全6件 (6件中 1-6件目)
1
メモ誤った正しさの根拠とは?・自分にとって都合が良いから・そういう空気だから 自分にとって都合の悪い正しさを受け入れることが出来るか?→大抵の投資家はできない。特に経験が乏しい投資家 →何故? →そもそも自分にとって都合の悪い正しさが多く存在するという事を知らないから →分かり易く言うと? →自分の投資行動が間違っているという情報に耳を傾けない →何故? →自分の投資行動が正しいという情報を心地よく思いながら収集し、逆の心地よくないが自分の過ちを指摘してくれるような情報を比較的軽視してしまう そういう空気の中で違うと思われていることを正しいと受け入れることが出来るか?→大抵の投資家は出来ない。特に素直な投資家。言い換えると協調性を重んじる社会において素晴らしい素質を備えている人間 →何故? →空気の元になるのが情報。信頼性が高いと思われるような情報の後追いになっていまい、多くの場合は株価が先行してしまっているから →決算報告書で記載された内容を吟味して判断すると先回りできるのではないか? →大抵の場合は難しい →何故? →決算報告書に分かり易いような形で反映されない予想の時点で既に株価が動いているから →その株価の値動きは間違っていないか? →間違っている場合もあるし、正しい場合もある。総合的に判断しての株価推移となる →総合的に判断しての株価推移は確率的に判断して正しいか? →それは余り価値のない質問となる。実績でのリターンではリスクが考慮されない →リスクが考慮されないとは? →現実に起こらなかった可能性を加味されない統計データからの判断となる →長期的な統計データである程度判断されるのではないか? →それはかなり難しい。何故なら資本経済は往々にして行き過ぎるし、その反動がどこまで進むかは実績ベースでは判断できない →何故? →一度も起こっていないことであっても起こり得る。何より不完全な現在の株主資本主義社会がまだ不完全な形のままで存在している →崩壊するような反動がいつか来るのか? →そうかもしれないし、そうでないかもしれない →そのような低い可能性を加味しなければならないほど保守的なポートフォリオを構築する必要があるのか? →それは誰にも分からない →それであれば、株価は常に適正価格かどうか誰にも分からないと言うことになる →概ねその通りだ 余談・株価は常に適正価格か? →それは永久に誰にも分からない →それであれば株価は常に適正価格だと断言することは誰にも出来ない筈だ →異論はない →そういうが、断言できないことを断言しているように見受けられる →否定できない事を断言しているに過ぎない。むしろ、株主資本主義社会は株価は常に適正価格であれば資本膨張率が高い。今株価は常に適正価格でないとしても、今後その方向に進むはずである →何故? →株主資本主義社会が市場原理主義に振り回される時が必ず来るからだ →何故? →株主資本主義社会ではお金にお金が集まる。政府が累進課税などで格差をなくそうとする政策を十分にとっていないのであれば、格差拡大によって市場原理主義社会になっていく →(これでは話にならないので質問を一つ前に遡って、)市場原理主義社会になると何故株価が適正価格になるのか?過去の歴史ではむしろ行き過ぎる傾向にあるが? →究極的には株価が常に適正価格である方が市場原理主義社会にとって好ましいからだ →何故? →リスクとリターンが比例する社会が資本家にとって好ましいからだ(※) →何故? →資本家にとってはリスクを抑える投資をすれば良いからだ →リスクとリターンが比例しない社会でリスク小でリターン大、の投資をすれば良いと思うが →誰がそれを判断するというのだ?それを判断するのは資本家なのか? →資本家がそれを判断するような社会を構築すれば良い →資本主義社会ではそれは無理である。資本主義社会は全体として長期的に資本が膨張すれば良い。個々の資本家の資本を増やすことを第一義としていない ※この文章とは違い、僕はリスクとリターンは比例しない、というスタンスを取っています
2016.03.27
コメント(0)
