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こちらの楽天ブログが、色々な機能を終了させることになりましたね。どうしようかと色々考えたのですが、・・思い切って他のブログに移り、そこで漫画の公開をしようと思いました。今まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。どこで再開するか、まだ決まっていませんが、決まりましたら移動先をお知らせしたいと思います。今までのご縁に感謝です。
2011年12月28日
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「日本は戦争に負けたんじゃない。戦後負けたんだ。」赤堀さんの言葉が胸に刺さりました。赤堀さんは語尾を強めて言いました。「俺達は我が国を守るために、アジア独立のために戦った。 戦争には負けたが、祖国日本を守れた。 大東亜共栄圏は作れなかったが、アジアの国々はすべて独立した。 ”大東亜戦争”の目的は達成できた。」そして、ふっと目を伏せて、寂しそうに言いました。「だが、戦後占領中の戦後教育で、日本人の精神は骨抜きにされた。 2600年も続く日本の精神が、たった数年の占領で、骨抜きにされたんだ・・。」私はこの歴史を知る旅を通して、親のこと、祖父母のこと、自分のこと、色々抱えていた長年の疑問は見事に解決できましたが、今度は別の、やりきれない思いを抱える事になりました。自分のことを、「白髭の老兵」と呼ぶ赤堀さん。赤堀さんは、戦後60年以上経った今も、戦い続けています。戦争に行って戦って、戦後もずっと戦っている。私の目にはそう映りました。戦後失った「大切なもの」を取り戻そうとして、90歳過ぎても諦めず、戦い続けている・・。日本の首相が靖国神社に参拝しない状況が、長く続いていますが、実は世界では、国家に準じた英霊を国家で祭祀する(大統領や首相が参拝する)事は「常識」なんです。同じ敗戦国のドイツのコール首相は、ドイツでサミットが行われた時、レーガン大統領を伴って、ビットブルグ(ドイツで英霊を祀っている、日本でいう靖国神社)を当たり前に参拝しました。戦後の占領下の日本でさえ、首相が靖国神社を参拝することは許されていました。占領軍にしても、「ま、”常識”だからね。当然でしょ。」・・ということで許可。なのになぜか、日本でサミットが行われた時に、レーガン大統領、サッチャー首相、その他の各国代表が、「常識として」靖国神社参拝の意向を示したところ、日本政府は辞退したそうです。各国代表は、「????」だったでしょうね・・。(^_^;)赤堀さんは苦笑いをして言いました。「靖国神社に参拝に来たイギリス人に言われたよ。 ”日本の首相は、なぜ靖国神社に参拝しないのか?” イギリスにはウエストミンスター寺院という靖国神社があり、アーリントン墓地はアメリカの 靖国神社である。 戦いの勝ち負けには関係ない。 (首相が参拝する)その常識がなされていない日本は、ノーマルではない。” 俺達は首相に”参拝してくれ”って、毎年言っているんだけどね。」「知らない」って、怖いです・・。育ててくれた祖父母が戦中戦後、どういう思いで生きてきたのか、私は考えたこともなかったんです。赤堀さんのように、戦後もずっと戦っている人がいるって、知らなかったんです。祖父母とはずっと一緒にいました。でも、当たり前に平和の中に生まれ育った私は、感謝の気持ちを伝えられないまま、祖父母を逝かせてしまいました。旅を終えて、戦中戦後を生き抜いた、祖父母への感謝の気持ちが溢れ出しました。「おじいちゃん、おばあちゃんを抱きしめて、いっぱい”ありがとう、大好きだよ”って言いたい・・。 ”もうわかったよ!”って笑われるくらい、たくさん伝えたい・・。」もし実現していたら、祖父は静かに涙を流したでしょう。祖母は、優しく抱きしめ返してくれたでしょう。でも、今となっては、伝える手段がありません。この旅で知ったことを、早くに学んでいれば、祖父母をもっと労って、もっと大切にして、もっともっとたくさんの感謝を伝えられたのに・・。 私達が今、当たり前に享受している平和な国を作るために、祖父母世代が命懸けで 戦った歴史がありました。 戦後、戦犯扱いされても、敗戦国として占領されても耐え抜き、誇りを失わず、 経済大国への道を切り開いてくれました。 「命懸けで、私達に”日本”を残してくれました。」東日本大震災は、大きな悲劇を生みました。でも、日本人が失っていた大切なことを、思い出させてくれたようにも思います。いまだ、赤堀さんが叫ぶ歴史は、埋もれたままですが、赤堀さんは言います。「あんたのような若い子が、俺達の話に耳を傾けてくれて、この歴史を知ってくれて、 語り継いでいってくれていることが嬉しいよ。 俺達には希望だよ。」常日頃から、自分が経験した歴史を、このまま歴史の片隅に埋もれさせてはいけない、と言っていた赤堀さんから、本が届きました。著者は「赤堀光雄」「大東亜戦争が世界に齎(もたら)した偉大な成果」2011年 12月発売「えー!!!!赤堀さん、本出したの!!?」「白髭の老兵、いまだ諦めず。」と言わんばかりに、笑顔の赤堀さんのお写真も、同封されていました。御年93歳!!まだまだ突っ走られそうです。私達世代も、震災も不景気も吹き飛ばすくらい、頑張らなきゃいけませんね!もう一度、「日本の奇跡」を目指して・・。↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月30日
