2006.07.12
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カテゴリ: 野球
昨夜の試合の 「佐竹の大活躍」 の件について、 実際に試合を見た人の寸評 を見ることができた。

何しろこちらは映像を見ることができずにいたので、いったいどういう失策だったのかは判断をつきかねるところだった。

どうやらあれは三塁手・佐竹の暴投というよりも、 「あれぐらい一塁手が捕ってやらねば内野手が可哀想だ」 というたぐいのものだったらしい。

こういう失策の判断は難しいものである。
というか、もともとこの判断というものは、記録審判の判断に委ねるものであるから、一個人の独断場なのである。

内野手の一塁送球の球というものは、よく見ていると正規の捕球ゾーンから外れているものが多い。

遠投をしいいられる三塁手からの送球ではなおさらである。

もしこれらの球を一塁手が捕り損なえば、殆どが三塁手の暴投と判断されることになるのだろうか。

だがその前に、もう一つ考えておかなければいけないことがある。
それは、 「そもそもそのような送球になる必要があるのか」 ということだ。

この打球処理ならば、普通に一塁手の胸元に投げることはできるだろうと判断された場合、やはり捕り損ねた側よりも放った側のミスという判断になるのは当然ということになる。

ここら辺が誰に失策をつけるか判断の分かれるところであり難しいところである。

実際に三塁手・佐竹の送球は彼にしてみれば精一杯のプレイであったのだろう。

その送球が逸れたのは佐竹のミスであるとしたのが記録審判の判断。
送球は逸れはしたが、一塁手の止めれない球ではなかったというのが見ていた人の判断である。
そのひとつ前のプレイ、あの打球処理ならもっと良い一塁送球ができたのではないかという部分ではどうだったのだろう。



しかし結論は違う部分で到達するはずである。

このような判断の難しいミスが原因である場合、バレンタイン監督がよく言うように、勝っても負けてもチーム全体の責任ということになるだろう。

まさしくそれはそのままである。
そもそも佐竹が外野を守りだしたのも、内野守備でミスを連発していたからである。
楽天に移ってからも外野守備に就くことが多い佐竹を三塁手に使わざるをえない現状が問題である。

内野から外野に行けばさほどの違和感はないが、外野から内野に来ると、送球がある分だけ難しくなる。

外野と二塁に就くことが多いリックを一塁に使わざるをえない現状が問題である。
普段、塁に張りつくことの少ない守備をしていれば、稀に一塁を守ったとき、捕球の際に足を離してはいけないという意識が過剰に働くことも想像に難くない。

つまり、1/2のミスが重なって一つのミスになってしまったと考えられ、実際にそのミスに関わった二人だけではなく、 彼らを馴れないポジションに就かせてしまった本来その場所が本業となる選手のていたらくにも苦言を吐いておかねばいけない だろう。

沖原や吉岡は何をしてるんだろうか。





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最終更新日  2006.07.12 13:41:23 コメント(1) | コメントを書く


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