2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1

注)ミルクの隣のゴミみたいのは、インジェラです。最近10時頃まで寝てます。本業以外に高校でバスケを週二回教えてます。が、これはボクの「バスケ部を作ろう計画」の序章です。職場付属のコートで子犬が三匹産まれました。我が子ばりに写真取り捲りました。家の犬も懐いて来ました!!最近、物乞いを余り見なくなった気がします。寄って来なくなっただけかも。ストリートチルドレンは相変わらず芝生で寝ていますが。物乞っては来ません。とにかく、今日は暑くて、スーパーの店員(男)の態度に激しくムカついた後に物乞いの少年(無罪)がテンション高く物乞って来て、なぜか突然キレてしまいまいした。それはそれは酷い事を現地語で言った様な気がします。彼は笑ってたけど。今時っ子のキレる瞬間を学んだ気がします。暑かったからね。今日は。少し申し訳なく思い、他の物乞いにお金をあげようかなぁーなんて考えました。そしたら帰り道、車の中から来る物乞い来る物乞い全員に1ブル札渡すおばちゃんを見た。気前が良いのか、今日暑さで沢山キレたお詫びの印か、どちらでしょう。なぜ、スーパーの店員(男)にムカついたのか!?考えました。答えは簡単。エチオピア人男性が嫌いだからです。あの視線!ニヤニヤしながら凝視してくるあの目!!ううぉぉーう。最新ショット笑
2007年02月28日
コメント(4)

昨日は年に二度のJICA連絡協議会がありました。おいしいバイキングを食べ、所長のダジャレコーナーに苦笑しました。病気の方は薬のお陰ですっかり好調。健康管理委員から「エチオピア料理禁止令」発令されました。さて、ルワンダの最後の思い出です。同期隊員の学校に行きました。アフリカの幼稚園って知ってます!?普通に授業するんですよ。椅子にしっかり座ってガッツリフランス語授業!もっと恐ろしいのが先生の棒。ビンタ棒!!うるさい生徒や寝てる子、集中してない子を容赦無くブチます。本気で!体罰は当たり前。これがアフリカ流。同期は幼稚園教諭で日本語の授業を受け持ってました。園児は「わたしのぉ~なマえはぁっ~ババンギダでスぅ!」みたいな感じ。死ぬほど可愛かったです☆
2007年02月24日
コメント(4)
ボクは病気隊員です。エチオピアに来て約5ヶ月。バクテリア(食中毒、急性腸炎)4回アメーバ赤痢1回腸チフツ1回これ以上はまずい;;調整員に「これ以上は帰国だよっ!」と叱られてます。シャーペンもつり革も消しゴムまでも無菌にするからだぁー!!と言いたいですが、がんばってます☆母へ:どうかJICAに講義電話入れないで下さい。笑
2007年02月22日
コメント(4)

