を洗った。Sばばさんのも「これ洗って」と渡されれば洗えると思う。じゃあ。飲み残しのお茶の中にボッチャンして机に放置してあったら。いや、やっぱり絶対無理ですって。寒気しません!?
April 2, 2013
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先日、結婚して28年目を迎えた。もう?早っ!!あっちこっち痛いわけだ。あっちこっち思いついた事をやる、で少しずつ片付いてきた。片付くというより隠した…かな?見た目が少しスッキリしてきた。片付けしながらつらつら考える。新婚旅行から帰ってからずっと同居。Sばばさんは専業主婦(義父の経理担当)でずっと家にいた。私も20年、ほぼ専業主婦。この家の中で、私だけ他人だった。子ども達が生まれて私と子どもに血縁はあるけどやっぱり義両親と血縁が無いのは私だけ。他人と暮らすって、どう?今更だけどね。会社の上司で「うわっ、この人ちょっと苦手」って人でも「良い人だなぁ~」と思う人ととでも一緒に生活するのを考えてみて。今、つくづく思うこと。早く別居すれば良かった。今までいろいろあったけど完全同居になるまでとその後1年くらいはそれなり良い関係でいられた。まさか、こんなに自分の気持ちが抉れるとは思わなかった。もしも。子ども達が大きくなって手狭になった時に別居していたら。もしも。ダンナや義姉達が私の精神的負担を考慮してくれていたら。ずっとSばばさんに優しく出来たかもしれない。ずっと良い関係を続けられたのではないか?と思ってしまう。心からお世話できるんじゃないかって。こんな私にはなりたくなかった。初めからずっと失格嫁なら嫁が悪いけどそうでなかったら「どうしてそうなったのか?」と考えてみて。他人と暮らすのは想像以上に難しい。ほんと、今更だけどね。こんな事を考えながらもなんとかやっているわけで。あ、今日の子ども達は機嫌が良い(難しい年頃です)とか庭の佐藤錦に花が咲いた、とかバラの新芽達が絶好調!とかそんな小さな事が嬉しくて。いろいろあるけど、やっぱり幸せだよなぁって。あぁ、ダメだ、支離滅裂…。
March 29, 2013
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気温の上昇とともに気力がちょっとだけ出てきた。その貴重なやる気も花粉症のせいで長続きしない。やらないよりいいか~と思いついた所から手をつけたけど困った事にその日の気分でやりたい事が全然違う。で、手をつけてひっくり返して途中で放棄…なんてのがあれもこれも、それもあれも。やりかけの一部。・部屋の分割のために粗大ゴミは捨てたけどガラクタの処分・A4サイズの花結び編みのカゴ・バラの植え替え(今頃…)と手入れ・今まで集めた大量の布の始末(布団カバーを作り始めた)・大判タオルの小型化(切ったけど縁取り布が足りない)・息子の確定申告と主人の還付申告…などなど。さらに娘がダンス公演のために衣装を縫っている。結果、部屋はぐちゃぐちゃ。足の踏み場もないとはまさに我が家の状態。なのに昨日はいきなりガス器具の点検!「模様替えの最中で~」なんて言い訳したけどバレバレだよね…。これから、一番深刻な問題を片付ける。あれですよアレ、申告の準備。待ったナシ期限は15日。ヤバイ。
March 12, 2013
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絶不調です。花粉め~(偏頭痛め~)関東でさえこれですもん。西の方々はもっと酷いんでしょうね…。ここの所、引き篭もっていても花粉症酷かったのに一昨日は気合を入れて4時間ほど庭仕事。昨日は拠ん所無い用事があって、じゃついでにあれもこれも…と行きは自転車→バスで目的地まで徒歩。遅いお昼ご飯と買い物して帰りは徒歩→電車→バス→自転車で帰宅。注意力も散漫になっていてiちゃん忘れて出掛けたし。毎日アレルギーの薬と目薬欠かせない。庭ではもちろん(大嫌いな)マスクして作業。にもかかわらず、夜には猛烈な目の痒み。昨日は朝から倦怠感と微かな頭痛、でも出掛けなきゃ、と(大嫌いな)マスクして自転車を飛ばした。用事が済んだ時点で目がウルウル、頭痛さんもやぁ!って。とりあえずロキソニン投入。帰宅後頓服アマージ。今年は目の症状が本っ当に酷い。今までこんなじゃなかった。花粉飛散最大になって、さらにハムナプトラのような黄砂と大気汚染が8日から飛来と報道。だいたい「来る」と言われた前日には症状がひどくなるから子ども達にもマスクをさせていた。…が、今朝は家族全員、ハナぐちゃぐちゃ。あぁ、文章が行ったり来たり。何が言いたいかって、もう調子が悪くてどうにもならない、ってこと。ほ~んと、どうぶつの森みたいに杉を片っ端から切り倒したいわ。
