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戦後日本では普段着に着物を着る習慣が廃れるとともに、松阪木綿の生産量も激減し櫛田川下流域の櫛田川(くしだ川)と祓川(はらい川)で挟まれた三角形のデルタ地帯神様の織物を織る地域にに残る松阪木綿の紡績所は三重県多気郡明和町養川(旧下御糸村)の御御絲織物のたった1軒だけになってしまいました。 御御絲織物では「あいぞめの館」を 松阪紀勢界隈まちかど博物館として公開しておりますので、興味のある方は訪ねてみられたらいかがでしょうか?太朗は子どもの頃に、見学に行ったことがあります。 ■ 御御絲織物 「あいぞめの館」 神宮にお仕えする布を織る神社に近く、古くから御糸(みいと)と 呼ばれるこの地で、昔ながらの「正藍」による染めの工程や織り上げの様子を見ることができます。自家栽培による「すくも」つくり。藍染から織り上げまでの一貫した作業をしています。【住所】多気郡明和町養川甲373【館長】西口 信夫【電話】0596-55-2217 【FAX】0596-55-3738【開館】土・日・祝は休館 要予約【交通】国道23号線「養川」交差点から車で1分ちなみに伊勢木綿と松阪木綿は、同じ三重県産の木綿とはいえ、全く異なる木綿であるそうです。江戸時代から、長年ライバルとして張り合ってきたらしいです。三重県伊勢地方で生産された木綿織物は松阪周辺で集荷されたものを「松阪木綿」、津周辺で集荷されたものを「伊勢木綿」というようで、現時点工業的に生産しているところは、松阪木綿は三重県多気郡明和町養川の御御絲織物伊勢木綿は三重県津市一身田大古曽の臼井織布の各1社のみであるそうです。 参考サイト松阪紀勢界隈まちかど博物館 洗えば洗うほど色がわいてくる藍染め木綿 今に粋る 永遠のファッション松阪もめん 反物 よきもの伊勢木綿 単衣のお仕立て 間道灰↓ブログ村 三重情報 ポチっとお願いします
2009年01月24日
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上の写真は、松阪市本町の三井家発祥の地です。 いまから600年前の十五世紀頃、エジプトやインドを原産とする木綿が日本に伝えられると、水はけがよく、肥料の鰯も沢山とれる伊勢平野では、多くの棉花が栽培されるようになりました。伊勢平野に棉作りが普及すると、櫛田川~祓川の三画デルタ地帯で古代から受け継がれてきた「御糸」「機殿」の紡織の技術と結びついて、木綿に藍染めを行い縞模様を織り込む"松阪木綿"が誕生したのです。 松阪木綿は粋好みの江戸っ子たちにもてはやされ商売の才のある松阪商人の組合せで、江戸で大きく成功する松阪出身の商人が現れました。越後屋(三井家) 小津屋(小津家) 丹波屋(長谷川家)などが有名で最盛期には50家ほどが江戸に進出していたようです。 最も成功したのが、越後屋の三井高利 です、三井高利は江戸本町一丁目に呉服店を開業し、屋号を越後屋(のちの三越)とし。現金掛値無し、反物の切り売りなどの新商法導入して繁盛していきました。そして江戸期の三井家の発展が、戦前の日本屈指の大財閥である三井財閥につながるのです。 上の写真は、松阪市本町の三井家発祥の碑です。 松阪木綿と松阪商人の話 その4へ続く*************************************************** 参考ホームページ松阪商人 松阪市観光協会HP 三井の歴史 松阪もめんと松阪商人伊勢商人の瓦版 三井高利 小津330年のあゆみ 近江商人を訪ねて 洗えば洗うほど色がわいてくる藍染め木綿 今に粋る 永遠のファッション松阪もめん 反物 ↓ブログ村 三重情報 ポチっとお願いします