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「俺達が何のために戦ったのか、話を聴いてくれ!!」靖国神社で叫んでいた、白髭のおじいちゃん、赤堀光雄さんにお会いしたのは、歴史を知る旅の途中でした。 「靖国で会おう。」多くの日本兵が、そう言って仲間と亡くなっていった事を知り、靖国神社へ参拝に行った時のことでした。私は拡声器で参拝者に訴えていた赤堀さんが、他の人に交代したのを見計らって、近寄って声をかけました。「あのう・・、お話を聴かせていただきたいのですが・・。」赤堀さんは振り返り、孫のような年齢の私を見て、パッと顔を輝かせ、「おお、いいともいいとも。こっちへおいで。のどは乾いていなかい? よく来たね。まず、お茶でもお飲み。」と、嬉しそうに森の中のテーブルへ招き入れ、お茶を出してくださいました。赤堀さんは靖国神社を見上げ、話し始めました。「あんたみたいな若い娘さんは教わっていないだろうが、ここには英霊が眠っておられる。」「皆、国の命令で戦争へ行き、国を守るために死んでいった。英霊だ。」靖国神社では明治以降、国のために殉難した方々を、英霊として祀っています。私も靖国神社を見上げながら「おじいちゃんも、ここに祀られる覚悟で、戦争に行ったのかな。」と、ふと思いました。「俺も戦争に行った。 でも私利私欲の為じゃない。 国を守るため、そして大東亜共栄圏設立、アジア繁栄のために戦争に行ったんだ。」日本では徳川家康が天下統一をして、徳川幕府が成立して以降、260年余り戦争が起きませんでした。この期間も世界中で、ずーっと戦争が起こっていて、世界の歴史を見ても、260年も戦争が無かった国はないそうです。これは世界の歴史の中で、「奇跡」と呼ばれている出来事です。私は不思議に思っていたんです。日本人を好戦的だという人がいますが・・260年もの間、自分の国の中だけで生活できるよう、99%のリサイクル技術を編み出し、自給自足を続けてきた日本人。もしも本当に日本人が本当に好戦的な人種だったら、こんな長い間、戦争が起きないだろうか。260年もの間、のんびり平和を楽しんでいただろうか。幕末、武士は立派な日本庭園を造っては、仲間と競争していたそうです。今で言うガーデニングですね。武士が剣術ではなく、日本庭園を競う社会。いかに平和で、戦争の「せ」の字もなかったのかが、わかります。もしもあの時、黒船が来なかったら、私は今でも当たり前に、着物に日本髪だったような気する・・。日本人は好戦的という人もいる、という話をすると、赤堀さんは、「日本人が好戦的なものか。日本人は大和民族。 ”大和魂”を大切にする民族だ。」大和魂とは、読んで字のごとく、「大いに和す心。」「日本は真珠湾攻撃で、先に戦争をしかけることになったが、いきなり戦争を 仕掛けたわけじゃない。 ずっと和平交渉をし続けていた。 だが、相手から示される条件はどんどん厳しくなっていく。 外国で静かに暮らていた日本人移民は締め出され、経済封鎖され、石油輸出禁止され、 そして最後にハルノート。 戦争を決意するしかなかった。」開戦時の首相、東条英機は、戦争を回避できず、国民を戦争に突入させることになってしまう事、平和的解決を望んでいた天皇陛下のご希望に添えなかったこと、申し訳なさや悔しさや自責の念、色々な思いを抱えて、開戦前夜、自宅で一人涙を流したそうです。私は歴史を知る旅をしていて、靖国神社に来たことを話しました。赤堀さんは目を細めて、「あんたみたいな若い子がいるとは・・。日本はまだまだ、大丈夫だな。 俺も希望が持てたよ。」~つづく~↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月29日
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私の祖父も戦争に行きました。日本が戦争に負けると、祖父は仲間と共に、極寒零下40度にもなるシベリアに4年抑留されて、過酷な労働を余儀なくされ、多くの仲間が亡くなる中、辛うじて生き残り、日本に帰ってきました。「毎日、仲間の遺体を背負って外に運んでいた。」そんな話を少しだけ、聞いたことがありました。祖父は日本に帰ってきた後、激しい胃潰瘍になり、手術をしなければ死ぬ、というところまで体調を崩したと聞いていました。ところがせっかく戦争から生きて帰ってこれたというのに、手術を拒み、症状が悪化していく中、家に籠り死を待つ日々が続いたそうです。その間、祖母は子供3人を養うために、小さい体で必死に働いたと言います。祖父が手術を拒み、手遅れになる寸前、祖母に新たな命が宿っていることがわかりました。それが私の母でした。新たな命が宿ったことで、祖父は生きる決意をして手術を受け、助かったそうです。この話を聴いて、私は不思議に思っていました。「せっかく生きて日本に帰ってこられたのに、何で祖父は死を選ぶような真似を したんだろう・・?」でも、その疑問は聞けないままでした。祖父も祖母も、戦争のことはあまり語らずに亡くなりました。