大道芸人Mr.マーさん HP

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January 29, 2007
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カテゴリ: 小説


富貴子はイラついていた。
そろそろ実家の方に出かける時間だが、夫の礼次郎は2階に上がったまま降りてこない。
「おとうさん、まだー?」
階下から聞こえる富貴子の声に礼次郎も少々イラついていた。
昨日から妻の実家に姪夫婦が帰って来ていた。
姪がまだ赤ん坊の頃の姿を撮った8ミリフィルムがいくら探しても見つからないのだ。
そんなに急かさなくてもいいじゃないか。こっちだって精一杯急いでるんだ。
今から30年以上も前の当時において8ミリカメラは非常に高価なもので一般の家庭にはほとんど

カメラと映写機のセットとなれば大変高価なものであったが子供の成長の記録として無理して買ったものだ。
しかし10年前に映写機が壊れてからは押入れの奥に仕舞ったままの有様だった。
何度も修理を試みたが故障した部品がどこにも手に入らず直る見込みが無かった。

つい先日、偶然ネットオークションで同型のCHINON SOUND 8000が、タダ同然で出品されているのを発見した。
あった!これだ!!型番や品名よりもオークションに出品されている写真ですぐ分かった。
これで姪にあの頃撮ったフィルムを見せてあげられる・・・。

引き出しの一番奥で指先に触れたフィルムケース。ケースの真ん中に万年筆で「チカチャン」と書かれていた。

お目当てのフィルムとその他数本を抱えて礼次郎は足早に階段を降りた。

「もうー、はようしてください!」

礼次郎はハイハイと適当に返事するとフィルムをダンボールに投げ込み、大きな映写機を抱えて車に乗り込んだ。

富貴子の実家にはお盆に決まって大阪の親戚がやって来る。夜には近所の知り合いも呼んでの小さな宴会になる。

皿鉢とは刺身や寿司などの食材を巨大な皿に盛り合わせた高知独特のもので宴会には欠かせないものだ。
ビールを数本空け、宴も十分盛り上がっているが、礼次郎はさっきから隣りの暗い部屋から出てこない。
映写機の操作をするのが久しぶりという事もあり、フィルム上映のセッティングに手間取っていたのだ。

「おとうさん、まだかえー?」

宴会の部屋ではしきりに大きな笑い声が響いたが礼次郎は気にするでもなく手を休めなかった。


「お待たせー!」

汗びっしょりになりながら礼次郎が現れた。

「待ちかねたでぇ?」

富貴子が怪訝そうにも笑いながら礼次郎にタオルを投げつつ言った。
よっこらしょと立ち上がると全員がぞろぞろと隣の部屋に移動する。
誰彼とも無く手際よく蚊取り線香を抱え、扇風機の向きを変え、電灯を消した。
あとは礼次郎が映写機のスイッチを入れるだけだった。

カチッと硬いプラスチックがぶつかる音がするとカタカタと小気味よく映写機は回りだす。
スクリーン代わりの白いふすまに映し出される映像。
その映像は紛れも無く31年前のものではあったが、その美しさと眩しさに全員が息を呑んだ。
スクリーンに映し出された布団の上でパタパタとはしゃぐ赤ん坊。
その赤ん坊が千賀子だと言うことが誰もが分かった。

「わぁ、千賀ちゃんやぁ。」
「えぇ?あたし?」
初めて見る赤ん坊の頃の”動く”自分の姿に千賀子は照れくさそうに言った。

今映像を見ているこの部屋で、そしてその赤ん坊は千賀子が今腕に抱いている我が子と瓜二つだった。
「そっくりや・・・」
そして口から発するのはため息だけだった。
礼次郎は満足げに微笑んでいた。

ダラダラと続く映像は何のストーリー性も無くただ赤ちゃんを映しただけの映像。
しばらくすると映像は終わった。
「んー・・・」
全員が一斉にため息を発し、満足した様子で笑った。

礼次郎は持ってきた残りのフィルムをセットしていく。
その一本、フィルムケースに「日和佐」と書かれたものがあった。
富貴子の両親と徳島県日和佐の薬王寺にお参りに行った時のものだ。

