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2002年12月30日
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安らぎ「危険な習慣を克服する」
 飲食に関して極端に走りがちな人も多くいる。食べ過ぎによって生じ得る結果には、糖尿病、がん、心臓病などがある。アルコールを乱用すれば、アルコール依存症、肝硬変、家庭の崩壊、交通事故など不随的な問題が生じる。他の極端として、度を越したダイエットがある。これも有害な影響を及ぼすことがあり、拒食症など、命にかかわる摂食障害のきっかけになることがあるかもしれない。
 聖書は医学書ではないが、飲食に節度を保つ必要性について率直な助言を述べている。「我が子よ、聞いて賢くなり、あなたの心を導いて道に進ませよ。ぶどう酒を多量に飲む者や、肉を貪り食う者の仲間に加わってはならない。酔いどれや貪欲な者は貧困に陥るからである」。とはいえ、聖書は、食べたり飲んだりすることは楽しいものであるべきだと述べている。『人はみな、食べ、まさしく飲み、そのすべての骨折りによって良いことを見るべきである。それは神の賜物なのである』。
 聖書は、体の運動に関しても平衡の取れた態度を取るように勧めており、「体の訓練は少しの事には益があります」と述べている。しかし、さらに、「敬虔な専心はすべてのことに益があります。それは、今の命と来るべき命との約束を保つのです」と付け加えている。『敬虔な専心に、今でも益があると言えるのはどうしてだろう』と思われるだろうか。多くの点で益がある。敬虔な専心は、重要な価値を持つ霊的な特色を人の生活に加えると共に、愛、喜び、平和、自制といった有益な特質を育む。それらの特質は、積極的な見通しを持ったり、健康を維持したりするのに寄与する。
2002/12/31 15:35:24

安らぎ「金銭に対する愛というわな」
 一刻も早く裕福になろうとして、多くの人は金銭面で大きな危険を冒す。残念なことに、そうした危険を冒せば、しばしば経済的な損失や破滅に至る。しかし、聖書は神の僕に対して、「骨折って働き、自分の手で良い業を行ない、窮乏している人に分け与えることができるようにしなさい」と述べている。確かに、骨折って働く人がいつでも裕福になるわけではない。それでも、そのようにする人は、思いの平安や自尊心、さらには恐らく価値ある目的のために寄付できるお金さえ得ることになる。
 聖書は次のように警告している。「富もうと思い定めている人たちは、誘惑とわな、また多くの無分別で害になる欲望に陥り、それは人を滅びと破滅に投げ込みます。金銭に対する愛はあらゆる有害な事柄の根であるからです。ある人たちはこの愛を追い求めて……多くの苦痛で自分の全身を刺したのです」。
 「富もうと思い定めている」大勢の人たちが裕福になることは否めない。しかし、そのために何が犠牲になっているだろうか。自分の健康、家族、霊性だけでなく、睡眠の質さえ悪影響を受けるのではないだろうか。


2002/12/30 21:38:28

安らぎ「不道徳の苦い結果」
 今日、道徳的な制約を放棄している人が多くいる。エイズの流行は、そのような状況がもたらした一つの結果である。WHOによると、エイズが流行し始めて以来、1,600万人を超える人々が亡くなり、現在では約3,400万人の人が、エイズの原因となるHIVに感染しているということである。乱交、麻薬中毒者が使用した汚れた注射器、汚染血液の輸血などによってエイズに感染した人も少なくない。
 不品行の結果としては、ほかにも、ヘルペス、淋病、B型およびC型肝炎、梅毒などがある。聖書時代に、それらの医学用語は用いられていないが、当時一般的だった特定の性感染症にかかると、どんな器官が冒されるかは知られていた。例えば、箴言7章23節には、淫行のひどい結果について、「矢が彼の肝臓を切り裂く」と述べている。梅毒は肝炎と同じように、通常は肝臓を冒す。クリスチャンに『血と淫行を避けるよう』命じる聖書の言葉は、まさしく時宜にかなった愛ある助言なのである。
2002/12/30 21:37:56

