その時の私は、大石がピアノを弾く姿を見て、ただただ胸が締め付けられる思いがしていた。ピアノから流れる音だけが頭の中で響いていた。泣くまいと思っても涙が止まらなかった。私はピアノから一番遠い席に座っていたので、大石は気付いていなかったが、私が泣いているのに気付いた斉藤は、気の毒なくらい狼狽していた。友人達に気付かれないように、そっと店を出た私達は、黙って夏の夕闇の中をただ歩いていた。お互いにどうしたらいいのかわからなかった。私は斉藤の事を気にかけながら、頭の中は大石のピアノが流れ続けていた。そして、ぼんやりと考えていた。「私は、いったい何をしているんだろう」と。どれくらい歩いただろう。あたりはすっかり暗くなっていた。繁華街から少しはずれた、ホテルの立ち並ぶ通りに入ったところで私は斉藤の凄い力で腕を引っ張られていた。![]()