日曜日にアジスバスケデヴィジョン2の試合に出ました。人数が足りないから呼ばれた感じです。江戸川区民大会みたい。生まれて始めてのアウトサイドコートでの公式戦!小学校以来のゴムボールでの公式戦!!楽しかったです。やっぱり試合は見るより出るっ☆さて、ルワンダと言えば・・・そぉラストマウンテンゴリラ!!!!しっかり見に行きました。415ドルも払って。ゴリラ見に行った。ルワンダ、コンゴ、ウガンダ三カ国の国境沿いに広がるボルケーノナショナルパーク。あの山にゴリラが今日では、世界で最後のマウンテンゴリラの生息地域であります。動物園とか他のはローランドゴリラと言います。低いとこに生息。ホテルを4時半に出発。ルワンダ同期隊員をピックアップしていざナショナルパークへ!7時頃、レセプションに到着。登山者はほぼムズング(ケニヤルワンダ語で外人)8人のグループに分かれて1グループ1山、1ゴリラ家族に会いに行きます。マウンテンゴリラは、大まかにボス雄(シルバーバック)一匹と雌(ブラックバック)が二匹後は子供二匹くらいで一家族として縄張り(一山)を毎日気ままに移動して生活しています。さて、45°位の道なき道をレンジャーが鎌で植物を切りまくり道を作って進みます。スキンヘッドはガイド。杖を持って登山。糞や寝床を頼りに居場所を推測、目指していきます。ほぼ獣道歩くこと二時間ちょい。激しい斜面を草につかまりながら移動。すごく棘の痛い草にも負けず移動。激痛すぎる。ゴリラ発見☆ちょー子ゴリラかわいいっ!!!ぬいぐるみ。持ち帰りたかったです。シルバーバックが一匹、ブラックバックが二匹、子供が二匹。ゴリラかわいいっ。ゴリラが警戒しないように、ガイドとレンジャーが「ゴォォーゴォォー」と喉を鳴らします。ゴリラが2mない位近距離に。幸せでした。リアル動物奇想天外!!!!写真とムービーを取り捲り、彼らのお昼寝時間一時間を共有。見れるのはその一時間のみ。感動覚めやらぬうちに斜面を何十回とコケながら下山。エチオピアジャージもドロだらけ。「ルワンダに来てよかった。」と思ったのです。帰路では道に少し迷い、5年ぶり2度目位の頻度でしか車が通らないであろう村を2時間余疾走。子供達が永遠ボクらの車を追っかけてくる。そんなに車が珍しいのか!!と思いつつも、故障したら身包み剥がされる!恐怖が頭を過ぎった。そんな勢いで子供が群れて追走してくる。そんな子供の写真はゴリラでメモリー使い果たしたのでナイヨォー(ケニヤルワンダ語で「無い」の意味)そして、ホテルに着いたには夜の9時過ぎ。お疲れ様でした。
2007年02月19日
コメント(2)

奥歯の奥から歯が生えてきてます。少し痛い。さて、ルワンダと言えば・・・そぉジェノサイド!!!大虐殺。被害者の写真メモリアルセンターが建設され、当時の教会(人が1万人くらい殺された)が保存されていた。知らなくちゃ!と衝動に駆られ、メモリアルセンターに行きました。なぜ大虐殺が起きたのか??英語の展示を辞書を引き引き見学しました。かつて、白人がルワンダに訪れる前、フツ族とツチ族は隔たり無く暮らしていました。農耕して。ドイツ人が始めにその大地を踏み、去るときにツチを優勢民族とし、統治を任せました。次に、ベルギー人カトリック宣教師が真のキリスト教国家構築を夢にルワンダにやって来ます。キリスト教はルワンダで急速に広まりました。そこで、国家創設の為に統治する必要が出てきました。ベルギー人は民族主義を使い統治を開始。ヒトラーがユダヤ人を劣勢民族と見なしたようにベルギー人とフツ族はツチ族をそれと見なし、差別行動を開始します。統治はフツに任されました。独立後もベルギーカトリック系政党の影響は大きく人種差別を色濃く成って行きました。IDカードが制作され、6割がフツ、3割がツチ、1割が他の民族でした。フツ族は「ツチを排除する」というスローガンの下、団結を強めていきます。しかし、ツチの正統は両民族が一つとなり独立国家を構築することを望みました。おもしろく思わないツチとベルギーは新聞社、ラジオ局を使いプロパガンダを開始。過激になっていくプロパガンダと共に、地方で数回虐殺が起こりました。しかし、これは100日間続いた予兆に過ぎません。多くのツチが難民として隣国に亡命しました。フツ過激派はツチの殺害名簿を着実と制作していきました。亡命中のツチは帰国を禁止されました。緊張の糸は張り詰めました。そして、フツの大統領機が何者かに撃墜され墜落します。その3時間後、道路はフツ軍と過激派に封鎖され、名簿に従い虐殺が開始されました。蛮刀、こん棒、銃ありとあらゆる苦痛を与えることが目的の武器で慈悲の無い残虐な殺戮が100日間続き、何十万というツチ族とツチに協力したフツが殺されました。殺戮者は、隣人であり家族、恋人、親であり、子でもありました。ホテルルワンダのように幸運にも救われた人々もいます。本物のホテルルワンダ 映画は南アが舞台フツのゲリラが首都を鎮圧し、過激派達はコンゴに逃げ虐殺は終わりました。13年前のことです。ルワンダは死にました。今、ルワンダ人は過去を乗り越えて民族隔たりなしに生きています。ボクばら一生許しません。これがキリスト教の「隣人を愛せ」という事なのでしょうか?キリスト教的思想が虐殺の引き金となり、今ではその教えで国が生き返りつつある。皮肉な感じ。虐殺時、ムスリムのフツは殺戮に参加せず、モスクに逃げたツチも殺されなかったようです。やはり、レイシズムはキリスト教独特の思想です。「内戦ではなく、虐殺は確かにあった。民族戦争であった。」これを誰にも否定させないためにメモリアルセンターは建てられたのです。もう一つの教会は衝撃的でした。銃痕、衣類、血の痕、骨、頭蓋骨、武器、遺品。全部残ってました。この教会では1万人のツチと匿っていたイタリア人のシスターが殺されました。生存者なし。一室には犠牲者の衣類が山積みに、地下には骨と傷跡の残る頭蓋骨が陳列されていました。セントマリアンヌ教会。中には確かにマリア像が残されていました。彼女は全て見ていた。載せるか迷ったけど・・・1万の人を皆殺しにすることは狂気以外何ものでもない。カオス。「生きたいっ」と彼女にすが、一方は神の名において抹殺している。皮肉です。あのマリア様が血の涙を流してもボクは少しも疑いません。あの教会を忘れないでしょう。No more genocide. 心に留めてくださいね。署名した皮肉な十字架。周りの棚には、骨がぎっしり。
2007年02月15日
コメント(5)

