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列車でSibiuに入ると、駅前にホレズ行のバスが停まっていたので、それに乗り込みホレズに向かいます。快適でした。バス停の前の二つ星ホテルは、お湯が出ないがまあまあの部屋です。ご飯を食べてから、修道院を探しに街に行くがよくわかりません。お土産の陶器を売っているお姉さんに聞いてみると、かなり遠いらしいです。宿のおばさんも7Kmだと言っていました。雨が降ってきたのでこれで就寝。翌朝は大雨が降っています。少し宿で待機し、九時頃、止んできたところで修道院に向かいます。少し歩くと標示が出たので、それに従い先に進みます。結構あるので帰りは絶対ヒッチです。一時間ちょっとで修道院に着きました。修道院は期待していた以上に素晴らしかったですが、写真を撮ってはいけないケチケチ修道院でした。盗み撮りする勇気は無かったので、絵葉書を買って退散。帰りは分岐までヒッチで乗せてもらったので楽勝でした。バスターミナルでご飯を食べていると一台のバスが行ってしまい、途方に暮れていると、結構すぐに次のバスが来たので、これでRumanicuに出て、バスは無さそうなので列車でSibiuに入りました。今日は40ドルの高級ホテル(バスタブ付き)に宿を決め、遠くのマックで最後の夕食をとりました。翌朝、朝一番の列車でブカレストに入りました。暑い中、歩いて国民の館まで行って、そこをゴールとしました。アイスを食べて今回の旅は終了です。世界の車窓から 世界一周鉄道の旅 第3巻 ユーラシア大陸(3)【VIBF-163】 =>20%OFF!《発売...
Sep 30, 2004
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この旅初のECに乗りました。あまりの乗り心地の良さに二人ともつい寝てしまい、おばちゃんに起こされて慌てて降ります。Alba Iuliaで乗換え、Orastieへ。ロンプラにも出ていない街だが、ダキア人の要塞があるはずです。とりあえず駅前にいたバスでセントロに向かうが、さびれたバスターミナルにはバスは無く、タクシーも見当たりません。途方に暮れていたところにCostesti行のバスがいたので、おばさんには遠い方の遺跡に行きなさいといわれたが、時間もないので近い方の世界遺産だけを見ることに。Orastioara de SusにはUNESCOの看板が立っているが、どう行けば良いのか...おじさんはもっと先だといいます。仕方無く家のある方に入っておばさんに聞くと、おばさんは少年をつかまえ、連れて行ってくれるように言ってくれています。少年も快く連れて行ってくれました。川沿いのトウモロコシ畑の道をズンズン歩いて行くが一向に着きません。そして、少年は荷物を持ってくれるとまで言いだしました。非常に申し訳ないです。一時間くらい歩いたか、たどり着いたのは只の穴ぼこ。茶色い石が落ちているだけでした。少年ことフロリーン君にファンタをあげると、「ムルツヌスク」とだけ言いました。そして17:20のバスがあることを教えてくれ、さらに先のバス停まで送ってくれました。そして、お礼に出した10万Lei札も受け取らずに帰っていきました。ありがとう。それしか言えないです。言葉も通じない外人を、これだけ見せるためだけにここまで連れてきてくれたなんて、ルーマニア人は本当に親切だとつくづく思うのでした。お礼も受け取らないフロリーン君には頭が下がります。今日はOrastieのホテルSura。500000Leiで綺麗な部屋ですが、窓が開かないのはもったいないです。隣のレストランでは地元の老人たちが楽しそうにダンスをしていました。29ヶ国語電子翻訳機 GLOBAL29L
Sep 29, 2004
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昨日のレストランでスープ、サラダ、パスタ×2(ペペロンチーノはなぜかトマト味)を食べ、旧市街散策。ドラキュラ伯爵の生家はレストランになっていますが、ドラキュラの看板が無ければわからないほど普通の店で、山上教会も見晴らしが良いわけではなく、時計塔のからくり人形も片手が微かに動くだけで、皆唖然としていました...ファンタとネクターとポテチを買って寝ました。レトロチックで異国情緒あふれるクロスデザインが魅力OLD ルーマニア クッションカバーRetrosp...
