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先日、ある絵画の公募展で優秀賞もらった。賞と名のつくものをいただいたのは、学生時代を除けば初めてのことなので素直に嬉しかった。仕事をやめた後、時間を持て余す人も多いと聞くが、絵を描いているとあっという間に1日が終わる。もっとも、昼寝を結構な時間しているのが、主な理由なのだが。それでも、することがなくて困るということはない。 今回の受賞でさらにやる気は増し、次の公募展に向けて一生懸命作品を描いている。目標があるというのは幸せな事なんだろうな、と思っている。
2024.06.06
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父は漁師であった。普段は家にいないので、中学生の頃、よく友達が遊びに来ていた。その日も数人の友達が家に来ていたが、たまたま父が帰ってきた。父は何を思ったか、友達が来ていることを知ると僕たちを呼び集めた。 そして、おもむろに家の壁に木の板を立てかけると包丁を持って来て、数メートル離れたところから、ビュッと投げた。包丁は見事に板に突き刺さり、父はドヤ顔をした。 友達はひきつった笑顔を浮かべ、すごいですね、と呟いた。調子に乗った父は何回も包丁を投げては突き刺した。「お前らもやってみろ。」そう言われて友達は包丁を投げさせられ、父の指導を受けることになった。 以来、友達は僕の家にあまり来なくなった。 ある日、父が漁から帰って来ていて、いつものように家で船員さん達と酒を飲んでいた。僕は違う部屋に避難していたが、何か大騒ぎになっていたので様子を見に行くと、一人の船員さんが包丁を持ち出し、父を刺そうとしているところだった。父は包丁を叩き落し、その船員さんをボコボコにした。 どうも我が家は普通の家ではないのではなかろうか、と気づき始めたのはこの頃である。
2024.03.22
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今日は朝から良い天気。港の街灯の上にトンビが止まっていました。あたりを見渡し、いい天気だなあとつぶやいているような雰囲気。気持ちのいい朝でした。春ももうすぐ。
2024.03.15
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昔からトマトが嫌いである。小学校の頃、給食でよくトマトが出た。当時は給食を残すことは言語道断のこととされ、残さず食べるように、と先生が呪文の様に唱えていた。したがっていかにトマトを食べた様に見せかけるかが、至上命題になった。最も簡単なのが、机の中に隠す、という方法だが後始末が大変で、後でカバンに入れると教科書やノートがグジュグジュになる。人にあげる方法もあるが近くに親しい奴がいないと困難であり、バレると二人そろって罰を受ける可能性が高い。お目こぼししてくれる先生もいたのだが、ある時、残さず食べさせるこに情熱を注ぐ先生が担任となり、早速僕は目をつけられた。「全部食べるまで許しません。頑張れば食べられます。」と彼女は言い、給食の時間が終わっても保健室に連れて行かれて、トマトを食べるよう強要された。担任と保健室の先生にかわるがわる責め立てられ、泣いてみたが、通用しなかった。(多分涙が出てなかった。) 僕はついにトマトをかじってみたが、吐き気がして、トマトと共に少しゲ○を吐いた。先生たちはびっくりして、ついに僕にトマトを食べさせること諦めた。以来、僕にトマトを食べさせようとする先生はいなくなった。きっと、あの子にトマトを食わせるとゲ○を吐くということが先生に周知されたに違いない。 昔のトマトは今より臭いがきつく酸っぱかったらしい。ま、今でも僕はトマトが食えないのでわからないが。残さず食べるというのは確かによいことなのだろうが、正しいことを押し付け、あたかも極悪非道の行いである様に責め立てるのはどうなのだろう、と子供ながらに思い、先生を全面的に信じることはなくなった。
2024.03.14
