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10月14日から チベットへ行ってきました。
上海で 私たち名古屋組女性5人 東京組は 男性4人 女性2人 総勢11人で
20時8分(中国時間 日本より一時間遅い) 待望の青蔵列車に
乗り込みました、 乗車時にはボディチェック パスポートの提示 荷物は
空港並みのチェックでした、 またオリンピック以来の警戒態勢が
続いてとの事でした、私たちは
二畳よりやや狭い部屋で通路を挟んで二段式のベットの部屋です、
この部屋で4人が 50時間を過ごすのです、 ちょっと窮屈さ感じました、
西安を 通過する頃に年長(76歳)のkさんがが吐き気を訴ったえられて顔色も悪い
まだ 始まったばかりの列車旅行これからどうしょう・・・
何となく皆に不安感が漂い始めたとき添乗員のラさん( 中国人)が
胃の薬をくれた、kさんはベットで横になり水分を多めに摂り様子をみる。
一夜明けて 朝食 ご飯と野菜の炒めたもの スープ 等々 食欲も無く
皆控えめに済ませる、 二日目の夜は西寧で10分停車 皆ホームへ
降りる、丁度15夜か まん丸の月が出ていました、 狭い列車の中に居て
開放された様です、 私の隣に立っていた男性が 「 ・・三笠の山にいでしつきかも」
と口づさみ 不思議だなと 苦笑していました、
その時は阿倍仲麻呂の歌だとは分かったのですが 上の句は中々思い出せず
やっぱ 中国の地に渡って日本に帰ることはなかったと言う仲麻呂を
たった一日中国を 過ごしただけなのに思いだす、 そんな 気持ちの動きを
面白いと思いました、
二晩を列車の中で迎えての朝には外の景色チベット高原に入り
海抜4000m.~5000m.の地帯に入ってきておりました、
遥か地平線から登る朝日の輝きには声が出ないほど美しく
見渡す限りの原野の雄大さに 圧倒されました、
ついで 現れた万年雪を かぶった山脈 そして 雪の中のヤク や鹿
そして牛が 窓の外を通り過ぎて行きます、
世界で一番高いところにあると言う駅タングラ(5071m)
この頃になるともう皆 高山病で吐き気 頭痛 ふらつき 等で
景色を見れる状態ではなくそれぞれ下のベットで 横になったり
座ったりでして 車内にある酸素を 吸入しておりました
添乗員のラさんはみんなの体調に応じて色々気を配っています、
外に出たときは酸素が無いから出来るだけ酸素吸入は控えて早く
ラサの空気に馴れる様にと アドバイス でも 息苦しいのです
私も何度も嘔吐して頭痛と息苦しさにに悩まされていました、
ラサに23時に 到着皆スーツケースをゴロゴロと回して
やっと歩いていました、 男性は高山病の症状は軽いようで
女性達の症状の重い人のスーツケースを持ったりしていました、
一番最初に気分が悪いと訴えたkさんが元気でスタスタと歩いていました、
ちょっとびっくり!!です
バスに乗りホテルに着き注意事項 翌日の日程の説明を聞くのが
やっとでホテルの部屋のベットにたどり着くやすぐに横になり
夜明まで高山病の症状は続き やっと治まったのは 朝6時頃でした、
それから少し眠り目が覚めたのは8時頃でした、
ラさんに勧められて ヨーグルト パン 果物 などを摂り 高山病から
脱出できました。