Sep 28, 2004
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11:00のバスでビエルタンに向かいました。途中Dumbraveniという街でバスを降ろされ、そこから歩きました。結構歩いたか、Sarosという街の外れでヒッチに挑戦。何台目かで成功したので、あっという間にビエルタンに着きました。とても小さな街で、教会は三重の要塞で守られているのですが、要塞の一部に新しい建物が建築中だったりと少々がっかりです。時計塔にも登れず、教会の回りを一周して下から眺めました。再びShighisoaraに戻ります。今度は初めからヒッチで、二台乗り継いでとってもスムーズにShighisoaraに到着しました。一台目はちょっと恐い兄ちゃんで、二台目は英語の上手な兄ちゃんでした。世界遺産(フィルムアーカイブス)
Sep 27, 2004
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バスでBorsaへ。が、そこからVatra Dorneiへ行く山越えバスは、朝に出てしまった一本しか無いといいます。これはヒッチしかないです。「VATRA DORNEI」と書いてだすが、なかなか停まってくれません。そこで、山を越えた「SESURI」と出してみました。みんな、車の中で「そこには行かないんだ、ここまでなんだよ~サイン」を出してくれているので、山を越える車があれば望みもありそうです。途中、向かいの家のおやじに文句だかを言われ水を差されましたが、一時間くらいで一台のバンが停まりました。油臭い荷台に乗って山道を越えます。SESURIでバンのおじさん達とお別れし、再び「VATRA DORNEI」と出すと、すぐにトラックが停まってくれました。ふかふかのトラックの椅子に揺られて、最高に景色のいい山間の道を進んでいきます。さらにLacoveniで飛ばし屋の兄ちゃんの車に乗り換えて、およそ三時間でVATRA DORNEIに到着してしまいました。お陰で午後四時にはグラフモールに着いたので、タクシーでフモールとヴォロネツの修道院を見に行きました。プライベートルームの客引きのお姉さんが交渉してくれて、両方の修道院をまわって20000Leiなり。途中でベリーも食べ、再び町に戻り、レストランコレクトでポークスープとサラダとコトレットとパパナッシュで豪華ディナーを頂き、「今日は夜行でDeva行きだ」という予定だったのに、駅で「寝台は無い」と言われてしまい、結局、客引き姉さんの部屋にお世話になりました。客引きのお姉さんは数学の先生だということで、300000Leiのバス・トイレ共同民宿へ行きましたが、車の音がうるさかったです。列車の都合で、Cluj Napoca経由でShighisoaraへ。Cluj Napocaまでは、元気な孫二人とおばあちゃんの三人に、都会育ちっぽい母息子と一緒でした。Cluj Napocaは都会でゴミゴミしていて、38000LeiもしたMaxBurgerはケチャップとマスタードの味しかしなかったです。Shighisoaraまでは二人で八人がけを占領できるくらい人がいなかったので、楽に移動できました。八時すぎに着き、しかも雨で、ホテルの客引きもうるさく、あまり良い雰囲気ではなさそうな街です。取りあえず、Mixサラダ×2とパスタ×2を食べて洗濯して寝ました。ボロネーゼがなかなか美味しかったです。ボヘミアンオイルランプ ROL-0891
Sep 26, 2004
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[寝台列車で移動]バスターミナルへ行くと、ちょうどConstanta行き7:30のバスが出発しようとしていました。間一髪セーフで、助手席に乗れてさらにラッキーでした。二時間ほどで到着し、トラムで旧市街へ。C.F.Rに行きますが、Constanta発の夜行は寝台が無いし、「駅で買え」と言われたのでブカレスト発の夜行に切替え、ブカレストに向かいました。黒海を名残惜しげに見つつ駅へ。パンと牛乳でいいというまめ妻を押し切ってまめ旦那が買ってしまったケバブはフライドポテト入り?の味で、蠅がたかっていました。蒸し暑いの列車を降り、お金を作り、マックで腹ごしらえ&夕食用にシャカシャカサラダ×2とバーガー、ポテトをゲット。スーパーでパンとバナナと水を仕入れ、夜行に乗り込みました。