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January 14, 2006
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カテゴリ: 持病パニック障害
運転免許更新のはがきが届いた。

そういえば祖母がなくなった年にも届いていた
お葬式からもう5年になる。

母から最近きいた話

母が25歳でわたしを産んだとき
未亡人だった祖母は

朝になると母からわたしをとりあげ
一日中抱っこしたり、おんぶしたり、はなさなかったらしい。
カゼをひいたり、ぐずったときだけ


なので母はおもしろくなかったそうだ。
”自分専用の子供”が欲しかったから
二人目をすぐにつくったらしい。

弟と私の誕生日は1年と1ヶ月しかちがわない
わたしは1年で「おねえさん」になったのだ。

4乗半の部屋が私と祖母のへやだった
亡くなった祖父の仏壇と、祖母の洋服たんす、鏡台があった

おばあちゃんは毎朝わたしの布団をあげてくれた
毎晩、自分の分と一緒に
わたしのお布団をしいてくれた。
一度だって文句をいわれたことがなかった


お風呂も一緒にはいっていた。

わたしのことを、おばあちゃんが
思ってくれていたんだと思うと
うれしい気持ちになる。

そういうひとがいなくなったことがすごくさびしい


その間、両親と接した記憶があんまりない。

「宿題、したの?」と聞かれた記憶もないのだ
なのでわたしはナナが宿題をやらないとき
おこったらいいのか、なんていったいいのかわからなくて
混乱する。

母も、わたしが高校生になるまで
あなたが何をしていたか、覚えてないと言う。

わたしは、中学生から高校生になるまで
ジャンバーやオーバーコートを
もっていなかった。
弟たちは”スタジャン”をもっていた。

いまでは中国製で作られるからのジャンバーも
安くかえるけど
当時はウン万円もないと買えないもんだった


両親はわたしが上着をもっていないことに
気がついていなかったと思う。
高校生のとき、上着をきないで
遊びにでかけると
友達から

「そんな、寒そうな服でいないでよ~」と
いわれた。

気がついて
ジャンバーを買ってくれたのが祖母だった。
高校3年生のとき、とびきりかわいい
45RPMのブランドの物だった。いまでもどうしても捨てられなくて
押入れのどこかにある。

ナナにはママとたくさんの思い出をつくっていきたい。
ナナがいつも帰りたいと思える
家庭でありたいと思う。









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最終更新日  January 14, 2006 03:53:19 PM
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