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小学校6年頃から中学校にかけて、ラジコンにはまった。まだ、プロポは20万くらいする、とても手を出せないもので、最初に買った送受信機は1回ボタンを押せば右、2回は左、3回はエンジンコントロールという非常に原始的な物だった。しかし、高価ではあったが、何とか長年貯めた小遣いをはたいて、送受信機とエンジンとボートを買った。 今のようにネットで調べれば何でも分かるという時代ではなかったので、作り方やエンジンのかけ方や操縦法など何一つ分からず、手探りというか勢いというか、とにかく色々やってみた。結論から言うとそのボートは走ることはなく、僕の部屋で眠り続けた。そこで挫折しかけたのだが、中学校になるとプロポがかなり安くなり、頑張れば買えるくらいになり、仲間もできたので再びのめりこんだ。 最初は、飛行機に挑戦した。しかし、必死で小遣いを貯め、数ヶ月を費やして制作した飛行機が、離陸に失敗してバラバラになったり、飛んだのはいいが、コントロールを失って高木に引っかかりとれなくなったり、まあ、とにかくまともに離着陸に成功することすらできなかった。友達も同様な目に遭い、みんなで涙ぐみながら帰路につくことばかりだった。やはり、クラブみたいな指導者がいるところに属するべきだった、と今は思うのだがそんなことは思い浮かばなかった。 「ボートなら大丈夫じゃない?」とある日、友達の一人が言い、皆は目を輝かせ、全員がボート製作に取り組むことになった。これはうまく行き、部活のない時(まあ、テスト前と言うことだが)にみんなでレースをした。 ある冬の日、いつものようにレースをしていたら、友達のボートのエンジンが止まり、漂流し始めた。回収には岸に流れ着くのを待つしかない、という結論に達し、僕たちは砂浜に座ってぼんやりと友達のボートを長いこと待っていた。かなり寒かった。ようやく、海岸近くにボートが寄ってきたが、僕たちは待ちきれず、物干し竿を調達してきて、海に入りボートを引き寄せようとした。数十分の格闘の後、ボートの回収に成功した。 翌日、4人いた友達は僕一人を除いて高熱を発し、しばらく学校に来なかった。ボートブームはこれを機に、去った。
2024.03.13
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小学校の頃、家の側に駄菓子屋があった。小学校は家のすぐそばだったので、放課後すぐにその店に直行し、お菓子などを調達した後、再び学校に行って友達と校庭で遊ぶのが日課だった。その頃はクラブ活動などはなかったので、校庭で好き放題遊べたのである。 ところがその駄菓子屋が突然、なくなってしまった。理由は分からない。僕はひどく落ち込み、しばらくは学校に遊びに行く気力をなくした。だが、ある日、その駄菓子屋の後に、たこ焼き屋ができているのに気がついた。勇気を出して店に入ると、子供たちも相手にしてくれる店で、たこ焼き2個を串で刺し、紙に載せて10円で売ってくれた。それを持って小学校の校庭に半分埋まった古タイヤの遊具に座って食べた。そのおいしさは今でも忘れられない。 以来、僕は毎日のようにたこ焼き屋に通い、校庭で食べた。友達の間でもたこ焼きブームが起き、みんなで通った。たこ焼き屋のおじさんには多分迷惑だったのではないだろうか。10円たこ焼きがどれほどのもうけを生み出したか疑問である。子供たちのために10円でたこ焼きを提供してくれたおじさんには感謝しかない。あの店はまだあるのだろうか。
2024.03.10
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多分、小学6年生の時。当時僕の家は小学校のすぐ隣にあったので、時々小学校の校庭で遊んでいた。その日は4歳下の妹と一緒にブランコで遊んでいたのだが、兄の威厳を示すため、立ちこぎからのジャンプを披露しようとした。しかし、着地に失敗して背中から転び、その時右腕が背中に廻っていたらしく、右腕に激痛が走り、声も出ないくらいだった。「お兄ちゃん大丈夫?」 幼い妹は僕を心配して声をかけてくるのだが、家に知らせに行くという考えは浮かばないらしく、そばでオロオロしていた。家は校庭の反対側にあり、ズリズリ這いずりながら家に向かった。その後のことは記憶にない。結局、病院で見てもらったところ右腕の肘と手首の二カ所を骨折していた。かっこつけようとするとろくな事にはならないという見本みたいな出来事であった。 その後、約三ヶ月ギブスで固められた右腕と共に恐ろしく不便な生活を強いられることになった。その間にあった写生大会で、左手で描いた絵が入賞して先生に褒められたが、何だか複雑すぎる気分になったことを覚えている。 ようやくギブスがとれて喜んだのもつかの間、硬くなった関節を元に戻すためのリハビリが始まった。リハビリの先生は容赦なく腕をまげる。その度に激痛が走り、涙が流れてくる。もう腕が曲がらなくなっても良いと思うくらいつらかった。 大抵の子どもは馬鹿なことをするが、僕もその例に漏れない。まあ、僕の場合、この出来事から大して学ぶこともなく、その後も馬鹿なことをし続けるのだが・・。