二段ベッドのなかなか快適な個室です。まめ旦那は流しでおパンツの所以外すべて洗っていました。満喫したようです。まめ妻は「寝るのがもったいない」と言っていましたが、21:52にブラショフに着いた時にはすでに寝ていました。まめ妻は乗り物の中で起きていることなんてできないです!!!![マラムレッシュ地方の木造教会群]翌朝、5:28に10分遅れてBaia Mareに到着しました。まだ薄暗く、かなり寒いです。隣町のBaia Sprie行きのバスを待っていると、「8番がすぐ来るよ」とおばちゃんが教えてくれました。「チケットはバスで買え」って言われたのに、良く分からないから買えずにいたら検察が回ってきて、「旅行者か?」って聞かれました。「そうだ」って答えると、なんとタダで乗せてくれた上、乗り継ぎのバス停で降ろしてくれたのです。運ちゃんも親切なのです。言われたとおりに次のバスを待っていると、また知らないお兄ちゃんが聞いてもいないのにいろいろ教えてくれました。次のBorsa行は8:00だと言う。その間話をしていると、宝物らしき水晶や家族の写真など、わざわざ家まで取りに行ってプレゼントしてくれました。お返しに50円玉をあげたら、「首からさげられる」と喜んでいました。が、そのバスは目的地に行かないらしく、次の8:30のShighetu行きまでまた待つことに。九時前にバスがやっと来て、お兄ちゃんとはさよならしました。いい人なんだけど、お陰でヒッチハイクができませんでした。ようやく来たShighetu行きのバスに乗り、途中のいい感じの村は通り抜け、バスは目的地のBudestiに行かずに終点のShighetuへ。ここで乗り換 えるということらしい。そんなことなら初めからShighetu行きの列車に乗れば良かったです。12:00のバスでBudestiに着き、木造教会をさっさと見てバスで戻ろうとしましたが、バスは全然ないっぽいです。仕方無くヒッチハイクをしました。すぐに停まった車で途中まで乗せてもらい、次のかっちょいいトラックでShighetuまで乗せてもらいました。そして、Salvaまで列車のチケットを買いますが...やはり思い立って、Viseu de Josで途中下車しました。何故か多くの乗客に「Salvaじゃないぞ!」と言われました。なぜみんなわれわれの目的地を知っているのか???ここは、どう見てもHOTELなど無さそうな寂しい街で、人に聞くと、隣のViseu de Susにあると言い、バスに乗せてくれました。どう見てもただのワゴンだが、しっかり10000Lei取られました。街で唯一のホテルBredは70000Lei。レストランでビールを飲みつつ、ポークスープにサラダ、パスタ、ミティティで300000Lei。明日の長旅用にパンとバナナを仕入れました。地球の歩き方(A 28(2003~2004年) ブルガリア/ルーマニア ( 著者: ダイヤモンド・ビッグ社...
Sep 25, 2004
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[ルーマニアへ]ガラガラだったので四席使ってチューリッヒへ。アイマスクと耳栓で機内食にも目をくれずにぐっすり寝ました!!チューリッヒでは、トイレで頭を洗い、さっぱりしてインターネットで情報をゲット。ビターオレンジというまめ妻お気に入りのドリンクの味も体験して搭乗口に行くと、飛行機は30分遅れていて、スイスエアーに回されました。プロペラ機に乗ってミュンヘンに入り、そのままブカレスト行きに乗り継ぎようやくブカレストに到着です。大変でした。それから白タクに乗ってTulcaに行くバス会社まで行って16:00のミニバスでTulcaへ。このバスが飛ばすし、暑いし、臭いし...でもぐっすり寝ていたので、辛さも半分でした。TulcaではHotelEuroporisに入って、早速洗濯をして、近くのレストランSERECTで夕食をとりました。チョルバ・デ・プイとキャベツサラダ、スパゲティボロネーゼ、コーラとファンタで5ドルくらいです。安いし、うまいです!!ホテルで明日のドナウデルタツアーの申し込みをしました。[ドナウ・デルタ]港へ行き、8:00の出発には少し時間があるので、船の前でいいにおいをさせているミティティとジュースをいただきました。少々ぼられたようなので、まめ旦那がしばし格闘して勝利しました。