あまり語らないので、話したくないのかな、と子供の頭で考え、祖父母が語る以上のことは、聞かずにいました。今思えば、語り継ぐには、当時の私はあまりにも幼なかったのでしょう。そして私は大人になっても、「語りたくても語れなかった現実」があったことを、知らずに生きていたんです。長年抱いていた祖父への疑問が解消されたのは、この歴史を知る旅の途中でした。祖父の話をすると、その人は頷いて、「おじいさんが死を選びたくなるのも無理はない。 戦中戦後の価値観の変わりようは、天地がひっくり返るほどだった。 赤紙で国の命令で出兵し、国を守る英雄として戦争に送り出しておきながら、 敗戦して命からがら逃げ帰った者を、”戦犯”扱いしたんだから・・。 戦後、戦犯として処刑された人も大勢いた。 戦争へ行った多くの人間が、公職追放をされたりして、職を失ったんだよ。」 私はその時ハッとしました。記憶が鮮明に蘇ってきます。「こうしょくついほう」子供の時に、「おじいちゃんは戦後、”こうしょくついほう”されたんだよ。」悲しそうに語った、祖父の姿を思い出しました。子供だったから、”こうしょくついほう”の意味が、わからなかったんです。戦争のことは、あまり語らずに亡くなった祖父母。幼い私を見て、「語り継ぐには、あまりにも幼過ぎる、理解できない事も多かろう・・。」そう思いながらも、それでも祖父母はポツポツと私に語り継でいました。今まで眠っていた、語り継がれた記憶は、恐ろしい勢いで蘇ってきます。「おじいさんは家から出なかったんじゃない。 たぶん、出られなかったんだよ。」私は一瞬めまいがしました。なぜ私は、自分の国のことなのに、おじいちゃん、おばあちゃんが経験した歴史なのに・・、なんで何も知らないんだろう・・。~つづく~↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月28日
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戦争跡地や、戦争に関わりの深い場所、わかる範囲を片っ端から行きました。「ネットや本で調べれば?」と助言をくれた人がいましたが、残念なことに私には何が嘘で何が本当なのか、真実を見極める目がありません。実際に行ってみなければ、現地に行って、現地の空気を感じてみなければ、わからないことがきっとある!!なぜ日本はこんな風になってしまたのか、なぜ私は実の親に押し潰され、死の淵をさまようほど、苦しまなければならなかったのか?若者の暴走が始まります。戦争跡地など現地に行っては、戦争の話を聞かせてくれる人を探して、探して、頼み倒して、お話を聞かせていただきました。「なぜか知りたいんです!教えてください!!お願いします!お願いします!!!」もちろんアポなし。常に門前払い覚悟の突撃訪問・・。(^_^;)若者というよりバカ者・・。ところが不思議なことに、縁が縁を呼び、どこに行っても門前払いをされることなく、むしろ「こんな若者を待っていた」と、色々な方がお話を聴かせて下さいました。遠い昔を思い出すように、目を細めながら、静かに話が始まります。・・日本が戦争に突入した頃、アジアで独立していたのは、タイと日本のみ。あとは全て植民地。「あの戦争が始まったのは、そんな時代だった・・。」そんな話を聴きながら、そういえば植民地を世界中に持っているから、「日の沈まない国イギリス」って、歴史の授業で習ったな・・と思い出していました。「日本が戦争を始めて、植民地にしたと言われているが、日本が戦争を始める前から、 すでにアジアのほとんどの国が、植民地だった。」「今は太平洋戦争と言われ、アメリカと日本の戦いのように言われているが、 あの戦争が始まった時は、”大東亜戦争”だったのを知っているかい?」私は首を横に振りました。だって初めて聞いた言葉。「大東亜戦争」。「アジアの国々が植民地から脱却をして独立をし、日本も含めて”大東亜共栄圏”を作り、 欧米列強と同等に付き合っていけるようになろう、という目的で、アジアで始まった戦争だから、 ”大東亜戦争”。」・・そんな話、聞いたことない・・。私は無言で眉間にしわを寄せて、うつむいて聴いていました。~つづく~↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月27日
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私は昔から歴史が好きで、よく歴史の本を読んでいました。歴史の中では、もちろん残酷なこともありましたが、偉大な日本人がたくさん出てきます。意志が強く強かで、優しくて、思いやり深く、正義感が強く、いざという時は一致団結して助け合い、困難に立ち向かっていく、大和魂を受け継いできた大和民族、それが日本人。日本人に生まれて良かった!!・・はずでしたが、現代の日本を見ると、だいぶ違う。身近には、自分さえ良ければ我が子でも踏みにじる、という両親。私に無償の愛を注いで育ててくれた、明治生まれの祖母。このギャップはなんなんだろう??「何で日本はこんなになってしまったんだろう???」親に心を踏みつぶされて育ち、高校3年間、たっぷり生死の淵をさまよった私は、その疑問を探るべく、日本の歴史を遡ってみると、一部すっぽり抜けている事に気が付きました。第一次、特に第二次世界大戦です。第二次世界大戦なんて、数十年前に起こった戦争なのに、ほとんど知らない。なんとな~く、歴史の授業で聞いたような、聞かないような・・うにゃうにゃ・・。「そこに何かある気がする!!」直感に従い、私は歴史を探る旅に出ました。この時はまだ、新たな歴史を知ったら、また違う悲しみ、苦しみを背負うことになるとは、知る由もない時期でした。~つづく~↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月26日