March 8, 2013
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朝、目が覚めたら明るいとか水仙が伸びてきたとか昼間ヒーターを止めていられるとかちょっとした事で感じる。一番実感するのは目の痒みと鼻とノドの違和感。「来てるでしょ~」と思うとニュースで「飛び始めました。」と悲しいお知らせ。いいですよ、もう、知ってるからわざわざ言わなくても。花粉症の薬とティッシュが必需品。それでも嬉しい春の気配
March 1, 2013
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今、Sばばさんと上義姉が出掛けた。最寄り駅で末義姉を拾ってお昼ご飯を食べに行くんだって。「(末義姉から)聞いてる?」な~んにも聞いてません。ばばからも聞いてません。知らないもんね。そのままどこかへ遊びに行って、夕飯も食べて来てくれないかな。今夜はダンナが滅多に無い飲み会で夕飯いらないし娘はTDLに行ったし、息子は深夜帰宅だしばばさんと二人だけなんだもん。夕飯作る気すっかり失せてるし。主婦失格~!!さて、カゴでも編むか。
February 21, 2013
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やっと出来た~。*サイズ*長財布がキチキチ…なので入れたら出すのがタイヘン。縦に入れると1/3はみ出す。…という、残念な大きさになってしまった。・°°・(>_<)・°°・。
February 6, 2013
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初チャレンジ。近くへの買い物用に長財布に合わせてサイズを調整したのに予想外に小さくなってしまった。入らなくはないけどかなりキチキチ…。縦長にするかこのままで近所用に小銭入れを用意するか…。無謀な事はせずにこのまま仕上げる事にした。私が買った本に載っていたこの編み方の縁の始末は私がやりたいのとは違っていた。他の作品のを参考に途中までやってみたけどちょっと違う。ネットで調べたら載っていそうな本を発見。この本を知っていたら初めからこれを買ったのになぁ。明日実家へ行く途中に探して購入予定。無かったら通販。さらに近くの本屋でこの本を探していてつまみ細工の本を発見。「カゴの次はコレだ!」と買ってしまった。今、猛烈に作りたい!!でも作り始めたら絶対カゴが仕上がらない。ガマンガマンなのだわ。
February 1, 2013
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後ろ向きな気分ばかりじゃないけどいつもどこかがモヤモヤしてる。原因の一部は「やらなきゃいけない事」をやらないから。やらなきゃいけない事は山盛り、ある。いろいろ言い訳して後回し。今一番便利な言い訳は「頭痛いから寝る。」慢性的な肩凝りと腰痛→すぐに頭痛に結びつく。体調も精神的にも良い状態とは言えないから「小さなひとつ」でもこなしたら自分にグズグズごろごろを許しちゃう。まあ、いいやね。25日、Sばばさんのお誕生日だった。91歳。2週間くらい前から心の中でお誕生会を計画していたんだけどまてよ~と思ってしまった。義姉達に何も言わなかったらどうなるだろう?結果は見えてるよな、と思いながら黙っていた。予想が外れればそれが一番嬉しい。結果。皆様お察しの通り、誰も何も言って来なかった。今までの事を考えたらこんなもんだわ。朝一番に娘と一緒に「おめでとう!」と言い一緒に朝食。