June 15, 2005
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やっぱり、駄目だった。

朝も、空港への道でも、空港へ着いてからも、平気だったのに、

やっぱりゲートへ向かう金属探知機をくぐる直前にブル乃助を抱いている母が、

「ピーちゃん元気でね~。元気で大きくなるのよ~。」と話し掛けるのを見て、

先日、次に会う時に人見知りをされる事や、顔を忘れられる事を悲しそうに危惧していた父が、

何も言わずにそんな母を見つめるのを見ると、

本当にダムが壊れたかのように、涙が溢れて来た。

日記を書きながら今も泣いているんだから、全く始末に負えない。


空港へ着き、意外にも込んでいたカウンターで、父と母、わたしとブルル、



こんな事は我が家では前代未聞なのだが、なんとスーツケースの内の一つが重量オーバーで、

追加料金が390ドル掛かる、との事だった。

慌てて、カウンターの職員の助言通りに、他のスーツケースに重い物を移動させ、

なんとか重量を落として、規定の70パウンドギリギリの、69パウンドになった。

これに結構時間が掛かって、もう10分で搭乗時刻だった。


待合室で、隣の女性が「あら、可愛い赤ちゃん!初孫ね?」と母に話し掛ける。

聞き取れなかった母の代わりにブルルが答える。

「ありがとう。そうなんです。」

「今からどちらへ?」

「日本です。」

「あら、わたしは今から韓国へ行くのよ。」



世間話は続く。


ベンチに座りブル乃助をこれが最後と抱きしめる両親。


自分の子供が、自分の親に抱かれて居る。



感極まってわたしは声も無く泣き出した。

それを引き離すのは、わたし達の決断そのものなのだ。



数々の理由の内の最大のものは、

アメリカでなら、アメリカ人のブルル、外国人のわたしはもとより、

その頃はまだ見ぬ我が子も、日本でよりは暮らし易いだろう、という考えだったのに、

ブル乃助の為に下した判断自体さえ、

この強烈な光景の前には、政治家のスピーチのように、

感情の死んだ、血の通わない、くだらない理屈にしか見えなかった。


わたしと一秒違いぐらいで泣き出した母。

ブルルがビデオを撮っているのにも構わず、

わたし達は顔を見合わせて泣き続けた。

レンズ越しのブルルも泣いていた。

一瞬でも多くの両親とブル乃助の映像が欲しいばかりに、

わたしは敢えてブルルを止めもしなかった。


もう、時間が無かった。

先程の女性が、やっと、

「あぁ、あなた達はここに住んで居て、彼等が日本に住んでいるのね・・・。」と言い、

それからは邪魔をするのを止めようと思ったのか、他の人に話し掛けていた。


「もう、行かなくちゃね。」


それからは、「元気でね」と、「ありがとう」とを、

何度も何度もお互いに言い合って、わたしがぼろぼろ涙を流す内に、

2人は行ってしまった。


セキュリティーに引っ掛かり、どうやらさっき重いので手荷物に移動させた

父の化粧ポーチの中の髭剃りを没収されそうになったのが見え、

(母のパントマイムで内容が分かった)

それから、角を曲がって視界から消えて行く直前、

「ありがとう!!!」とわたしは叫んでブル乃助のおくるみをぶんぶん振った。


飛行機が発つのは、悲し過ぎるので見送らなかった。

車の中で、一番辛いのは、「もしこれが最後だったら・・・?」と考えてしまう事。

そんな話をブルルとした。

そのままゾンビのように真っ直ぐ家に帰り、

地下に忘れ物が無いかもう一度確認に行ったブルルが、

両親が私たちが貸してあげていたトレーナーやシーツ類、ハンガーなどを、

綺麗に畳んでソファーに並べて居たのを見て、

目を泣き腫らして上に上がって来た。


彼も、わたしの両親が大好きなのだ。(終)








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Last updated  June 18, 2005 12:16:53 PM
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