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「元気応援歌」 悲しくても元気が良く つらくても元気がいい。 貧しくても元気がよく くじけても元気がいい。 元気があれば何でもできる。 元気があればどうにかなるさ。 とにかく元気でがんばろう! by神々の里 出雲思わず「byアントニオ猪木」と書きそうになってしまいましたが・・。(^_^;)「元気」とは「全ての元となる気」。全ての元になっているのが「気」だと思います。「病は気から」「襤褸(ぼろ)は着てても心は錦」昔の日本人はほとんどが貧しく、ボロを着ていながらも、心には錦を飾っていました。「佐賀のがばいばあちゃん」にも描かれていますが、貧しくても、ボロを着ていても、誇り高く元気で明るく、前向きで勤勉で元気でした。「元気」がみなぎっていました。だからこそ、この災害大国日本は、2600年以上も続いてきたんだと思います。先人に学ぶことは多いです。よし、現代人も負けてはいられない、今日も元気に頑張ろう!↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月21日
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「しあわせ八変化」・自分が変われば 相手が変わる・相手が変われば 心が変わる・心が変われば 言葉が変わる・言葉が変われば 態度が変わる・態度が変われば 習慣が変わる・習慣が変われば 運が変わる・運が変われば 人生が変わる今幸せな人は、そのままでいいんです! by神話の里 出雲幸せな人は、幸せになるコツを実行している人なのかもしれませんネ。↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月20日
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ちょっと忙しくて、漫画が仕上がらないので、独り言を・・。家に飾ってある言葉です。「つもり違い十ケ条」1、高いつもりで低いのが教養2、低いつもりで高いのが気位3、深いつもりで浅いのが知識4、浅いつもりで深いのが欲望5、厚いつもりで薄いのが人情6、薄いつもりで厚いのが面の皮7、強いつもりで弱いのが根性8、弱いつもりで強いのが字が9、多いつもりで少ないのが分別10、少ないつもりでい多いのが無駄そのつもりで頑張りましょう!」by神話の国 出雲出雲へ行った時に、一目惚れで買ってきました。自分への戒めのために、目に付くところに飾ってあります。見るたびにザクザク胸に刺さります。いつか、十カ条クリアできることを目指して・・日々精進です!↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月12日
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2011年11月11日
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世界の人口が70億人に到達したそうです。一生のうち、この地球上70億人もいる中で出会える人って、ほんの一握りです。すれ違うだけで、すごい確率です。奇跡のような「ご縁」なくして、なかなか会えるものではありません。ですから、出会って良かったと思う人、そうでない人もいましたが、今まで出会った人全てに感謝です。正直、中には「できれば会いたくなかった」と思うような人もいました。潰そうとする人、足を引っ張る人、陰口を言う人、騙そうとする人、蹴落とそうとする人、自分さえ良ければ良い人、迷惑ばかりかける人‥、色々な人がいました。でも振り返ってみると、良い人は良い人なりに、良くない人は良くない人なりに、出会った人全てが、大きな学びをもたらしてくれました。今まで起こった出来事、すべてに意味がありました。良いことも、悪いことも、意味なく起こるわけではないようです。だから、意味のない出会いなんか、無いんだなって思います。「出会った意味」を自分で掴めるかどうかなんだなって。嫌な出来事、悪い出来事を、嫌なこと、悪いことで、終わらせないでくださいね。隠れている意味をそっと見つけてください。それはあなたを成長させてくれる、宝物になるでしょう。転んで痛い思いをして、タダで起き上っちゃいけません。石でもワラでも掴みましょう。出会いという名の贈り物、これからも大切にしていきたいです。↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月10日
