まりあすのいちご

まりあすのいちご

2009年06月04日
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先日、福岡県星野村に行った。

そこには平和の搭があり、広島の原爆の火が今もなお チロチロと灯されている。

星野村の原爆の火

当時、おじを捜しに行った星野村の山本達雄さんが広島革屋町25金正堂書店焼け跡壕より 未だ息吹く火を故郷に持ち帰る。
犠牲者への供養の灯、世界平和の道しるべの火と念じ密かに仏壇にて守っていた。
1968年8月6日、星野村が引き継ぐ。
被爆50周年を迎えた日、世界の恒久平和と原爆犠牲者の冥福を祈念しつつ、平和の搭を建立した。 と、あった。

また、福岡県原爆被害者団体協議会の碑より抜粋:~原子爆弾が投下され、二つの都市は、一瞬のうちに消滅しました。
福岡県民で、この原子爆弾により現地で死没した人、帰京後、原爆症で死没した人、さらに身許不明の犠牲者として遺骨を現地に留める人、遺骨もないまま広島、長崎の地下に今もむなしく埋もれる人など、未曾有の痛苦のうちに世を去った多数の福岡県の被爆者の霊に対し、深い弔意を捧げます。福岡県内には、広島、長崎に次いで1万有余人の被爆者が住んでいます。~御霊よ安らかに眠って下さい。


その平和の搭に直行のはずが遠い寄り道をした。まるっきり反対方向の室山熊野神社。
村役場横にそびえ立つ鳥居に吸い寄せられたのか・・・坂道を行けども行けども現れない。
何度も、ひっかえそうとしたがいよいよ決心した時、青空を仰いだ。
そこには太くしっかりとした水平虹が!!!!!!!!

水平虹


山水さんの瀬織津姫の本にあった水平虹。

私は見ることはないだろうと残念に思っていたのに、目の前にある!!!!!!
さらにその真下中央には朱色の鳥居まで見えた。
間違いない♪それからは鳥肌が里山に帰るまでおさまらなかった。

またそれから石段の続くこと、続くこと。
私は今生、足はあまり丈夫に作られてないらしい・・・とつくづく思う。
しかし、歓迎されてるのを感じながらも本堂手前でなぜ導かれたのか分かった。


室山熊野神社

とても丁寧に心を込めてあることがよくわかる。
見ると横には戦時中の空襲の不発弾と思われるのがどかっと乗っている。
星野村の徴兵されたらしい人達の名前が。その慰霊らしい。
祠の下に二つの額を見つけた。

『世界平和 星野村が模範見せるのだ 玉露に花木 無農薬米 二00七年九十一爺』


涙が関をきったように溢れる、というのはこういうことかと思うほど泣けた。
心地よい神聖な場を後にした。
平和の搭まで蛇行する坂道(暑゛~)。

もうだめ休憩と昼食をとりに入ると、目の前には疲れも忘れてしまうほどの麻生池が。

隣接する麻生神社の説明書きを読んでみると、この池中央に御堂があり、市杵島姫・弁財天の名がある~♪

こんな山の中でお会いできるとはみじんも思いませんでしたよ~♪
かわいい御堂が向いてる方向には平和の搭。

広島を思わずにはいられなかった。何という!原爆の灯も今は市杵島姫にやさしく見守られている気がした。

星野村は真摯に静かに深く、世界平和を祈り続けている空気に満たされていた。

九十一爺の書は戦争体験者誰もが願ってやまない気持ちが凝縮されていた。

世界平和、最高のメッセージだ。





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最終更新日  2009年06月04日 23時45分38秒
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