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2008年10月25日
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カテゴリ: スピリチュアル
 霊視のお話をしていると、どんどんいろんな事を聞いてくる方がおられます。どれだけお答えしても質問が尽きることがありません。次から次へと質問が溢れ出して、答える私が窮してしまいます。

 日頃から、思っていることが多くあって心の中に答えて欲しい事項が何重にも積み重なっておられるのだろうと思います。答えるものが神仏なら、一つの答えで全ての質問に納得してもらえるような力があるのでしょうが、人の身である私には満足していただける答えを差し出してあげることは中々できません。

 ただ、時々思うことがあります。これは、答えても答えても満足してもらえることは無いのではないだろうか?ということです。質問を重ねてくる心は何か別のものを求めているのではないかなということを思います。
 自分は決して何事にも満足するつもりはない!という心の状態に陥っているのではないかと思うのです。食べても食べても決してお腹が膨れない「餓鬼」というような道に落ち込んでいるのではないかと思ってしまうのです。

 心がそういう状態になってしまうというのはどうしてなんだろうと思います。現状に決して満足できないという人は常に前へ前へと歩み続けるだろうと思います。止まってしまうことが不安なのだろうと思います。誰かが後ろから追いかけてくるように思うのかもしれません。

 私は、人の心を追いかけてくるものなんていないと思っています。人の心というのは本質的に「自由」です。何ものにも束縛などされていません。無窮の空間に遊んでいられるものです。止まろうと、無限のスピードで突き進もうと本当に「自由」なものだと思っています。
 そして、人の心の世界というのは無限の広さを持ち、無限のページを持っています。いつでも人自身がその気になれば自分の心に問いかけることによってあらゆる答えが与えられるようになっているものだと信じています。他者と自分の区別なんて一時のものだと思います。人に問うのも自分に問うのも同じ事なのだと気付いていくことが「人が生きる」ということだと思っているのですが・・・。





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最終更新日  2008年10月25日 07時45分59秒
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