個々の投資家は非合理な行動に出たとしても、投資家全体では合理的な行動になっているのだろうか?これは、下らないが延々と続く命題である。合理的な行動とは何か?短期的な視点に立った合理性と、長期的な視点に立った合理性は、当然違う。資本主義社会での合理性と、半社会主義社会での合理性は、当然違う。では、合理的な行動とは一体なんなのだ?誰がどのように決めるのだ?ということで、今回は行動ファイナンスについて書きます。僕達初心者にとって、「行動ファイナンス」という単語は不要です。中級者気取りでこの単語を使い始めた投資家がいたら、その人は迷路に迷い込んだ可能性が高いです。迷路には、何年も、或いはそれ以上迷い続けている迷路の達人がいますので、彼ら相手に頑張る事になります。ご愁傷様です。『個々人間の行動は非合理的で、その人間の集合体も非合理的。その非合理的な行動を分析する事で儲けてやるぜぐへへ、じゃなかった安定した経済成長をするようにどのように行動するべきかを学ぼう。』というのが行動ファイナンス。要するに心理学みたいなもんです。理屈は数式で表せます。でも、基本は心理学です。自分を見失わないで、非合理性の矛盾を突く。バリュー投資と一見通じる部分が大きいように思われます。バリュー投資家が行動ファイナンスに流れるのはある程度の理解が出来ます。その上で言いますが、行動ファイナンスとバリュー投資は似て非なるものですので、バリュー投資家には不要な考えです。行動ファイナンス理論を出してきたバリュー投資家は、自分を見失っていると断言できます。ちなみに、行動ファイナンスは『株価は常に適正価格』という主張をする考え方とは一線を画します。株価は常に適正価格。でも明日の適正価格とは一致しない。「むぎゅ。」で何度も言っていますよね。
2016.03.23
コメント(0)
株式投資に限らず、パニックに陥って良い事はない。パニックの原因は何であるかを冷静に捉え、原因を作らないような行動をするべきである。常に状況が急変してもパニックに陥らないような心持でいることが重要であり、そのような心持を維持できるような投資手法を取らなければならない。その心持を持たない状態で状況が急変してから行動しようと考えても、決してその通りにはいかない。
2016.03.19
コメント(0)
投資家にとって本当に必要なこととは何だろう?勤勉さ?弛まぬ努力?ちょっと違うように感じる。経験から間違いを一つ一つ正していくこと?これもちょっと違うように感じる。心の底から楽しみ続けること。これではないだろうか。楽しめればとことん追求するし、少しでも改善したいと切望する。努力なんて必要ない。自分が楽しいことを好きなようにやるだけなので、周りの雑音は気にならない。こうすれば良い、などと決め付けることもない。ああすれば良かった、などと後悔することもない。心から楽しんでいるのだから、後悔なんてある筈がない。資産に対する執着心もない。全て無くなったら最初から始めれば良いだけだ。買値はどうでも良い。資産変動は結果であって目的ではない。株価の方が自分の評価より正しい、という事を認めることも全く苦にならない。市場の歪みを利用して資産を増やそうという見地から投資を行っていないので、素直に相場と向き合える。自らの間違いを認めるのも苦にならない。誰だって、それこそ著名な投資家だって往々にして間違うし、なにより本当にそれが間違いだったのかどうかは誰にも分からない。結果論でしかない。結果論など気にならない。自分が正しいと思っていることであれば、結果的に同じ間違いを犯しても気にならない。同じ結果になったのは結果論であり、そうならなかった可能性もあったのだ。投資家にとって本当に必要なこととは何だろう?株式投資が自分の人生そのもの、株式投資をやる為に生きている、と心から素直に言えるような考え方ではないだろうか。それが幸せな人生を送れるかどうかと問われれば、YESと自信を持って答えることができる。楽しんでいるから、株式投資で損しても全く悲しくならない。自分だけが特殊だと気が付くまでに時間がかかった。みんなが株価に一喜一憂していると気が付くまでに時間がかかった。あの投資家も、あの投資家も、誰も彼も株価に一喜一憂している。そんな投資手法は無理があるんじゃないだろうか。もっと自分に合った投資手法でのんびりやれば良いのに。
2016.03.14
コメント(0)