2024.03.07
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昔から片付けが苦手だった。おそらく物心がつく前から片付けについてうるさく言われていたのだろうが、一向に身につかなかった。 小学校の時(多分4年か5年生)、僕は既に自分の部屋を与えられていたが、そこはほぼ常に、当時の趣味であったプラモデルや本や学用品などが散乱している状態だった。 それについて注意をし続けていた母は、ついにある日激怒した。鬼がもし存在するなら、恐らくこのような顔であろうと思わせる表情で、2階にあった僕の部屋の窓から庭に向かって、僕の部屋にあったあらゆる物を投げ捨て始めた。泣きわめく僕を尻目に、ひたすら物を投げ捨て続けた。庭中僕の物だらけになったころ、母は黙って部屋を出て行った。 その後のことはよく覚えていない。ふだん、父親は家にいないので、おそらく母は父の代わりに厳しくしつけようとしたのだろう。だが、そこまでやったにもかかわらず、僕の部屋がきちんと片付けられることはなかった。性分というのはなかなか変わらないらしい。我が家がゴミ屋敷と化してないのは妻のおかげだと思うが、相変わらず自分の部屋は悲惨である。妻も半ば諦めているようだ。
2024.03.04
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僕の父は底引網の漁船に乗っていた。普段は2週間くらい、主に東シナ海あたりで漁をし、港に帰ってくる。獲れた魚の水揚げと食料などの補給をすると一晩くらい家に帰り、翌日には出港する。 正月は数日家で過ごすが、父は船長だったため船員たちが年初の挨拶に来る。当然酒を振る舞うことになり、大宴会が続く。したがって、家族でゆっくりと正月を過ごすことなどはなかった。僕と妹は奥の部屋で息を潜めて正月を過ごすことが常だった。船員たちが酔って騒ぐ声が僕たちを怯えさせた。まあ、そのかわり大勢の船員たちがお年玉をくれるので、不幸せというほどでもなかったのだが。 数日の正月休みが終わり、再び出港する際には港まで見送りに連れて行かれた。冬場の日本海は大抵荒れている。父の船は、湾内だと言うのに波の間に隠れて見えなくなり、次の瞬間には波間から飛び出てくる。僕にはあの大きな船が波の間に入って見えなくなることが信じられなかった。僕は臆病だったので、そのような父の出港を見るたびに身が震えた。だから、長い間、父とまともに話すことができなかった。ただ恐ろしかったのである。
2024.03.02
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現在、65歳と数ヶ月。あとどの位、生きることができるのかわからないが、まあ、無事、年金生活者になったと言うことで、ここらで自分の来し方を振り返るのもいいかなと思って、このテーマを設定してみた。 さて、一番初めの記憶は何かと考えてみたが、恐らく幼稚園の頃、泥団子をひたすら作っていたことであろう。母からは、健康優良児で表彰されるはずが風邪をひいてダメになったとか、知人の家で池に落ちたとか、保育園の滑り台から落ちたとか、悲惨な話を聞かされるが自分の記憶にはない。 僕が通っていた幼稚園は寺の中にあり、寺の床下からは良質の泥が採取できた。その泥を水の量に気をつけながら捏ね回し、黒光りするまで磨き上げる。納得するまで固めたら、友達の作った泥団子と対決するのである。互いに向い合わせに坂を作り、そこを転がして、ふたつの泥団子を激突させる。砕けた方が負けである。幼稚園では色々やっていただろうに、覚えているのは泥団子作りだけだ。そのせいかどうか、今でも何かを磨くのが好きである。鍋の汚れとか、錆とか、木材とか、ひたすら無心に磨き続けると心が落ち着く。幼児体験と言うのは恐ろしい。
2024.03.01
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庭の梅の木が花を咲かせております。まだまだ寒い日が続いていますが、春の香りも漂って参りました。あと少しの辛抱です。春遠からじ、ですね。
2024.02.27
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先週の日曜日(2/18)は、とても良い天気でした。多古鼻という島根半島にある岬に行ってみたら、隠岐島がハッキリと見えました。こんなに綺麗に見えたのは初めてだと思います。この多古鼻には宿泊施設もあって、夏にはにぎわいますが、この日はだれもいませんでした。でも、稀にある冬の良い天気の日は空気が澄んでいるので、このような景色を見ることができます。まあ、この日以後、今日までずっと雨ですが。