ひっきーな私は出掛ける気になれず日が暮れる頃近くの生協へ行ってお買い物。「牛丼」とかコンビニの「フライ」が頭をよぎったけどせめてお誕生日くらいはお口に合いそうな物を作ろうとガマンした。ダンナにはケーキを買ってくるようにメール。まぐろのお刺身と筑前煮の材料を購入。国産タケノコなんて高いからいつにも買った事ないけどばばさんのため、と買っちゃった。(輸入物は買わないからいつもタケノコ抜き)ばばさんはそのタケノコが輸入か国産か、とか出来合いじゃなくて全部手作りのおかず、とか気にもしないしわからないだろうけど私の自己満足のためだから。もともとお年のわりにはよく食べる。おかずがお気に召したのか、バリバリ絶好調に食べていた。その食べっぷりとあの世代の方の丈夫さを考える。やっぱ100までイケそうだ。元気がなによりだ。
January 29, 2013
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逃げてきた。私の朝ご飯、冷めるな…。Sばばさん。ご飯を一口入れたと思ったら飲み下さないうちに歯をいじり始めた。しばらくモゴモゴしてカパっと入れ歯を外してテーブルに置いて食べ始めた。まじ、無理。あなたの入れ歯見ながらご飯なんて食べられない。
January 19, 2013
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Sばばさんの騒音が耐え難い。しょうがないってわかってるけど嫌なものはイヤ。ご自分の弱味を見せるのはとことん嫌がるのにマナーの概念は無いらしい。たぶん、こんな私を娘が嫌がっている。おばあちゃんに冷たいママ。人に露骨に冷たく出来る人間なんて、普通でも見たくない。それがママなんだから、そりゃイヤだろう。私だって自分でイヤだもん。体罰。ただの暴力。こちらでもあの事件の異常さは報道されている。(あまりTVは見ないけど…)どこかのオヤジが「親が悪い」だのなんだ、自分の言葉に酔い挙句の果てに「応援してます」なんて更にそれに拍手する親たち。あの中の一部かもしれないけど「おかしい」って感じない時点で終わってる。市長の言うことは尤もだと思う。暴力を見てみぬフリし、今も肯定する生徒、親、教師。そんな中で正常な判断出来るのか?学校全体が洗脳から醒めるにはそれくらいしないと。市長はやりす過ぎだのそれこそ暴力だのなんだ言う人達。どこが!?やり過ぎは暴行教師や黙認した学校、教育委員会でしょ。あぁ、私も「無言の暴力」してる。あれこれ言う資格無し。
January 18, 2013
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…って、もう17日!?「毎日が日曜」ボケしています。雪、凄かったです。ホント雪に弱いです。娘の成人式でした。振袖の着付けが終わる頃には早くも積もり始めて迎えに来たダンナが「うちの車じゃ会場まで行けないぞ。」式の2時間半前にタクシーを呼んで会場に向かう事に。出発して1キロくらい進んだら渋滞し始めた。ほどなく全く進まなくなった。たま~に数メートル進んでは全く動かない。全然、動かない。延々、延々、延々それの繰り返し。どこかの駅で降ろしてもらおうにもどうにもならない。「式が終わる頃には着くかも」とかすかな希望を抱いていた娘も納得して最初にたどり着いた交差点でUターン。帰りはあっと言う間。結局3時間半で進んだ距離5km。娘は振袖をドレスに着替えて高校の同期会へ行った。今年成人式を迎えた子達はほんっとうに、ツイてない。まるまる全部ゆとり教育。高校の推薦合格発表は大雪。高校の入学式は大雨。修学旅行は新型インフルエンザですったもんだ国内組みは集団感染でひどい事に。3.11の震災の影響で大学の入学式は中止で入学も1ヶ月遅れ。そして成人式のこの大雪。タクシーの運転手さんは昨年12月に入社した新米だったようだ。もしも。もしもベテランさんだったら。もしも機転が利く人だったら。もしもタクシー会社がしっかりフォローしてくれたら。「もしも」が無意味なのはわかっているけどさ。もしかしたら。あの子達って、最強の年代なのかもしれない。あの子達に明るく楽しく、幸せな未来を!