2009年01月21日
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以前に紹介した、太朗の思い出の店である 三重県鈴鹿市発祥の 破天荒の餃子が楽天市場のショッピングで大ブレイク中です。どうも 料理研究家の 平野レミさんがTV番組や雑誌で紹介したのがきっかけのようです。 とくに、ばか売れしているのがまんまる水餃子です。最近は売り切れている時がが多いので、在庫があったらすぐ注文してみましょう。もっちりぷるぷるな食感と、三重県のおいしい豚肉(大里ミート産)がおいしさの秘密です。 同時に元祖破天荒名物の特製焼餃子も注文しましょうね!三重の豚肉と野菜を使った本物の国産餃子が味わえますよ。 ↓平野レミさん絶賛のまんまる水餃子購入者の約8割がご注文!モッチモチ食感のまんまる水餃子4種の味を一度に味わえる、累計3000セ...破天荒特製餃子
2009年01月19日
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櫛田川中流域左岸の松阪市射和町(いざわ)とその下隣の集落の中万町(ちゅうま)は松阪開府以前から射和商人のまちとして繁栄しました。射和に近い多気町丹生(旧勢和村)は古代から日本最大の水銀の鉱山でした、鎌倉時代には丹生(にゅう)の水銀を加工する軽粉製造業が射和を中心に発生し発展しました。 その軽粉を伊勢白粉(おしろい)として全国に販売したのが射和と中万発祥の初期の松阪商人です。室町時代には、櫛田川上流の丹生で産出される水銀で商売を行い財を蓄えたといわれます。その射和系の松阪商人は、江戸時代初期からは江戸や京都大阪に松阪木綿の店を出して大繁盛しました。三井や長谷川で有名な松阪城近くで発祥した松阪商人より先駆けて江戸で成功し、松阪の射和と中万に富をもたらしました。この射和と中万地区の松阪商人(射和商人)には富山家 家城家 国分家 竹口家 竹川家 などがありました。富山、家城は呉服商、国分、竹口は醤油味噌商、竹川は両替商などを営み、江戸屈指の豪商に数えられました。 この時代は櫛田川の水運も、丹生から射和への水銀の輸送や、射和と中万から全国への商品の輸送に重要な役割を担ってました。 今も両郡橋付近の射和町から下流の中万町は射和商人の蔵のある豪邸の古い町並みが残り、櫛田川の清い流れと調和し、なかなか良い街並みの風景をかもし出しています。でもねぇ、、20年くらい前の櫛田川左岸の堤防改修と近年のR42号バイパスの工事で射和から中万町に行く街道の途中の景観がぶち壊されてしまったのが残念でなりません。 松阪木綿と松阪商人の話 その3へ続く 中万文庫とちくま味噌 で有名な竹口家の蔵(三重県松阪市中万町) 全国的な食品会社になった 国分家の門(三重県松阪市射和町) *************************************************** 参考ホームページ竹口作兵衛ちくまの歴史国分の歩み白子屋歴史の散歩道 松阪中万町発祥 竹口家のちくま味噌 松阪射和発祥 国分家の缶詰 K&K フルーツ缶↓ブログ村 三重情報 ポチっとお願いします
2009年01月18日
