写真を もう一枚♪(竜弥さん 撮影)

でも ここ、駒ケ林は、厳島合戦の最後の場所となったところらしい。
追い詰められて 兵糧攻め・・。
悲しい場所でもあるのです。
わたしは、ライア かやっきーは、竜笛 そして 竜弥さんは、ホーミーを それぞれが 順番に 響かせました。
ご奉納みたい?!
ここにゆっくり来たのは、ほんと 久しぶり。
以前来たとき ここで やはり みんなで うえのやの穴子弁当を食べたなあ・・
そして 弥山頂上で日輪がでたっけ♪

takaoさんと来たときには、カメラマンらしいステキな写真を撮ってくださったなあと
今 その日の写真を見てたら この日は、彩雲が出てた~。
いろんな思い出が重なる場所。
竜弥さんは、頂上よりもココが気にいったみたいでした。
竜ケ馬場っていう別名があるも ご縁かな。
仕事場が、高田馬場らしいし。(笑)
それにしても 竜が馬に乗った場所っていう名前だとしたら・・なんとも 不思議な情景。
竜が馬に乗る? イメージできる?☆
さあ、まだまだ行くべきところが待っています。
大好きな大きな岩に別れを告げて 弥山へと・・。
弥山と駒ケ林は 向かい合った同じくらいの高さの山で とても すぐには着かないように思えるけど、
実は、思ったよりかなり近かったりします。
それは、御山神社と奥の院が そう思えるのと同じ感覚。
谷が思ったより浅いのでしょうネ。
次に行くのは、御山神社。 厳島神社の奥の宮。
ここは、絶対行ってほしい場所のひとつ。
姫さまたちの祠にゆっくりと ひとりずつご挨拶しました。
そのあと、隠されてある 石槌神社にもお参りして・・・♪
そう も~なんでもかんでも てんこもり ご案内しちゃえ~って。笑
それから 次には、奥の院へ。 (大聖院の奥の院)
御山神社の鳥居越しに 向かいの山にある奥の院。
かやっきーは、すでにかなりグロッキーなので 御山神社で留守番をすることに。
わたしも ライアがあると動けないので 預けて 磐笛とかも置いて 竜弥さんと二人で行くことにしました。
御山神社のすぐ下の道に 奥の院へ 40分と書いた看板があります。
このせいで わたしは、昔、なかなか奥の院へいけずにいました。
でも 実際は、片道20分なんですよね~。
獣道?木の根道のような 相当な道を下っていきます。
余り 人が通らないので 道もあまり整備されてはいません。
二つに分かれるところがあって、どっちを通ってもいけたはずなので てきと~に行ったら
荒れ果ててて 道らしいものがなくなってました。
それでも 下に大きな道が見えたので そこに降りてセーフ。
どうやら 駒ケ林を登りきったところにある 仁王門跡のところに繋がる道のよう・・。
帰りは、登る道がわからないので 大回りでも この大きな道を通って 仁王門跡のほうから回って帰ろうということに。
この大きな道、去年11月、弥山1200年祭のときには、工事用のケーブルの線路が引いてあり、風情もあったものではありませんでした。
でも それはもう 撤去されて ところどころに 電線の跡が残っているだけでした。
奥の院到着。丁度 20分経過。
今月4日にひさびさに 車で奥の院に来たとき、目にしたのは、
川は、大きなパイプを通され、杉林には、大きな穴が3箇所掘られた風景。
以前の神秘的な様相がどんどん 失われているようで 悲しい気持ち。
それは、今回もやはり 一緒で。。。
とりあえず お堂に入って 空海にお参り。
竜弥さんに 般若心経をあげてもらいました。
ほっとする私。
そして かやっきーが待っているので 急いで帰ることに。
竜弥さんは、元気だけど 私は、結構へばってきたので
御山神社の鳥居のところで待ってるから かやっきー 呼んできて~。と竜弥さんに御願いしちゃった。 (鳥居から神社まで結構距離があるのじゃ。)
いいよ~って 鳥居のちかくの看板に服とかばんをかけて 軽快に飛んでいく竜弥さん。
タフやな~~&頼りになるぅ~♪
ずっと入っていた携帯も、奥の院から圏外になっていて 一回 かやっきーから電話があったけど
とれないまま また圏外。
ちょっと 何かあったかなあと思ってたんだけど。
「かやっきー かやっきーさ~ん」と呼びながら帰ってくる竜弥さん。
????
どうやら 御山神社に居なかったらしい。
予定の40分を 大回りしたとはいえ たいして過ぎていなかったと思うけど
きっと 弥山本堂のところまで 登ったのだろうと とりあえず そちらへ向かうことに。
つづく
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