January 17, 2013
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風邪をひいてしまった。退職前が忙しかった上に伐った木の処理で寒かったから体力落ちていたんだなぁ…。一昨日は風邪症状で一日中寝ながらiPhoneと3DSで遊んでいた。昨朝も微熱で堂々と寝ていられてラッキーなんて思っていたらあっと言う間に38.5度。気持ち悪いのはノロか、はたまた熱のせいか…。ゲームも出来ないくらい不調なのにまったく眠れず、布団の中で悶々。ダメ元で調べたらかかりつけの内科が28日まで診療!これでもかってほど着込んで雨の中トボトボ歩いて受診。先生曰く「ノロは大流行中でインフルは高校生に少々」くらいだそうだ。私のインフルの検査は気のせいと言えば気のせいで済んでしまうびみょ~な反応。「いや~な熱の出かただよねぇ。」と言いながら普通の風邪薬を処方。診察室を出る寸前に呼び止められて「吸っちゃった方が安心だよね。」とインフルの吸入薬を急遽追加。疑わしきは罰しちゃう事にしたらしい。帰宅後すぐに薬を使って布団に入ったけどやっぱり眠れず。夕飯はダンナの帰宅時間に合わせてお届けガスト。配達の子が濡れていてまだ雨が降っているのに気がついた。とても料理が出来る状態では無いとはいえ悪い事をしてしまった。あの子が風邪ひかなきゃいいけど…。夜中の3時に目が覚めたら熱が下がっていた。今日は一日微熱で熱とともに始まった頭痛がひどい。偏頭痛の頓服を飲んでいいものやら?そんな訳で今年も大掃除やらずに新年迎えそうですが私らしいグダグダな一年の終わりかた^^ここがあるから今年も無事にすごせました。本当にありがとうございます。皆様に穏やかで良い新たな一年が訪れますよう心からお祈り申し上げます。
December 29, 2012
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先週末で退職しました。もともと期限付きの仕事だったので契約満了です。前回の仕事と言い、何で期限付きの仕事にご縁があるのかな。しかもどちらも職場自体が閉鎖。次は長期で、60歳くらいまでは勤められる仕事を探したい。今でさえこの年で雇ってくれる事務系の求人はほとんど無いのにその他の職種でも難しくなるものね。事務系以外の仕事は家から30分以内を探す予定。燃え尽きるほど頑張ったわけじゃない。でも何もする気になれない。…と言いながら、昨日は庭の夏みかんときんかんの木を伐りました。まるで手入れをせず伸び放題だったので枝が混み過ぎて虫の温床。半分は柿の木の下に潜り込んで育って、地面は超湿気てる状態。今日はゴミ収集車が来るまで伐った木の処理の続き。きんかんはSばばさんの指示で実が熟してないのに根元近くから伐って色付いている実も「誰も食べないから捨てて」と言われそうですかい、と取らずに全部捨てました。でっかいゴミ袋6個。右手がバカになって鋏が握れず、後半は左手が活躍。あと少しって所でゴミ収集車。手も限界だし身体も冷えきったから次回に持ち越し。しかし。伐りまくったら気持ち良い!断舎利もこれと同じかな?この勢いで部屋も片付ければいいのにSばばさんに「お昼食べました?」と聞いたら牛乳瓶を指差し「これ飲んだ。」じゃあ「ご飯食べますか?」と聞いたらぶどうパンを指して「これ食べた。」あぁ、そうですか。まあね、すでに13時だったから私がいけないんだけどさ。すっかり気力が失せてカップ麺でお昼。食後は布団に潜り込んで昼寝。私のやる気なんてこんなもんだ。
December 25, 2012
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一年が終わっちゃいます。先週水曜日にひとつ年をとりました。両親に、家族に、友人に、そしてこれを読んでくださる皆様に感謝感謝です。ありがとうございます。前日に丸々一日遊んだし、娘は泊まりで息子は仕事だし自分で料理してSばばさんとダンナとお祝いするのも虚しいし。冷蔵庫の残り野菜で夕飯作りました。ダンナがケーキを買って来てくれたのでちょっと誕生日らしくなりました。朝、寝起きの息子がおめでとうって言ってくれたし翌日帰った娘は私が大好きなお菓子を山盛りプレゼントしてくれたし。そうそう、ばばさんからもお小遣い頂きました。やっぱり私ってしあわせだなぁ~。時の体感速度って、年をとる毎に増すよね。だから一日が少しずつ短くなって、一ヶ月が少しずつ短くなってありゃ、もう一年終わっちゃう~って。焦りつつもまぁ、いいかぁ~なんていつも布団に潜り込んじゃうしろくまです。