帰国しました。エチオピアに・・・成田ならよかったのに。ルワンダに2月2日~11日まで行ってました。今日は試合について書きます。東アフリカ(zone-5)選手権がルワンダ、首都キガリでありました。優勝チームはアフリカ全土の大会に進出する、いわゆるアフリカ選手権地域予選。結果、気になります!?その前に、参加国男子はエチオピア、ブルンディ、ケニヤ、ルワンダ、エジプト。タンザニア、ウガンダ、ソマリア、エリトリアは欠席。参加国女子はブルンディ、ケニヤ、ルワンダ。のみとっても小規模。組み合わせは前日に会場設置は当日に。とってもアフリカペースです。全4試合。一試合目:vsケニヤ 負け。ケニヤ人運動神経抜群です!!みんなダンクできます。武器はオールコートマンツーマンプレス。No15はリアルに巨神兵だった。リングの遥か上でブロックしリバウンドを取り捲る。ケニヤンパワーに圧巻。二試合目:vsルワンダ 負け。ルワンダ人運動神経抜群です!!ほぼダンクできます。なんとアメリカ人が在籍。彼はすごい!!アリウープ、タップダンク連発。無敵☆あとカナダにバスケ留学しているルワンダ人。21歳。彼は180cmでダンク余裕でします。MVPを取った。上手いです。チームでもずば抜けていて流川状態。ガッツもあっていいチームでした。ホームでの試合だったので応援も最高潮!雰囲気も良かったです。三試合目:vsブルンディ 負け。民族はルワンダ人と一緒なので、運動神経はなかなかです。へたっぴ達だけど若さとガッツに溢れていました。負けるとは夢にも思わなかったけど負けました。四試合目:vsエジプト 負け。完敗。エジプト人はマッチョで四角い。そんな冷蔵庫達は日本人のようなバスケをする。身体能力を筋肉とシュート力でカバーする感じ。ここのブロックではずば抜けて強い。常勝。以上。順位:1. エジプト 4W 0L 2. ルワンダ 3W 1L 3. ケニヤ 2W 2L 4. ブルンディ1W 3L 5. エチオピア 4L☆でも、国際試合という舞台にアシスタントコーチとして出場できたことは名誉です。小規模でも国と国の代表が戦う国際試合。国のプライドを賭け戦う。エチオピアのジャージを着てベンチで指揮を取れたことは、やっぱ pricelessボクはエチオピア人ではないがとっても悔しかったです。人生初の4連敗!!!!!!4殺陣ジーザス。
2007年02月11日
コメント(4)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