2024.02.25
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ずっとブログ書いていませんでした。なぜか、ログインできなかったからですが、今日はふつうにログインできました。不思議ですが、PC関係ではよくある話かも。謎の不具合。最近制作中の絵を載せておきます。数日前に岡山シティミュージアムで開催中のホキ美術館展をみて、その凄さに圧倒されましたが、まあ自分なりにぼちぼち頑張ろうと思っているところです。なんかアップロードに失敗したみたいです。横向きになってしまいました。
2023.12.08
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尾道の公募展に出品した作品。尾道市立美術館に展示してもらいました。ま、だいぶ前の話ですが。
2023.07.05
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庭の梅が咲きました。春かな。
2023.02.24
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今日は久しぶりにすっきり晴れて気持ち良い日でした。大山も綺麗に見えておりました。光の春と言うらしい。
2023.02.22
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朝の港は曇り空。寂寥、という感じ。今は晴れてきました。
2023.01.17
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今朝、港にでたら、月が出ておりました。7日が満月だったので、やや欠けております。
2023.01.10
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孫の絵を2枚制作中。違う子みたいですが、同じ子です。人を描くのは難しいものです。
2022.12.20
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今朝は冷え込んだせいか、海霧が出ていました。天気が良く、光が綺麗でした。良い日になるかな。
2022.12.09
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大山も冠雪し、冬となりました。雲が綺麗でした。
2022.12.06
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また、孫の絵を描いている。今度は小さい絵。小さいが故に難しいこともある。老化による見えにくさや、手の震えなどである。疲れる。
2022.11.30
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今日は島根半島沿いの道を走った(もちろん車で)。風が強く、波も結構高かったが、晴れていたので、気持ちが良かった。風は冷たい。
2022.11.15
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先日、と言ってもだいぶ前だが、近くの動物園にいった。まあ、ヤギとか鹿とか白鳥とかの小動物しかいないが、エサやりが自由にできるので、多くの家族が来る。僕の孫もエサやりに挑戦していたが、直前でびびって手を離すので、なかなかできなかった。ようやく、できた時には、結構エサ代を使ってしまっていた。まあ、ありがちなことたが。
2022.11.14
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あきもせず、孫の絵を描いている。だいぶ塗れた。今度は小さいので塗りやすい。
2022.11.10
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今日は4回目のワクチンを打った。今までは年寄りのせいか副反応はほとんどなかったが、今回はオミクロン対応のやつなので少し心配。帰りに大山を撮った。雲に隠れていたけど、それなりに綺麗だった。帰ってから少し絵を描いた。腕だけ塗った。何か軽くくらくらしたからだが、これは副反応?