船は船長さんのすぐ前のふかふか椅子をキープして場所取り成功です。ペリカンを探すが牛しか居らず、おそらくまめ旦那が見たというペリカンの群れもカラスか何かの間違いでしょう。まめ旦那はまめ妻の寝ている間にペリカンらしき群れが飛んでいるのを見ましたが、写真は撮れずに残念でした。そして、先頭で頑張っていて風を受けていたのでお腹が痛くなって大変でした。十二時間の船旅はどんなものなのかと思いきや4時間で河口の街に到着です。誰にも何も伝えられないまま四時間のフリータイムに突入しました。まめ旦那はトイレに突入。結局どこにでもいる鴨の親子に餌をやってフリータイムは終了しました。もと来た道(川)を引き返して、しめて12時間のツアーだったのです。夕食は昨日のレストランでモツのスープにナマズのソテーまで食べてしまいました。昨日とチガッテ全部マズマズだったのでがっかりでした。ルーマニア発行各地の民族衣装16種セット
Sep 24, 2004
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『クーラーバックで洗濯なのだ』クレーターレイクNPに入ります。キャンプ場でクーラーバックを利用して洗濯をして、キッチンペーパーで車の汚れを落とし、クレーターレイクをドライブしました。湖の色はあまり鮮やかではなかったが、まあまあでした。アメリカで一番深い湖らしいです。15分程度の軽いWild Flowerトレイルをして、インフォメーションで葉書とTシャツを買いました。湖に合わせて(?)青いTシャツです。夕食は今日もステーキ丼。まめ旦那が、 洗濯&食器洗い方法を開発。クーラーバックにビックビニール袋をセットしてバケツ代わりに。なかなかのグッドアイデア賞ものでした。ここのシャワーは4分75セント。温泉本をゲットして、今日はシャワーを使わずに寝ました。MLB.MLBPA公認 おめでとうイチロー☆メモリアルボール生地付きフィトシート
Sep 23, 2004
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『山火事大発生!』レッドウッドの中心まで車で行けるのは一日50台までなので、早起きして7時すぎにインフォメーションセンターヘ。が、9時オープン。朝食のビビンバ御飯を食べながら待ちました。ベリーうまうまでした。9時に一番乗りでトールトゥリーアクセスロードの許可証をもらい、山道を進みます。海辺は霧が出ていてとても肌寒かったが、山道を進むと雲の上に出て暖かかったです。教えてもらったナンバーでゲートを開けて中に入り、またガタガタ道を進んでトレイルの入り口にたどり着きます。トレイルは片道1.25マイルだけど、行きはずっと下りっ放しで楽にたどり着きます。川に出たところに高い木がたくさん生えていたので、一番大きそうなところで写真を撮りトレイル終了で引き返します。汗だくになって戻ってくると、なんとトレイルコースは川のところから周回コースで続いていたことが判明するが、戻る気もしないので山を後にしました。ヨセミテNPは人が多くて行くのが大変そうなので、行き先をクレーターレイクに変えていつものスーパーで美味しそうなリブロース肉とカルビをゲット。泊まろうとしていたキャンプ場は山火事のせいでどこも消防車に占領されており、5号線際のキャンプ場へ。アメリカはどこにでもキャンプ場を作りますね。珍しく早くキャンプ場にたどり着いたので、ここでゆっくりと葉書を書きました。やっぱり一日200マイル以内だと心に誓い、今日は特大リブロースステーキ丼とニンニクスープを頂き就寝です。MLB.MLBPA公認 おめでとうイチロー☆メモリアルボール生地付きフィトシート
Sep 22, 2004
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『今日は走り過ぎ』シアトルを後にして、今日は走りまくりました。ポートランドを越えて海沿いの道に向かい、リンカーンシティ、ニューポートと越えて、海沿いのキャンプ場に到着です。500Kmくらい走りました。ロングドライブになってしまい、まめ旦那には悪いことをしてしまいました。曇りがちで少々寒いですが、ポートランドで買った食材で夕飯(マーボー茄子、サラダ)を作り、暗くなる頃二人とも早々に寝てしまいました。明日はSea Lion(トド)を見に行こう。まめ旦那の大活躍で今日一日が終わりました。