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2002年12月31日
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襲った相手の目の前で拳銃を振り回しながら、「金か、命か!」と迫る強盗の話を聞いたことがあるかもしれない。今日、あらゆる人―とりわけ豊かな国に住む人たちは、このおなじみの要求に直面し、ジレンマを感じている。しかしこの場合、要求を突きつけているのは強盗ではない。むしろ、金銭面や物質面での成功をますます強調するようになっている社会情勢である。

 そのため、それまでになかったような問題や懸念が幾つも生じた。金品を手に入れるためにどれほどの犠牲を払うべきだろうか。資産が少なくても満足できるだろうか。人々は実際には、物質主義という祭壇に「真の命」をいけにえとしてささげているのだろうか。金銭は幸福な生活への近道なのだろうか。

金銭に対する執着
 正当なものもそうでないものをも含め、金銭欲は人間が抱く欲望や愛着の中で一、二を争うほど強いもの。性欲や食欲とは異なり、金銭に対する執着は絶えず存在し、際限がない。年を取れば収まるということもないようだ。年を取れば取るほど、金銭と金銭で買える物にたいする関心や、それらについての心配はかえって増加する場合が多いかもしれない。
 貪欲はますますエスカレートしているようだ。ある人気映画では主人公が、「貪欲であればうまくゆく。貪欲はためになる」と述べている。1980年代を“貪欲の時代”と呼ぶ人は少なくないが、それ以前や以後に起きた事柄は、何年たっても金銭に対する人間の反応がほとんど変わっていないことを示している。
 変わったのは、かなり多くの人にとってもっと多く得たいという欲望をすぐに満たす機会があることかもしれない。世間の人々の大部分は、より多くの物を生産したり手に入れたりするのにほとんどの時間とほとんどのエネルギーを費やしているようである。現代の生活では、富を持つことと金銭を使うことに猛烈な―そして多くの場合、極めて独創的な―努力がなされてきたということは間違いない。
 しかし、人々はそうすることによって以前より幸福になっているだろうか。聡明で非常に裕福でもあったソロモン王は3,000年前に、その疑問に答えてこう書いている。「ただ銀を愛するものは銀に満ち足りることなく、富を愛する者は収入に満ち足りることがない。これもまたむなしい」。現代社会に関する種々の研究は、これと同様の興味深い結論を出している。

金銭と幸福

 物や金銭を飽くことなく追い求めていてふと、『新しく買ったものはみな気に入っているはずなのに、結局、満足感はこうした楽しみがあっても大きくはならない。なぜだろう』といった疑問を抱くようになる人も少なくない。
 In his book Happy People,author Jonathan Freedman notes:「いったん最低限の収入を得ると、自分が持っている金銭の額は、幸福になることとはほとんど関係がなくなる。貧困ラインを上回っていれば、収入と幸福との関係はごく小さいものになる」。個人の幸福にとって本当に重要なのは、霊的な資産、人生における有意義な仕事、それに道徳的価値観を持つという点にあることに、多くの人が気づくようになった。また、人間関係、争いや抑圧からの自由なども大切である。争いや抑圧は、持っているものを楽しむのを妨げる恐れがあるからである。
 今日のほとんどの社会悪の根底に、実際には精神面の問題である事柄を物質上の繁栄によって解決しようとする傾向があると、多くの人は理解している。一部の社会解説者は、悲観主義と不満が広がっている、と言う。また、裕福な社会の人々は、治療士に診てもらったり、導師、新興宗教、治療集団などに人生の意味や心の平和を求めようとする傾向が強い、とも言う。このことは、有形の物質が人生に真の意味を付与できないことを証明している。

お金の力と無力さ
 もちろん、お金には力がある。お金があれば、立派な家や優雅な衣服、見事な家具などが買える。お世辞やへつらいも買えるかもしれない。一時的に親切にしてくれる友人さえ幾人かできるだろう。しかし、お金の力もそこまでである。わたしたちが最も必要としているものは、ほんの一人の真の友人が示してくれる愛であれ、心の安らぎであれ、臨終の際に感じるささやかな心の慰めでさえ、お金で買うことはできない。
 ソロモン王は、当時、お金で買えた良いものをすべて持っていたが、物質の所有物を頼みにしても永続する幸福は得られないということを認めていた。お金は銀行の倒産やインフレによってなくなってしまうことがある。土地家屋は激しい嵐によって破壊されることがある。保険は物的損害をある程度補ってくれるかもしれないが、感情的な損害は埋め合わせてはくれない。株や債券は突然に起きる経済恐慌で一夜のうちに無価値なものになってしまうことがある。たとえ給料のよい仕事に就いていても、明日はその仕事がなくなってしまうかもしれない。
 では、どうすれば金銭をそのあるべき位置に保つことができるだろうか。真に価値のあるもの、つまり「真の命」を得るにはどうすればよいかを知るために、この問題をさらに深く検討してみることを勧めたい。
 もちろん、これは個人的な問題です。しかし、今の体制に少しでも疑問を感じている人たちには是非、探し出してもらいたい事柄です。





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最終更新日  2002年12月31日 15時33分54秒
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