2022.10.26
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おとといあたりから新作を描き始めた。また、孫の絵。今回はf6と小さいので描きやすいが、時間はかかりそう。頑張ろう。
2022.10.25
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牛窓に行く途中で立ち寄った蒜山SAから見た大山。紅葉にはまだ早いが天気が良かったのでそれなりに美しい。でも、山の姿というのは見る方向でかなり違う。人の姿もそうだなあ。
2022.10.17
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先日、牛窓に行ってきた。日本のエーゲ海と言われているらしい。多少お高いリゾートホテルだったが、GOtoトラベル的な補助金があったのでお得に泊まれた。夕陽が綺麗だった。 ところでこの旅行は車で行ったのだが、グー○○マップのナビ機能を使って、ひどい目に遭った。途中案内された道がひどい道で、道幅が車1台分しかなく、おまけに左は崖。1000ccのかなり小さな車だったのにもかかわらずギリギリの道幅できついカーブの連続。それが7~8キロメートル続いた。僕は疲れ果て、妻は車酔いをし、顔面蒼白。なぜこのような獣道のような道を案内するのか、理解に苦しむ。もし、大型の車に乗っている人がこのルートを案内されたら、戻るに戻れず、先にも進めず、最悪の状況になったのではないだろうか。何とかならんものかな。まあ、もう二度と使わんけど。
2022.10.16
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ずっとブログを更新していなかった。数ヶ月に及ぶと思うが、その間は大体絵を描いていた。仕事を辞めたので、時間はたっぷりあるが、昼寝癖がつき、意外と実動時間は少ない。おまけにぼーっとする時間が増え、いつの間にか1日が終わる。 そんなわけで、今日、ようやくf20の作品を2点描き終えた。これは尾道市主催のコンクールに応募するためのもので、グランプリは200万円の賞金という太っ腹なコンクールだ。一人3点まで応募できるので、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、という諺に則って3点描こうと思ったがまあ、どうも2点が限界みたいだ。まあ、挑戦することが大切だからね。前に描いた作品は今度、県の作品展に応募するつもり。芸術の秋ですからねえ。
2022.10.16
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去年の12月から描き始め、途中、骨折、入院などの苦難を乗り越え、ようやく新作が完成した。まあ、不満は多々あるが、とにかくできたと思えるまでがんばれたことを喜びたい。
2022.06.13
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庭のさつきが花盛りです。今日も暑くなるようです。
2022.05.25
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今日は月がきれいに見えていました。かけた月もいいものです。
2022.05.04
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庭先に咲いた藤の花。朝日を浴びてきれいです。
2022.05.03
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庭周辺が花盛り。いろんな花が咲いていますが、何の花かはさっぱりわかりません。調べる元気もないし。だけど、もてはやされる桜だけではなく、いろんな花が頑張って咲いているなあと思います。緑も濃くなってきて、僕が一番好きな季節が近いことを感じ、なんか毎日うきうきしております。
2022.04.20
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桜がきれいに咲きました。向こうは中海。そして、父が鯛を釣って来ました。父は今年90歳になりますがまだまだ現役。60センチくらいある大物を釣りあげ得意そうでした。見習いたいものです。
2022.04.05
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ようやく退院できた。健康な日々を過ごしたい。相当足腰が弱っているので、体力を回復したい。やはり、人間は健康第一だ。
2022.03.28
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先週の火曜日からまた、入院している。40℃前後の熱が続いたためだ。腸炎とのことだったが、ようやく癒えた感じ。明日退院できそう。 しかし、今年は風邪→骨折→腸炎と3月まで、普通に活動できた日は数えるほどしかない。入院も2回だし。何かに祟られているかのようだ。心が折れそう。
2022.03.28
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先週の火曜日からまた、入院している。40℃前後の熱が続いたためだ。腸炎とのことだったが、ようやく癒えた感じ。明日退院できそう。 しかし、今年は風邪→骨折→腸炎と3月まで、普通に活動できた日は数えるほどしかない。入院も2回だし。何かに祟られているかのようだ。心が折れそう。
2022.03.27