『カリフォルニアはキャンパーだらけなのだ』Sea Lion Caveでシーライオンを見ました。エレベーターで海まで降りると、暗い洞窟のような岩場にまめ旦那のようにゴロゴロしていました。少々臭め。Overlookから海を見下ろすと、シーライオンが2頭泳ぎながらくるくると回転しているのが分かりました。水族館以外で見られるのには驚いたが、しかし一人7ドルは少々お高いです。海沿いに南下してカリフォルニア州に入りました。ゲートでフルーツ、野菜の持ち込みがないか口頭でチェックを受けました。レッドウッド国立公園は縦に長く、州立公園と入り交じっていて複雑ですレッドウッドには結構楽に着いたのに、州立公園のキャンプ場を断られたのを皮切りに、次々とキャンプ場が満杯で、ガタガタ道を進むと車はドロドロになってしまうし最悪でした。でも最後は私営の熱いお湯のシャワーがたっぷり出るキャンプ場で落ち着き、カルビをジューっと焼いて、満足の夕食でした。早い者勝ち!限定1個/ イチローボビングヘッド(首振り人形)
Sep 21, 2004
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『イチローは最高なのだ』今朝は、昨日の残りカレーと少し炒めた残り御飯で朝食を済ませ、シアトルに戻りました。とても過ごしやすかったので、戻りたくないが仕方がないです。途中、ビジターセンターのおばさんの勧めでルビービーチに行きました。流木が流れついた浜で、潮が引いていてとても綺麗でした。マイナスイオン効果はあるのか?半島を一周するように南側からシアトルに入りました。この街のナビもだいぶ慣れてきました。シアトルセンターにあるInn at Queen Annへ。なんと、車は近くの高級ホテルの駐車場に一日10ドルで泊めてくれといいます。しかし、キッチン、レンジ、オーブン、冷蔵庫と一通りそろっているのには大満足でした。が、明日のマリナーズ戦のチケットが届いていないといいます。近くのFedexに助けを求めに行くと、おじさんはマリナーズまでTelしてくれ、「ネットで予約の時に不備があったのでは?」と教えてくれました。ありがとうおじさん。あきらめきれないから、とりあえずセーフコフィールドへ行ってみることにしました。球場の前で二本指を出して歩いてみると、お兄ちゃんが一枚36ドルのチケットを二枚で65ドルで譲ってくれ、あっさりと試合が観れることになってしまいました。なんてラッキーなんだ。時計を見ると7:07。おお、試合が始まっている。いそいで球場に入ると、そこは感動の世界。後ろでドナルドダックのような声のおばさんが盛り上げてくれ、イチローは第一打席こそ三球三振だったものの、第二第三打席に連続タイムリーを打って三打点。試合も10-3でマリナーズの圧勝でした。マリナーズTシャツを着てホテルに帰ります。『ガーリックポテトはうまかったのに…』ぷらぷらとシアトルの街を散策。スターバックスの1号店でビックマグカップを買い、ヘルシーなビーフサンドとチキンヌードルをいただきました。午後のスタジアム前はダフ屋が“I need ticket”のボードを持ってうろついているだけで、まだ人はまばらです。出直して開始2時間前に来ると、ダフ屋がゴロゴロ。負けじと2本指をあげるますが、今日はなかなかつかまりません。声を掛けてくるのはダフ屋ばかりでした。日差しと闘いながらしばらく粘り、ネット裏の36ドルの席を50ドルで手に入れました。ダフ屋のおじさんも、よくやった(?)という顔をしてくれたました。先着2000人のポスターは今日はもらえたが…中身はいまいち。でも名前の知らない選手二人にサインを入れてもらったのでよしとしましょう。国家が流れて試合開始!!昨日は聞けなかったのです。試合の方は、ドナルドダックの応援がないせいかマリナーズの大敗。イチローはヒットを打ったが、レーザービームの送球はサードのへたっぴにはじかれ、いつの間にか出てきた長谷川もHRを打たれていました。かわいそうだったです。試合は5-12と惨敗でしたが、イチローはヒットを打ったし、ガーリックフライドポテトは美味しかったし、なかなか楽しい経験をしました。帰りはやはり歩いて帰ります。イチロー 51 シアトル マリナーズ ホームユニフォーム
Sep 20, 2004