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三重県櫛田川下流域の櫛田川(くしだ川)と祓川(はらい川)で挟まれた三角形の地帯は上御糸村下御糸村(現多気郡明和町)、機殿村(現松阪市)の旧村名にも表されているように、古来より糸をつむぎ、機を織る事の盛んな地域でした。 五世紀後半、松阪市東部の櫛田川流域に大陸から渡来した技術集団、漢織(あやはとり)、呉織(くれはとり)によって高度な紡織技術が持ち込まれ、この地域が古代日本の紡織の中心地となったといわれてます。 ちなみに祓川は、櫛田川の旧河道とされ、神山(こやま)さんの麓で櫛田川から分岐し櫛田川本流の東側を、松阪市法田~漕代を通り、明和町斎宮跡西から上御糸下御糸に流れる支流です。祓川は、河川改修の少ない川でタナゴや水生動物の豊富な昔の里の川の雰囲気を残す、奇跡の川として近年保護されてきてます。 自然豊富な祓川 その櫛田川と祓川の間の機殿地区には伊勢神宮の衣に関するお祭りをする、2つの古い神社があります。神服織機殿神社と神麻続機殿神社です。 機殿の起源は倭姫命(やまとひめのみこと)が、伊勢の地を天照大神の鎮座地とした時、宇治の機殿を伊勢に建て、天棚機姫神の子孫の八千々姫命に和妙を織らせたのが始まりと伝えられ、天武天皇の時代に紡績が盛んだった櫛田川近くの現在地に移されたとされてます。 神麻続機殿神社入口(三重県松阪市井口中町) 神麻続機殿神社神殿神麻続機殿神社(かんおみはたどのじんじゃ)は麻を使った荒妙の奉織の行われる神社で地元では上機殿(かみはたでん)あるいは上館(かみだち)とも呼ばれてます。 神服織機殿神社入口(三重県松阪市大垣内町)神服織機殿神社神殿 神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ)は絹を使った和妙の奉織の行われる神社で下機殿(しもはたでん) 下館 (しもだち)とも呼ばれてます。 松阪木綿と松阪商人の話 その2へ続く 洗えば洗うほど色がわいてくる藍染め木綿 今に粋る 永遠のファッション松阪もめん 反物
2009年01月17日
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昔 松阪の岡寺さんの近くにおいしい 天輪焼き(てんりんやき)屋があって岡寺さんに行った土産にいただくと 子供の頃の太朗にはとってもうれしいおやつになりました。天輪焼きのうんちくは、また今度書くとして。 今日は伊勢のたいやき屋のお話です。松阪のお土産の 天輪焼きに対し隣の伊勢のお土産はなぜか、たいやきが多かったのです。 昔から伊勢にはなぜか、おいしいタイヤキ屋が沢山ありました。おいしいと人気の所は、「尼辻のたい焼」、「西岡たいやき」、「日吉屋の鯛焼き」 そして上の写真の「錦水橋のたいやき」 です。伊勢の国の人は、赤福や御福に始まり各種餅や饅頭などどうも あんこの菓子が大好きなようです。。。たいやきに関する面白い本を見つけたので紹介します。 たい焼の魚拓 っていう本です。「全国で天然物(1匹焼きの鯛焼きのこと)を探してみようと思った。魚拓による絶滅危惧種の『レッドデータブック』が作れないかと考えたのだ」そのために著者の宮嶋康彦 さんは全国のたいやき店を巡ったそうです。 この本には、"天然物"の鯛焼きとして妻恋いたい 尼辻たい焼店(三重県伊勢) おほろげたい 西岡たいやき(三重県伊勢) ゴツガたい 日吉屋(三重県伊勢)と全国37軒中 伊勢の鯛焼き屋が3軒も紹介されてます。そうだったのか、伊勢の名物は たいやき でもあったのですね。 残念なことに最近 超天然モノで焼きたてで食べると絶品といわれた尼辻のたい焼店がしばらく前から閉まっているそうです。他の鯛焼き屋さんはやっているのかな~~伊勢に帰ったら鯛焼き屋めぐりをしてみようかな。 たい焼の魚拓 絶滅寸前『天然物』たい焼37種 内容(「MARC」データベースより)今や絶滅寸前の「一匹焼き」たい焼37種を集めた魚拓集。日本各地で人知れず生息する天然たい焼の、体長・値段・採取地など全データを掲載すると共に、それぞれにまつわるエピソードを添えて紹介した「レッドデータブック」。 たい焼き粒あん10匹入クール便でお届け!いつでもこんがりアツアツをいただけます!
