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2003年02月13日
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さまざまな感情がわき上がってきたとしても、それは当然の反応であるから安心して欲しい。たとえ体に病気や障害があっても、内面の意識は病気がもたらす変化に抵抗しようとする。まるで自分と病気が綱引きをしているように思えるかもしれない。以前の自分と将来の自分が闘っているかのようだ。そして、今のところ、病気のほうが優勢に思えるかもしれない。それでも、形勢を逆転させることは可能である。どうすればよいのだろうか。
 「病気のために何かを失うと、死に直面したかのようにも感じる」と、キティー・スタイン博士は述べている。だから、健康という、自分にとって大切なものを失った時には、さながら愛する家族を亡くした時のように、ある程度の期間泣いたり悲しんだりするのも極めて正常なことなのだ。実際、失ったものは健康だけではないかもしれない。ある女性はこう説明している。「わたしは仕事を辞めなければなりませんでした。……それまではずっと自立した生活を送っていましたが、それも断念しなければなりませんでした」。そのような場合でも、失ったものに対する釣り合いの取れた見方を保ってもらいたい。自らも多発性硬化症を患っているスタイン博士は、こう付け加えている。「失ったもののことを嘆くのは当然だとしても、まだ残っているもののことも理解する必要がある」。確かに、ひとたび最初の涙を切り抜けると、まだ損なわれていない大切なものがあることに気づくだろう。その一つとして、状況に対する適応力がある。
 船乗りは、嵐を静めることはできないが、船の帆を調節することによって嵐を切り抜けることはできる。同様に、生活に入り込んできた病気を制圧することはできないとしても、「帆」を調節する、つまり自分の身体的、精神的、感情的な面を適応させることによって病気に対処することはできる。治りにくい病気を抱えている他の人たちにとって、どんなことがこの点で役に立ったのか、次回書いてみようと思う。





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最終更新日  2003年02月14日 00時35分54秒
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