December 17, 2012
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Sばばさんがぶち切れてだいぶ経ちましたが相変わらず来ないうちの義姉様たち。考え方感じ方、人それぞれなのは分かっているけどどうしてなんだかなぁ~と不思議でならない。私にとっての親と全然違うんだなぁ。だから私がSばばさんに優しくしなきゃいけないのか。出来るならそうしているが。最近はもう本当にどうしていいかわからんのですよ。ふぅ…。で。相変わらずのボケボケで。土曜日、前の職場の飲み会に久しぶりに参加。やっちゃった。前日に行ってしまったのよ。「今○○にいます!」とメールしたら幹事さんから電話。「もしかして今○○にいるんですか!?」「はい~^^」「うわぁ~~~しろくまさん、それ明日です!」と言うわけで実家に泊まって翌日出直し。今回はろくな手伝いも出来ず買い物に付き合っただけ。母に「ごめんね」と言ったら「来てくれるだけでも助かるよ。」Sばばさんだってそうなんだろうな…。で、また、ため息。ふぅ…。
November 26, 2012
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今月9日に「ばばがキレた」顛末を長々と下書きした。事細かに書いたら少し気持ちの整理がついたので短く書き直し。Sばば、長義兄の死で弱気になったか、自分が死んだ夢を見て日々の私の冷たいほぼ無視の態度に耐えかねたのか朝ご飯の時に「部屋はあるから(末義姉に)一緒に住んでもらう」と言い出した。私は「そうですか、そうすれば?」と言った。夜、末義姉が来て何事も無かったようにみんなで夕飯。そこでばばが「うちに住めばいいじゃ」と。義姉ったらさりげなく話題を変え孫の話で場を盛り上げた。ダンナが送って行くとき義姉「また来るね」ばば「今度は泊まりで来な」義姉「そうだね」で、車の中で義姉が言った。「まるまるそっちに入っちゃうと自由がきかないからさ~。」義姉を送って帰って来てから私が泣いて大爆発した。自由がきかないからイヤだとは何ぞや!?うちの自由は?息子に下の部屋をくれる約束を反故にしたくせに部屋があるだと?(恥ずかしながら2階に部屋が無く二十歳になった娘が親の間で寝ている)末義姉は前日那須に行っていたようだ。行くなと言わない、私に「遊んで来た」と言うな、コッソリ黙って遊べ!葬儀で長義姉がうちの両親にほんのちょっとだけ失礼な事をしてくれた。昔の事もほじくった。ばばが怪我した時、私は放射線治療中で毎日通院、頼んでも来てくれず。義父の介護で煮詰まって泣いて頼んでも来てくれなかった。末義姉なんぞは一度も泊まってくれなかった。いずれパパが相続するとしても何で全部一人で被らなきゃいけないのか?どうぞ、来てもらえば?ばばにとってもその方が良いでしょ。私は子どもたち連れて実家に行くからどうぞ一緒に住んでもらって。そうすれば良いじゃん。言いたい事たくさんあるでしょ、言いなよ、聞くから。あ、でも反論するからね。ダンナは一言「無い。」90の年寄り相手に冷たい私が悪いのは確かだけどこうなったのにはそれなりの理由がある。それに「これを言ったらオシマイ」ってこと、あるじゃない。私は今までずっと我慢してきた。それをばばが言っちゃった。私は何事も無かったように今まで通り。少しは気を使うけど今まで以上に優しくも冷たくもしない。いつも言ってから気に病むばばさん、マズイ事を言ったと思っているかも。な~んとなく、おとなしい。な~んとなく、私の顔色を伺っているような。覆水盆に返らず。私の気持ちも元には戻らない。親がSOS出したらいくら忌中とはいえ姉妹で相談してなんとかしそうなもんだけど、してないらしい。それから三週間、どちらも来ない。私は私。今まで通り。部屋に関しては他力本願な私がいけない事に気がついた。LDKを分割すればそれぞれ一人で寝られる。2階のキッチンはもう使わないからテーブルを処分してカーテンで区切る。そうすれば娘を一人で寝かせてやれる。私、甘い。文句ばかりじゃいけない、出来ることはまだまだたくさんある。