2009年01月13日
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三重県多気郡多気町の相可高校 食物調理科のまごの店(三重県多気郡多気町五桂池ふるさと村)では 毎週土曜に"まごSweets"の販売中です。 お近くの方開店時間AM10:00に行って見てください。遅れると売り切れます。。。手作り感あふれるおいしいケーキが買えます。1月は相可高校3年生が卒業記念製作した。「私のスペシャリテ!」の販売中です。個性豊かな、かわいいケーキがいっぱいですよ。 まごの店ここです↓ 三重県多気郡多気町五桂956 高校生レストラン まごの店、本日も満席。
2009年01月12日
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年始そうそうこの話題を書くのは、申し訳ないが、、、 どうも見過ごす訳には行かないし、松阪周辺の地元の人には知っておいてほしく思い書きます。 松阪マームは、三重県松阪市にあるイオングループのショッピングセンターでイオン松阪マーム、ジャスコマームとも呼ばれてます 松阪人の太朗としては、この松阪マームの出来た頃から通ってました。松阪マームでの事件が昨年来 ネット上(特に2チャンネル系サイト)で炎上してます。企業では都合の悪い事は、まま起こりえます。起こったときの対応が悪かった事例であると思います。隠さず愚直に対応すべきなのです。 ちなみに太朗とその家族は、もう二度と 松阪マームには行かないでしょう。だってすごく気持ち悪いもん、、、 事件の詳細は↓こちらのサイトを参照してください。松阪マームの受水槽から遺体まとめ岡田卓也「岡田屋→ジャスコ社長」小売業の繁栄は平和の象徴 岡田卓也の十章
2009年01月10日
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松阪から紀州につながる、熊野街道(R42)沿い旧勢和村の、熊野街道と丹生大師、高見峠に入る道の分岐点に、一軒茶屋としてポツンと建っている茶屋がおきん茶屋です。 今から170年前の天保3年にこの茶屋にいた、おきんという名のおばあさんが作った。素朴なヨモギ餅が休憩の旅人から大変評判となり、おきん餅と呼ばれるようになったそうです。 おきん茶屋は、昔は旧街道沿いのさみしい場所にありましたが、今は伊勢自動車道勢和・多気インターが近くに出来て、少し賑やかな交通の要所になってます。 でもクラッシックな店の外観と 粒あんヨモギ味のやわらかい餅は昔のままです。 おきん餅だけでなく、店内で食べられる地元多気の伊勢芋を使ったとろろうどんと蕎麦もとっても美味しいので行かれた方はぜひご賞味してください。 伊勢の国には赤福 御福 をはじめへんば餅 二軒茶屋餅 神代餅 まつかさ餅等々 遠路のお客様に自慢できる餅が沢山ありますが。おきん茶屋餅もその一つです。お土産にも良いのですが、一日置くと硬くなるのが難点です。 地元特産品の伊勢いもとろろを練り込んだ、伊勢いもとろろ入り ざるそば...
2009年01月06日
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あけましておめでとうございます。今年も気軽に本ブログにお付き合いおねがいします。 伊勢の国では、一年中注連縄を玄関に飾ります。年末に注連縄を新しい物に取替え新年をお迎えします。 古い注連縄は、 小正月(1月10日前後)に地区のどんど火で焼きます。 いっしょに鏡開きををした鏡餅を焼き食べるのが慣わしです。 しめ縄に書いてある言葉は、笑門 が 蘇民将来 が多いのですが、なぜか今年は おばあちゃんが千客万来 を買ってきました?? さて 今年は太朗一家は年末に伊勢に帰り正月は関東の自宅でお迎えしました。花子の手作りお節料理で 朝から一杯飲みました! おせちのお供は松阪産の茶豆の煮豆と お屠蘇は伊勢の銘酒鉾杉です。 お酒の後は、伊勢風のシンプルな角餅のすまし仕立てのお雑煮を頂きました。 伊勢神宮参りの様子をラベルに。鉾杉・純米酒 伊勢國参り
2009年01月01日
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