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~ 大切なことは、過ぎ去りし日の中に ~今日ふっとそんな言葉が浮かびました。私が実際に大人になって、過去の経験を漫画で描いていて思うことは、「大人になると言い訳が上手くなるな~。」ということです。セラピストをやっていた時、特に感じたのですが、年齢がいけばいくほど、「でも」「だって」「だから」という言い訳が返ってきます年齢が若いほど、素直に「はい」という返事が返ってきます。大人になればなるほど、年齢を重ねれば重ねるほど、自分を納得させるための言い訳も、他人を言いくるめるための言い訳も、自分を正当化するための言い訳も、全部上手くなります。色々な人と仕事をしていると、仕事をやたらサボりたがる人がいます。そういう人はとても言い訳が上手です。いつ怒られても逃げ切れるように、ちゃんと言い訳を準備してあるんですね。私の両親も言い訳上手でした。すべて自分で選択して生きてきたはずなのに、自分の間違いも、自分の思うようにいかない事も、いつの間にか全て他人のせいになっていました。物事のすり替えが天才的にうまかったんでしょう。でも、言い訳はしょせん言い訳です。自分にも他人にも言い訳をして生きていって、行きつく先には、何が待っているんでしょう?私は自分にも他人にも、言い訳をしないように生きています。結婚する時、正直に夫に言いました。私:「漫画描き始めると、人間辞めた生活になります!」夫:「いいんじゃない? 誰にも迷惑かからないし。」私:「四角い部屋を丸く掃除するよ。」夫:「なんで?」私:「たぶんね・・、前世が”ナマケモノ”だったんだと思う・・。」夫:「いいんじゃない? 部屋の隅のホコリで死ぬわけじゃないし!」漫画描いていて四角い部屋を丸く掃除してあっても、「そういうヒトだ」とわかっているので、夫は文句を言いません。私も言い訳をしなくて済みます。「他人様に迷惑をかけない範囲で、言い訳せずに、自分に素直に正直に・・。」幼い頃からの思いです。みんな大切なものは、過ぎていった日々の中に、置いていってしまうのでしょうか。でも、もしも気付いたら、取りに行きましょう。大切なものは、あなたが戻ってきてくれることを、きっと待っているはずです。↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月09日
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漫画の方がなかなか仕上がらないので、独り言を少し・・。今描いている「LAST LETTER」は、私が看護学生の時に経験した実話です。漫画として読みやすいように多少手は加えてありますが、当時の看護記録を読み返しながら、なるべく当時のままを描いています。漫画の中で”看護婦さん”になっているのも、(今は看護”師”さんに変わっています。)当時は「看護婦さん」だったため、当時の気持ちに戻って描きたい私は、あえて「看護婦さん」のまま描いています。(看護師に変わった事を、知らないわけではないんですヨ・・(^_^;))当時を思い出しながら、漫画を描いていていつも思うのは‥、「過去の自分は、こんなに一途に一生懸命生きていたんだ・・。」ということ。患者さんに拒否されても、患者さんを思う気持ちが折れることなく、ただひたすら患者さんに喜んでもらうため、頑張っていました。看護学生の実習中って、自分の時間が全くとれないほど、半端なく忙しいんです。精神的にゆとりもない、慣れない医療現場での緊張の連続。そんな中でも、仲間と力を合わせて、一生懸命に患者さんに向き合っていました。「・・完全に今の大人の自分、過去の自分に負けてるじゃん」こんなに当時のことを、詳しく思い出すことは今までなかったですが、思い出しながら描いていると、何だかな~と思ってしまいます。「諦め上手な、カッコ悪い大人になりたくない!!」と思って、生きていたあの頃。その気持ちに今も変わりはないですが、過去の自分から見て、今の自分はどう見えるのか、‥‥‥聞きたくないです。(タイムマシンがなくて良かった!!)一人でコツコツ漫画を描いていると、誰かが私に問いかけます。「今の大人のあなたは、過去の自分に胸を張って会えますか?」実習時代は、「大変だった」という思い出しかないくらい、大変でした。でも、仲間と助け合い、励まし合い、力を合わせ、純粋に一途に一生懸命、生きていた・・。誰にでも若い頃がありました。誰にでも、目指していた大人があったと思います。今、漫画を描いている時間は、私にとっては初心を思い出す旅にもなっています。「初心 忘れるべからず」どうせなら、過去の自分に胸を張って会えるような、そんな大人になりたいですね!↓参加しているので、気に入ったら毎回クリックしていただけると、励みになりますにほんブログ村
2011年11月08日
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2011年11月07日
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2011年11月06日
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2011年11月05日
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2011年11月03日
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2011年11月02日
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2011年11月01日
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2011年10月31日
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2011年10月30日
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2011年10月29日
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2011年10月28日
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2011年10月27日
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2011年10月26日
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2011年10月18日
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2011年10月13日
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2011年10月12日
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2011年10月11日
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2011年10月10日
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2011年10月09日
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2011年10月08日
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2011年10月07日
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2011年10月06日
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2011年10月05日
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2011年10月04日
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2011年10月03日
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2011年10月02日
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2011年10月01日
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2011年09月30日
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2011年09月29日
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2011年09月28日
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2011年09月27日
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2011年09月26日
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2011年09月25日
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2011年09月24日
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2011年09月23日
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2011年09月23日
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2011年09月22日
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2011年09月21日
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