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2008年12月11日
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 昔からとてもファジィです。例えば、クラシック音楽は大好きなんだけれど、誰それの何とか言う交響曲の第何楽章が好きっていうことがスラスラとは決して出てきません。メロディはしっかり頭の中に響いているんだけれど、固有名詞が出てきません。だから、クラシック音楽について誰かと語り合うことが出来ません。

 例えば映画も大好きなんですが、監督の名前や俳優の名前もうろ覚えです。だから、感動はしっかり覚えていたり印象的なセリフは心に残っているんだけれど、それをしっかり人に伝えることが出来ません。

 例えば何千冊も本は読んできたはずなのに、作者名も作品名もしっかりと指定して話すことが出来ません。藤沢周平さんや池波正太郎さんという名前がかろうじて出てくるくらいです。

 全然身についていないという事なのだろうか?ただ食い散らかしているだけなのだろうか?といつも思ってしまいます。オタクと呼ばれる人達はとても自分の好きな分野の固有名詞は把握していて、語りだしたら止まらないようですが、私はそういう会話についていけないのかもしれません。記憶力が欠落しているのだろうと思います。もしくは単純に頭が悪いのでしょう。

 私の中に流れ込んだ音や映像や言葉はどこに入っていっているのでしょうか?右から左に流れているだけなのでしょうか?それとも潜在意識には蓄積されているのでしょうか?
 人の個性というものが後学習の成果として生み出されている部分があるのだとしたら、私の個性はあまり生まれたときと変っていないような気がします。情け無い限りです。子供の頃、母親に本を読むと必ず読書感想文を書くように言いつけられていた時期がありました。書くと本の内容が自分の中に深く残るはずだという考えでもあったのかもしれません。でも、私の大脳には刹那的にしか残っていなかったような気がします。
 知識欲はあるのだけれど、ただただ消費するのみの非生産的な精神労働者といったところです。こんなのでいいのでしょうか?





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最終更新日  2008年12月11日 07時36分28秒
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