October 31, 2012
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仕事、休みなんだけどさ。 今、Sばばさんに下から呼ばれた。 「今日ケア休むから。」 またですかい。 どうして仕事休みの日に限って…。 実は、仕事始める時隔週の平日休をわざとケアの日にした。 せめて休みの日くらいばばから解放されたくて。 下心バレバレだったかな。 ケア欠席率高し。
October 30, 2012
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昨日、もうすぐ会社って所で幅広の階段の最後の1段踏み外してコケたの。左足の踵が滑って甲が下になって左足に全体重がかかってしまった。いきなりバタッと正座して手をついて深々とご挨拶してる感じ。後ろから下りて来た人はきっと「このオバサン何を拝んでるんだ!?」って思ったんじゃないかな。やっとこ立って歩いてみた。骨折した事ある人はわかると思うけど「骨まではいってないな」って感じでそのまま会社へ。じくじく痛くてくるぶしの下がぷっくり腫れていた。お昼休みにシップと包帯買ってグルグル巻きにしてロキソニン飲んでしのいだ。買い物して自転車漕いで帰ってシップをはがしたら内出血して腫れていた。今日歩いてお医者へ行ったら先生、レントゲンを見て(予想通り)「骨は大丈夫だね。」って。「足首抜けちゃいそうなんですけど。」って言ったら「あはは、そんな簡単に抜けないから大丈夫だよ。」だそうだ。今はくるぶしを中心に手のひらくらい赤く腫れてるけど腫れが引く頃には赤紫黒黄が混じった黒タンになりそうだ。めっちゃ恥ずかしかったけどコケて良かったかもしれない。もし踏みとどまったら足首に全体重がもっと乗っただろうから。教訓。ケータイいじりながら歩いちゃいけません。
October 20, 2012
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昨日の雲。人ごみが嫌いで週末の観光地になんて滅多に行かないのによんどころない用事で仕方なく出掛けた。どこから湧いてくるんだよってほどの人、人、人!でもうヘロヘロになって帰途についてふと振り返ったらこんな空だった。自分、ちっぽけだなぁ~って思った。で、幸せだなって。
October 14, 2012
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October 14, 2012
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義兄の葬儀は無事に終わりました。お義兄さん、幸せな人生だったよね、とお見送りしました。義兄は幸せだったな~と思う。義姉も子どもも孫も幸せだよな~と思う。で、我が身を振り返って。やっぱり私も幸せだよな~と思う。うん、涙が出るくらい幸せ。義兄の通夜の日、初めて義兄の10歳上のお兄様にお会いしました。よく似ていたのでひと目でお兄様とわかりお悔やみとともに「とても良く似ていらっしゃいますね」とご挨拶しました。「そうですか、そんなに似てますか。」ととても嬉しそうでした。その時は特に感じなかったのですが時間を過ごすうちにお兄様が義父にそっくりな事に気づきました。少し曲がった背格好、ごま塩の髪、皺だらけのお顔、ちょっと認知症が入った感じ…。ついつい目で追ってしまいました。不思議なのは誰もそれを言わないんですよね。帰りの車の中でダンナに言ったら「そうか~?」って。そうだよ、そっくりだったよ。