安らぎ「命にかかわる依存症と闘う」
 WHOによれば、現在、世界全体で10億人を超える喫煙者がおり、たばこが原因で死亡するとされる人は年間400万人ほどになる。この数字は今後20年から30年の間に、およそ1,000万人にまで増加するものと見られる。その数字には含まれない膨大な数の喫煙者、それに“気晴らしのために”麻薬を使う人たちは、依存症のゆえに、自らの健康や生活の質を台なしにすることになる。
 神の言葉は、たばこの使用や薬物の乱用にはっきり言及はしていないが、そこにある原則は、それらの習慣からわたしたちを保護することができる。例えば、コリント第二7章1節には、「肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め……ようではありませんか」とある。たばこと麻薬が、多くの有害な化学物質で肉を汚す、つまり体を汚染することに疑問の余地はない。こうした原則を当てはめるなら、命が重大な危険にさらされる事態は減少するのではないだろうか。
2002/12/30 21:36:35

安らぎ
危険の多い世界にあって安らぎを見いだす


 聖書は、地雷の地図および地雷を識別する訓練に例えることができる。聖書には、命が関わる危険を避けて生活上の問題に対処するための、比類ない知恵が収められている。
 箴言2章10,11節にある、人を安心させる約束に注目すると「知恵があなたの心に入り、知識があなたの魂に快いものとなるとき、思考力があなたを守り、識別力があなたを保護するであろう」。ここで述べられている知恵と識別力は、人ではなく神を源とするものである。「[神の知恵]に聴き従う者は安らかに住み、災いの怖れによってかき乱されることはない」ともある。聖書がどのようにして安心感を増し加え、多くの問題を回避する助けになるのか。調べる価値があるのではないだろうか。

命にかかわる事故を避ける
 最近公表された世界保健機関の統計によれば、交通事故による年間死亡者数は、世界全体で約117万1,000人に上っている。そのほかにも4,000万近い人たちが負傷し、800万以上の人が長期にわたる身体障害に苦しんでいる。
 車を運転する時には絶対安全ということはあり得ないが、交通規則に従えば、身の安全はかなり保てる。交通規則の制定や施行にかかわる政府の権威に関し、聖書は、「すべての魂は上位の権威に服しなさい」と述べている。交通事故にはしばしば恐ろしい結果が伴なうが、運転手がこの助言を忠実に守るなら、そうした事故に遭う危険は減少する。

 当然のこととして、人間の命に対する敬意の中には、自分の車や家が道理にかなった範囲で安全であるようにしておくことも含まれる。古代イスラエルにおいて、安全は生活のすべての面で高い優先順位を与えられていた。例えば家を建てる時、神の律法によれば、家の屋上に欄干を造ることが必要であった。屋上は家族の活動の場として、かなり使われていたようである。こう記されている。「あなたは屋根のために欄干も造らなければならない。[だれかが]そこから落ちて、あなたが自分の家に血の罪をもたらすことのないためである」。(申命記22:8)安全に関するこの律法に従わなかったためにだれかが落ちた場合、神はその家の所有者に責任があるとされた。(現代でもそうだよね。所有地や所有物に関し所有者が安全管理を怠っていた場合とかね)この律法に表わされている愛のある原則(愛と結びつけ考える人は少ないかもね)を適用すれば、仕事場での事故だけでなく、レクリエーションのときの事故さえ、最小限に抑えられるだろう。

 この後は、「命にかかわる依存症と闘う」、「危険な習慣を克服する」、「不道徳の苦い結果」、「金銭に対する愛というわな」などについて聖書の原則を適用することで得る安らぎについて書いてみようと思う。
2002/12/30 0:44:24





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最終更新日  2002年12月31日 15時35分24秒
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