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『プープープープー鳴らさないでください!』朝、クルマのトランクを開けようとキーを差し込んだらクラクションが11回、プープー鳴りました。自分の車なのにドロボーとまちがえられました。まめ旦那はそれを目覚まし替わりに笑いながら起きてきました。クソー!激しい起こし方です。さっさとテントを片付けて、ホーレインフォレストへ行きました。ここもキャンプ場は楽にとれましたが、蚊が多いのが気になります。今日はアルミ箔でスペアーリブを包んで焼いてみました。うまく焼けましたが、食べにくいです。しかも、飯盒の蓋で火傷してしまい手が痛いです。ビジターセンターからHall of Mosesをトレイル。生きている楓の木から苔がしだれています。一見湿っぽい風景ですが、夏だけはカラッとしていて暑いです。少々疲れたので、もう一つのトレイルは断念してテントでお昼寝。夕飯はたたき牛肉たっぷりのカレーライス。うまい!! 【 MLB グッズ 】米地図 ピン&ボードセット
Sep 19, 2004
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『いい湯なのだ』午前三時にいったん目覚め、星を見てからもう一度寝ると八時を回っていました。あわててテントを片付け、オリンピックNPに向かいます。今日の目的地はソルダックホットスプリングスです。ナショナルパークパスを50ドルで購入し、これでアメリカの国立公園に一年間入場できます。途中のレイククレセントを横目で見つつ、宿確保のためソルダックへと急ぎました。朝遅れを取ったのがいたいです。が、 川沿いの良いサイトをゲット。12ドルをBOXに入れて、お昼御飯にそうめんを食べました。あったかそうめんはのびのびだがうまいです。近くの温泉で二日分の汗を流し、ポートエンジェルスの街に戻ってセルフのガスステーションに初チャレンジ。わかれば結構簡単です。まめ旦那はすっかり気に入ったらしいです。ショッピングセンターでスペアーリブを仕入れました。やはり周りのサイトのにおいには勝てなかったのです。その後、ハリケーンリッジへ行きました。車で山道を一気に登ると、そこには絶景が広がり、野生のエルクの回りにはカメラマンがたかっていました。ビジターセンターでかっこいい上着を買った後、小さなトレイルを歩いてからキャンプに戻りました。もう一度温泉に入りあしたの分も汗を流して、夕飯は念願のスペアーリブ。が、ガスではなかなか焼けず、しかも暗くなってくると焼けたのか生なのかわかりません。たしかに美味しかったが、明日には生きているのでしょうか。HARVEST BRONZE
Sep 18, 2004
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『死のドライブ!』UAでシアトルに入りました。UAのシートは狭くて過ごしにくかったです。シアトルではレンタカーを手配し、早速のドライブ。初めての左ハンドル、右側通行、道路標識でとっても怖いです。気が付くと車線を飛び出しているし、ハイウェイはビュンビュン飛ばしているし、パニックでした。地図の見方も分からないまま5号線を北上し、行きつ戻りつしながらようやくアウトドアショップのREIへ。ガスボンベとドライプマップを仕入れました。エドモンズでフェリーに乗ることにするが何故か車が入れなくなっていて、再びシアトル市内へ。途中のスーパーで発泡スチロールの箱と茄子とひき肉と氷を買いました。ここで、ガスがさっきより安くてショック。セーフコフィールドの横を通り抜け、別のフェリへ乗り場からベインブリッジアイランドに向かうことにしました。フェリーを待つ間、一眠りして少し落ち着きました。車ごとフェリーに乗り込み30分でベインブリッジアイランドに着き、今日は海辺の公園で初めてのキャンプです。25サイト分の二つしか空いておらず、セルフレジスター式でサイト番号を封筒に書き込み、16ドルをいれてBOXへ。初日のディナーはカレーライスでした。海の冷たい水で足を洗って就寝です。ラッキー777!1ドル紙幣
Sep 17, 2004
