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2003年08月02日
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 自分と他の人を傷つけずにすむ方法

 人々が存在する限り、うわさ話がなくなることはないだろう。友人や知人に関する打ち解けた世間話は、互いに意思を通わせ、健全な関係を維持する上でなくてはならないものでもある。

 とはいえ、人を傷つける悪意のあるうわさ話、つまり中傷が許される理由は全くない。その種の話は人を傷つけ、痛めつける。人の生活や人間関係や評判を台なしにすることさえある。妥当な線を踏み越えて、有害なうわさ話にふけるようなことを避けるには、どうしたらよいか。どうすれば、有害なうわさ話から自分の身を守ることができるか。この点に関する助言をほんの一部見てみたい。

舌を抑える :「会話は頭の運動だが、うわさ話は舌の運動にすぎない」と言われている。実際、人を傷つける言葉は大抵、悪意から出るというより、話す前に考えることをしないために出てくる。他人のことをべらべらしゃべる人もいる。そういう人は、ほとんど結果を考えずに、尾ひれをつけたり、話を誇張したり、ゆがめたりする。友人や配偶者や子供の失敗についても、当人にどれほど害が及ぶかを考えずに漏らしてしまう。

「言葉が多ければ違犯を避けられない。しかし、唇を制する者は思慮深く行動しているのである」。(Proverbs 10:19)言い換えれば、話す前に考えるということである。ほかの人について何かを話す前に考えるのである。『本人のいるところでもそう言えるだろうか。自分のことをそんなふうに言われたらどう思うだろうか』と自問してみる。(Matthew 7:12)Psalms 39:1.にはこうある。「わたしは自分の道を守って、舌で罪をおかすことがないようにしよう。……わたしは自分の口にくつこを守りとしてはめよう」。

 確かに、舌を抑えることが不可能のように思える状況はあるかもしれない。例えば、自分か自分の家族がひどいことをされたという強い疑念を抱く場合があるかもしれない。証拠はないにしても、何か手を打たなければいけないように感じる。信頼できる友人や権威のある人にその件を話したら中傷になるだろうか。だれかに助言を求めるなら、悪意のあるうわさ話をすることになるだろうか。決してそうではない。ひそかに話し合うことは賢明な方法である。言うまでもなく、そういう微妙な状況に取り組む際には、良い判断を働かせ、一方に偏らないことが大切である。―Proverbs 15:22.





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最終更新日  2003年08月02日 11時23分35秒
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