2008.02.07
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カテゴリ: 芸能
確かに「羊水が腐る」という発言は、売れっ子芸能人の言動からすれば軽率であることに間違いない。少なくとも指摘された年齢の女性に関しては立腹してしかるべきだと思う。

が、誰それが傷ついたといってあたかも人を庇うかのように正義をかざし、正論を楯に人を叩くのはいかがなものだろう。

叩く側はひとつき小突く程度でも、叩かれる側からすればケンシロウのあたたたたの如く素早く鋭い手剣である。この場合、たとえ最初に言った本人が悪いといっても、傷つく度合からすれば倖田側がより深手を負ったことは明らかであろう。

それは金銭的な問題だけでなく、心の問題でも言えるのではないだろうか。
もちろん人の心の傷などは比べようもないし、比較する問題でもない。
現に傷ついた人がいることは否定しようがないわけだが、だからといってそれを庇う態度が意趣返しとして人を傷つける権利を得るわけではないということを言いたいだけである。

この発言に関しては「不妊の女性」というワードが出てきているが、それはリスナー側が「不妊の女性だっているのに!」と当て嵌めたのではないのか。
それはまさに「庇うふりして実はそのように見ている」ように映るのだが。

もし倖田が若くして子沢山で、「女は子供を産んで育ててこそ本物」などと発言したのであれば間違いなくたちが悪い。

ならば田嶋陽子でなくても怒るだろう。

しかし倖田はそのような発言はしていない。
そして忘れてはいけないのは、倖田自身も女であること。
未婚であり、出産経験もないこと。(たぶんw)

本人は結婚願望が強いことを口にしているようだが、だからといって35才までに母親になれるとは限らない。
ましてや不妊の悩みは子供を産むまでつきまとうものであるし、愛した男性が原因となることも考えられる。

つまり、同じリスクを背負っているからこそ出た発言ではないか。
選民意識どころか、同じように子供が欲しいと願う女性目線なのである。

このところが、以前あった大臣の「子供を産む機械」発言とは違う。

「人を傷つける」のポイントは、意図する意図しないはあるにせよ、「人を見下す」か「見下していない」かにあるように思う。

「人を見下して」おいて人を傷つけて、「意図していなかった」とは言わせない。


そんな時は素直に謝るべきであるし、謝れば許してあげられるのではないかと思う。
実際に傷ついた女性に好きになれとはいわないが、もういいんじゃないのとは言ってあげられる気がするのだが。


最後に大人の解決案をひとつ。

高齢出産の女性を励ます歌を歌えばいい。
命懸けで子供を産んだ女性が子供にその気持ちを語る歌がいい。

そして売り上げというか著作権まるごと不妊治療の助成金に寄付すればいい。

結局これをきっかけに新しい命が生まれれば倖田もバッシングを受けた甲斐があったというものだろう。





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最終更新日  2008.02.08 00:10:48
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