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裏の畑に小さな花がたくさん咲いていた。名前はわからないが、地味に綺麗。春だなあ。今日は本当に暖かい。
2022.03.16
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午前中、霧雨。水墨画のような風景だった。今日はリハビリに行った。なかなかに痛い。日にち薬という言葉があるが確かにそうかもしれない。痛み止めが切れると鈍痛がある。忍耐の日々。
2022.03.14
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今日も暖かい日だった。海岸に行ってみたら、波も静かで、海ものんびりしているかのようだった。こんな感じ。辛かった冬ももう終わってくれるのかなあ。
2022.03.13
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ふと気づくと庭の梅が咲いていた。こんな感じ。裏山でh、かなり下手くそな鳴き声を、鶯が発していた。頑張れ。
2022.03.12
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昨日は良い天気だったので、近所の海岸を散歩した。こんな感じの結構、春を感じさせる風景。水も澄んでいる。木々はまだ冬枯れといった感じだが、芽吹き始めるのも近い、かな。
2022.03.12
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体力の衰えが半端じゃないので、今日から散歩をすることにした。と言っても3000歩くらいしか歩いていないが。でも、それだけで結構大変だった。やはり、体力の低下は深刻である。何とか続けたい。まあ、今日みたいに天気が良くて暖かければ歩きやすいのだが毎日こういう天気とは限らないからなあ。 ところで最近、ウクライナ関係のニュースで「非人道的兵器」という言葉が出てくるが、そもそも「人道的兵器」などは存在しない。非常に違和感を覚える。戦闘の終結を祈っている。
2022.03.11
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昨日、天気が良かったので車内の清掃をするため、少し動いたら、ひどい息切れに襲われた。1月半ばから風邪のためほとんど動かず、さらに2週間の入院生活を送ったためか、体力の衰えが尋常ではない。 このままでは、日常生活もままならぬと思い、とりあえず歩くことにしたが、実行できるかどうかはわからない。これまで立てた計画の98%は実行していないように思う。「知行合一」からは程遠い。毎回今度こそと思うが、できない。特に毎日コツコツと続ける、ということができない。「継続は力なり」という言葉は知っているが、実行するのは本当に難しい。最初から諦めムードではいけないのだけど。
2022.03.11
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今日は、朝5時に目が覚めた。もう一度寝ようとしたが寝られず、結局起きたが特にすることもなく、ぼんやりと過ごした。歳を取ると眠れなくなる、とよく言われるが僕はそんなこともなく、よく眠れる方だと思っていたが、必ずしもそうではなくなってきたらしい。 確定申告の書類ができた事もあり、今日は久しぶりに絵を描いた。絵を描くと相当疲れるが、楽しい。趣味があって良かったと思う。そうでなければ、時間を持て余していただろう。目標のない日々は結構辛いのではないだろうか。
2022.03.09
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今日はリハビリに行きました。左腕を上げたり下げたり回したり、となかなか大変でした。右手に比べ可動域は70%くらいでしょうか。痛みはまだあり、痛み止めを飲んでおります。帰りにガソリンを入れたら、あまりに高くてびっくりしました。ガソリンは税金まみれなので(二重課税とか)税金さげてよ、と思います。かつて石油危機の時は200円/lくらいまで上がったような気がするけど、そこまでいくのではないでしょうか。どこにも行けない。
2022.03.08
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今日は確定申告に挑戦したが、とにかくわかりにくい。全体的な流れがHPを見ただけではつかみにくい。もう少し何とかならないもんかな。最初に大まかな流れを図示しておくとか。皆さん、よくできるなあという感じ。というわけで、2時間くらい頑張ったけど完成しなかった。また、明日頑張ろう。
2022.03.07
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先々週の日曜日の深夜に自分の部屋で転倒し、左肩を強打。救急車で運ばれ、診断の結果、左鎖骨の骨折との診断。当初は入院は必要ないとのことだったが、月曜日に再度診察を受けると、入院・手術が必要と言われ、そのまま入院。水曜日に手術して、ようやく本日退院の運びとなった。 自業自得とは言え、辛い2週間だった。今年は正月早々風邪を引き、体調不良が続いたあと、ようやく元気になったと思った途端にこの怪我をした。最悪の出だしの年となった。人間万事塞翁が馬というが、良い事はあるのだろうか。
2022.03.06
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