義父の葬儀は私の誕生日でしたが義兄の通夜は一番可愛がっていた孫唯一の男の子のお誕生日でした。義兄の気持ちが見えるようでした。私もはじめはえっ…と思ったので彼の複雑な気持ちを思ってお誕生プレゼントを渡しました。喜んでくれて良かった。義兄が亡くなってからずっと今までのさまざまなお別れを思い出していました。20歳で友人を亡くしてからずっと死というか喪失を怖れていました。今も怖いですが、ちょっと変わってきたかもしれない。言葉にすれば「ああ、そうか」って感じ。何が「ああ、そうか」なんだ、もっと分かるように言え、バカタレ!!うふふ、うまく言えないんだもん。先日若くして亡くなった経済ジャーナリストが覚悟の上で全てを自分で準備していた、とTVで見ました。義兄も薄々は自分の時の終わりを感じていただろうけどこんなに早く終わるつもりは無かったようで何も準備していませんでした。残された人が困らないように私ももしもの時の準備をしておかなければいけ、と思いました。まずは写真、かな。長義姉もSばばさんの歳まではあと25年。娘と孫に囲まれて過ごすのだから時間が悲しみを流してくれるだろう。父の手術後から体調を崩していた母が義兄が亡くなった、と電話したら風邪で高熱を出していました。葬儀と仕事で行けなかったので今日から3日ほど実家へ行ってきます。風邪の当人より寂しがりの父が不安でまいってるようなので遊んであげてきます。今回は特効薬「娘」付き、一発で元気になるね^^
October 5, 2012
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昨日早朝、義兄が亡くなりました。突然の急変だったそうです。ダンナと末義姉と病院へ駆けつけ連れて帰りそのまま葬儀の打ち合わせにも同席。困った事に。何も感じません。ただただ義父の事を思い出すばかりです。お手伝い頑張って、出来る事をして心静かにご冥福を祈ります。
September 28, 2012
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11日に仕事からそのまま実家に行って5泊。27年ぶりの長逗留でした。父の2泊3日の入院手術が無事終わったら母が寝込んでしまいました。土曜に帰って火曜の診察にまた実家に行く予定でしたが急遽もう一泊。日曜日に高校時代の友人二人と会う約束もすっかり忘れてすっぽかしちゃいました。「こういう事情だから行けるか土曜日にメールするね」と言ってあったけど思い出したのは日曜の夜21時…。両親共に順調に回復してます。涼しくなって本当に良かった!…なのに今頃私のお腹が夏バテ。冷たい物を控えれば回復すると思われます。久しぶりに仕事へ行ったら浦島状態。頭の中身がすっかりリセットされてました。年を経る毎に覚えるのに時間がかかり忘れるのはアッと言う間。困ったもんだわ。毎朝自転車でかっ飛んでる道が草ぼうぼうで見通しが悪かったのに綺麗に草刈りしてありました。すっきりさっぱりして気持ち良いです。歩行者避けるのも楽チン。うちの庭も誰か草刈りしてくれないだろうか…。雑草の種がこぼれる前に草刈りしたかったけどもう遅い。来年も草ぼうぼう決定!!ま、雑草が生えないとストレス解消出来なくなるからちょうど良いって言えばちょうど良いんだけどね。
September 19, 2012
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父が3~4日入院してお医者さん曰く「簡単」な手術をするので明日は仕事からそのまま実家へ行って退院まで実家泊の予定。片道1時間だから毎日通っても良いんだけどバテて寝込むようになっても困るし泊まっちゃいます。Sばばさん一人になってしまいますが私が仕事の日は一日一人だし、子どもがお昼までは家にいるからまあ、なんとかなると思ってます。問題は庭の水遣り。解決策は…まだ無い。娘かダンナに頼むかなぁ。
September 10, 2012
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