映像は富貴子の実家から始まっていた。
家族全員の乗った車内から撮った映像。
トンネルを抜け車は東へ走り出した。
映し出された31年前の街並み。その街並みは今よりずっと殺風景で、聞こえてくる音すら
懐かしさを感じさせた。
31年もの歳月をさかのぼった目の前の風景は一同を無言にさせた。

延々と何の脈絡も無く、また何も編集をしていない映像は退屈極まりないものだったが誰一人ふすまのスクリーンからは目を離そうとしなかった。

やがて映像の中の一行は薬王寺に到着した。カメラはあたりを見回し、そこが薬王寺であることを何度も説明した。
不思議なことに薬師寺の境内だけは今と何も変わらない風景を映し出した。
古びた建物と行き交う人々。
そうか・・・薬王寺だけは今もそのままなのだ。
そう思い、誰もが納得した。

そしてフィルムには帰り道の映像も収められていた。
カメラマンを務めた礼次郎さえも、もうこの先に何が映っているか覚えていない。
帰りにどこか立ち寄ったのは確かだったが、それがどこだったのか・・・。

急に画面が明るくなる。映像では賑やかな子供の声。
母にねだる兄弟の声だった。
そこは海に面した高台にある牟岐の展望台。
眼下に広がる太平洋。
晴天の下、群青色の海原がどこまでも広く続く。
展望台には数台のコイン式望遠鏡が設置してある。

スクリーンの中の幼い兄弟は母、富貴子に望遠鏡をねだり、100円玉一個を貰った。
100円玉を受け取った長男の高司が望遠鏡に100円を入れる。
コインの落ちる乾いた音と「カシャン」という機械音。
高司は嬉しそうに望遠鏡を覗いている。
目の前の広大な海と島々。
それは肉眼とは違った見たことも無いような景色が広がっていたであろう。
夢中で望遠鏡を覗く高司の姿。その脇でハラハラしながら順番を待つ弟の将仁。

早く変わってくれないと望遠鏡が見れなくなってしまう。
「おにいちゃん、まだ?はよう代わって、僕も見たい。変わって!」
一心不乱に望遠鏡を覗く高司と対象に身を震わせながら交代をせがむ弟。
だが兄の高司は夢中で望遠鏡を覗いた。
すがりながら交代をせがむ弟の事など気にも留めていなかった。

早くしないと望遠鏡が切れてしまう。早く、早く、
「おにいちゃん、おにいちゃん!まだ?おにいちゃん!」
将仁の声は段々悲痛な叫び声に変っていった。
スクリーンを見ながら一同も同じくハラハラした。
高司ちゃん、早く代わってあげないと・・・そう思ったとき、

「カシャン」

その小さな機械音とともに望遠鏡はその役目を終えた。
将仁は堰を切ったように泣き出した。

「おにいちゃんが!おにいちゃんが・・・!代わってくれんかった!
代わってくれんかった!見れん、代わってくれんかったき、見れん!」

申し訳なさそうに望遠鏡を降りる兄の姿。
必死に望遠鏡によじ登り覗き込む弟。
しかし、その望遠鏡からは何も見えない。

「見えん、何も見えん!お兄ちゃんが代わってくれんかったき見えん!!」

わんわん号泣する弟。
スクリーンからはその悔しさが痛いほど伝わってきた。

カメラのフィルムが切れたのか急にスクリーンは白くなり映像はそこで終わっていた。
その兄弟のやり取りを見て親戚一同爆笑した。

「そんな事もあったがや・・・」

富貴子は当時を思い出し、もう一度吹き出した。
そして何故あの時もう100円出してやらなかったんやろうと少し悔やんだ。


あの映像から31年。
兄高司の前厄祓いの時期が来た。
1月のとある日曜日。朝早くから用事を済ませ、家族で徳島県日和佐の薬王寺へ向かうことにした。

さあ日和佐へ行こう!
そしてあの望遠鏡をもう一度見に行こう!

一家を乗せた車は東へと走り出した。

(つづく)





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Last updated  January 30, 2007 09:45:47 PM
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ともほにゃらら@ ウチの家族は あの割り下ってのより、さけ、醤油、砂糖…
ともほにゃらら@ ワタシも オレンジページとかクロワッサンとか、ケ…
とも(^Q^)(ほにゃらら)@ こういう親子行事には 知り合いの人に頼まれたりするんですかね…
とも(^Q^)(ほにゃらら)@ そうね イガイにお父さんたちは言われているかも…
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