椿荘日記

椿荘日記

スコットランドの釣鐘草



七沢温泉に行って参りました。

パーキンソン(脳関連の難病です。歩行困難、言語障害などの運動機能低下等が起こり、重度の場合、寝たきりになる可能性があります)を患う父を、リハビリテーション病院に連れていく為です。
246号を下り、伊勢原で左折して暫く走ると、何時の間にか紅葉に囲まれていました。
母と取り留めない世間話や親戚、知人の消息を話していると、あらっと思うことがありました。ルームミラーを介してちらりと見える父の表情が、発症を確認されてからの無表情と全く違うのです。
そういえば車に乗りこむ時も、今年の2月辺りは、こちらが「おはよう、パパ」といっても、返事さえなかったのが「すまんな・・」
と介助もなしに比較的すうっと乗りこんで来たのです。

確かにここ数ヶ月というもの、母から「パパ調子よくなって来たの」とは聞いていたのですが、夏の終わりに三人で和食を頂いた時は、お箸の扱いも覚束なく(それでも、秦野の盆地めいた景色を眺めて、ぽつりと「暑いわけだな・・」という今までにはない変化がありました)歩き方も杖にすがってよろよろという危なっかしい様子でした。

そうです。盛んに話す妻子を前に昔のような、笑ったり、呆れたり、うるさがったりという表情が見えるようになっていたのです。
母にそのことを告げると、「そうなの。お薬が効いてきたらしくて・・{おはよう}とか{ありがとうな}ってまた言ってくれるようになったの!」と嬉しそうなのです。
一時は看護疲れで、姉と共にうつ病の心配までした母の表情は、明るくなっていました。

玄関先に横付けした車から造作なげに降り、しっかりとした足取りで、病気などなかったようにすたすた歩く父と、以前のように小走りに父の後を行く母を目で見送り、車を置いて、建物内の二人の姿を確認してから、中庭に出ました。 

山の頂上に立つこの施設は、紅葉を残す山々にぐるりと取り囲まれ、広大な敷地の遊歩道や庭園に建ち並ぶ美しい木々や花々は、療養中の人々やリハビリの為に訪れる人々に、慰めと希望をあたえてくれるようです。
最初にこの場所を暗い思いで歩いていた4月のマリと、今こうして、ほっとし、晴れやかとも言える心で歩いているマリの違いをそっと感謝し、やはり父の愛唱歌だった「スコットランドの釣鐘草」に似た、花壇の薄紫の花を眺めながら、歌の一節を思い出していました。

*2001年12月7日(金)記



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