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『新庄のTシャツは買うの?』5分50セントのシャワーを浴びて、朝食はレトルト牛丼と赤だし。レトルト牛丼はいまいちなので、まめ旦那が梅干しと生姜チューブで味付けすると美味しくなりました。残り御飯でふりかけ梅干しおにぎりを作ります。自炊道具と食料をすべてスーツケースに詰めて、テントはそのままで車でサンフランシスコ市内に向かいました。サンフランシスコのダウンタウンへ。フィッシャーマンズワーフではシーライオンとあの臭いに再会し、“Free”の駐車場で5ドル取られてしまいました(レストランに行けば“Free”だったらしい)。球場のそばの駐車場に車をとめ(20ドルは高い!)、サンフランシスコ名物のケーブルカー乗り場へ。坂と合わせて記念撮影です。球場へ戻り席に着くと、さすがに“View Point”なだけあって3階席は高いです。見晴らしがいい分、フィールドがまめ旦那いわく“ゲーム板”です。そして、海のそばなだけあって風が非常に寒いです。クラムチャウダーとガーリックフライで少しずつ体を温めますが、二人ともふるえながらの観戦。これではせっかく買ったSinjoTシャツも、上着の下で泣いています。今日はMets戦だが、Shinjoの姿は無く、寂しく日本に帰るのか、と思った2-0の8回裏2アウト、なんとオレンジ色のリストバンドをしたShinjoが!そしてヒット!守備も強肩を見せてくれ、これで胸のつかえも取れました。まめ旦那はあんなに嫌がっていたShinjoTシャツを試合後に買っていました。やはりShinjoは記憶に残る男なのだ。ということでゴール。非売品:サンフランシスコ・ジャイアンツ記念バブルヘッド
Sep 16, 2004
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『どこに行っても温泉は温泉なのだ』 ビビンバを食べてから温泉本に載っていた温泉に向かいます。Big Bendという街に行ってみることに。へんぴな所にある小さな街です。カリフォルニア州に入る直前で給油をして、途中の小さな街で葉書を出し、ここまでは順調でした。しかし、温泉があるところがへんぴ過ぎて、三軒回ったキャンプ場の設備はどれもいまいち、いまに。結局、温泉のところにあるキャンプ場を使うことにしました。そうすれば入場料はFreeです。ここで事件発生。シアトルで買ったストーブのガス4缶のうち、2缶は口が合わなかったのです。残り少ないガスを節約するために木を広い集めて焚き火をすることになりました。更に氷も溶けきっていてフルーツさんはカブト虫の臭いになってしまいました。このままではお肉も危ない。でも、とりあえずゆったりと温泉につかりました。温泉は露店で川を見下ろす浴槽は温かめ、河原にあるのは温めです。どちらものんびりできて貸し切り状態でした。そばに生えているブラックブルーベリーが甘酸っぱくて美味しいです。日本でこんな所に泊まったらいくらかかるか知れません。まあ泊まることはないので心配はいらないが(泊まってもいいけど)。誰もいないのをいいことに頭を洗ってしまいました。焚き火で御飯を炊いて残ったガスで特上のカルビを焼いてみますが、前回と違って肉も厚いし、焚き火でばててしまって食欲がわきません。結局残ったお肉は野菜とともにスープにして明日の朝食にすることにしました。そして焚き火で作ったベークドポテトを食べて寝ました。『キャンプは終了なのか!?』朝から一風呂浴び、昨日の肉でコムタンスープクッパを作りました。なかなか美味しいです。サンフランシスコを目指して戻りますが、口の合うガスは売っていません。みんなコールマンのプロパンガスでそれに合うストーブも売っていません。サンフランシスコに入っても頼みのフレッドマイヤーも見つからないし、更にキャンプ場もありません。そしてガソリンも無くなってしまいました。これでキャンプ生活も終わりかと思った頃、チャイナステートパークキャンプ場に向かう途中で、ショッピングセンターを見つけ、なんと、シアトルで見つけたアウトドアLeiを発見。しかし、コールマンのプロパンガスに合うストーブは無いらしいので試しに言ってみると、使えない2本のガスを使えるガスに替えてくれました。まだまだキャンプをしろと言われたようです。都会にきても12ドルで泊まれるのは大変ありがたいです。残り野菜全部を使ってラーメンを食べました。焚き火で焼いたジャガイモは朝食用です。夜、暗くなってから鹿が出ました。それからゴールデンゲートブリッジからの眺めは印象的でした。イチロー2002ゴールドグラブ直筆ボール
Sep 15, 2004
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