久々にお気に入りブログ追加しました。「中長期投資の練習記録」ファンダメンタル投資を勉強されているまるのんさんのブログです。基本に忠実に、四半期決算から業績の推移を確認されています。成長銘柄を中心に分析されており、分析している企業の成長度合いが鈍化していないかを着目しています。(僕とは投資手法が異なりますが)成長銘柄が成長鈍化すると株価は悲惨な事になりますから、注目すべきポイントは抑えていると思います。しかしファンダメンタルではどうしても急激な株価変動の後になりがちですので、それに耐えられるかどうか。ブログのタイトルには練習記録と銘打っていますが、この分析について本人が練習だと思っているうちは大丈夫だと思います。このような分析は上昇相場が続く間は利益に直結するので行う人が増えるのですが、下落相場で続けられる人はなかなか居ません。下落相場が1年また1年と続く間に、このような地味な分析を続けるファンダメンタル投資家はドンドン少なくなっていきます。まるのんさんはどうでしょうか。僕は、これらの分析を練習と割り切っている間は大丈夫だと思います。コメント欄などを通じてめんどくさがり屋の人が分析を褒めると思います。褒められて調子に乗ったら終わりです。まるのんさんは、とても丁寧にコメント欄に対して返事をしています。コメント欄を通じて、素直に、真摯に相場と向き合っているという印象を受けます。自分の練習のための四半期決算分析。単調な作業の繰り返しですから、いつかはもうマスターしたと判断して違うことをやり始めるかもしれません。繰り返し、繰り返し、何度も何度も何度も何度も同じ作業の繰り返し。大抵の人はこの作業に耐えられません。何十年も、何千回も、この単調な作業の繰り返し。基礎は大事なので、同じ事をずっとずっとやり続けられる力が重要なのですね。下落相場でもモチベーションを保てるかどうか、期待の意味も含めて僕は応援したいと思います。分析については特別なことは行っていません。基本に忠実に、良い分析をされています。そして分析を基にした自分の見解を、明確に述べられています。自分の見解を述べる、これは練習としてファンダメンタル分析を行う上でとても大切なことだと思います。 グラフ化して分かり易くしていますので、結果として読者に分かり易い作りになっています。グラフが一つも存在しないこのブログとは大違いです。『むぎゅ。』と違い、ブログ内の作りも読者に親切な作りで、非常に好感が持てます。僕も見習わないといけませんね。はっはっは。
2016.03.09
コメント(1)
僕が批判するタイプの投資家は、ある事に対して正しい、とか、何かが優れていて何かが劣っている、とかそういう下らないことを言う様な投資家です。いつの時代にもバリュー投資が優れていてグロース株投資が劣っているとか、ファンダメンタル投資家がテクニカル投資家より優れているとか、PBRは低いほうが良いとかROEは低いほうが良いとか、そういう事を大声で主張している投資家が居ます。大体は誰かが出した統計データを見た反応の延長で、結果から入った思考なので浅いです。相場環境が大きく変化した時にその思考を貫けない。そんな人には「そんな事は知った上で、みんな自分に合った投資をしているのです。」と言っているのですが、なかなか分かってもらえません。統計データから投資手法の正しさや間違いを判断するのは株式初心者誰しもが通る道ではありますが、何が正解で何が間違いかなんて株式投資にはありません。株式投資に正解はない、それが理解できても別に大したことではありません。別に投資家としてレベルアップした訳じゃない。それが理解できないで、統計的にこういうデータが出ているからそれが正しい、とか馬鹿みたいに言う様な投資家が僕は嫌いです。嫌いなので否定します。僕が反バリュー投資家の立場を取り始めたのも、2005年頃に、誰とは言いませんが全く経験乏しい金魚の糞みたいな追従型のバリュー投資家(今ではそれなりに有名な方です)がブログのコメント欄を通じてテクニカル投資家を徹底的に馬鹿にしていたのを目の当たりにしたからでした。正しいのは自分の側であり、それは統計データに裏打ちされているからであり、有名で知識豊富なバリュー投資家がそう言っているからであり、またそのような人が優れたパフォーマンスを出しているからである。そういう浅はかな考えで自信満々に相手の考えを否定していました。そういう考え方も貫ければ確かに一つの正しさを持っているのでしょうが、貫ける人はそんなに多くはありません。その時々で迷いながら試行錯誤してみたり右往左往してみたりとするのです。なので僕は「統計データ」を元に投資手法の真偽を言うような投資家は投資家の中では最も浅はかな投資家だと考えています。時には軽蔑すらします。
2016.03.03
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()

