持っていった本3冊
「たそがれ、遥かに」 エリ・ヴィーゼル著 前田直美訳
読みにくい本やったけど、重たいもんが残ってる。
ヴィーゼルさんは、ルーマニア出身のアメリカのユダヤ人作家。ご自分のホロコースト体験を自伝的に書いた本を記し、1986年にノーベル平和賞を受賞してはる。
「ヒロシマを生みだしたのは、アウシュヴィッツであって、もし人類が核爆弾によって滅びるにいたるとすれば、それはアウシュヴィッツの懲罰であろう」と別の著書の中で書いてはるそうです。
全世界がユダヤ人の受難に無関心だった。米国はこの前例を見て、世界はヒロシマの受難にも無関心だろうと予想できたから、非人道という非難を浴びはせぬかと気にすることなく原子爆弾を広島に投下することができた、という意味やねんて。
「傍観者には人間らしさはこれっぱかしもない。舗石にのっている小石、獣の死骸、枯れ木。それがそこにあって、それはぼくたちより生き延び、それはじっとしたまま動かない。傍観者は、ものの水準にまで落ち込んでしまう。」
この本の中では「狂気」「不信」というモチーフが、ユダヤ教、友情、アウシュヴィッツというテーマと絡みあい、過去・現在とオムニバス形式で話が進んでいく。主人公「ラファエル」は、ニューヨーク郊外の奇妙な精神病院で、患者たちの話を聴くことによって、光を見出したのかもしれない。
ラファエルは「狂った神」に問う、
「私は、人々が苦しむのを見た、子どもたちが死んでゆくのを見た。私があんたに語りかけるのは彼らの苦しみの名においてなんだ。あんたはこの苦しみを正当化できるのかい?」
「どうして私がそれを正当化しなきゃいかんのかね?ある者たちが殺し、それは私の過ちだという。殺人者たちが殺すのを別の者たちが許す、それもまた私のあやまちだと言うのかね?」
「あんたはそれを止めることができるだろう」
「確かに、私には止めることができる。しかし、それなら、私はほかのすべてのことも防げるべきだったろう。殺戮だけでなく、それに先立つすべてを。私は殺人者が生まれるのを妨げるべきだったのだろう、その共犯者が成長するのを、社会が機能するのを妨げるべきだっただろう……。子どもたちが炎のなかに投げ込まれないために私が介入すべきだったのは正確にどの時点か、あんたは言えるかね?最後の瞬間だけかね?その前は違うのかね?もしもっと前なら、それはいつ?それが考え出されたときかね?命令が伝えられたときかね?・・・・」
そしてラファエルは言う。
「慈悲深い神、愛の神よ、憎しみに突き動かされえた殺人者たちが、あまたのユダヤ人共同体に押し寄せ、血の海、火の海に沈めたとき、あんたの愛はどこにあったのか?」
狂った神は言う、
「あんたは私を苦しめる」「どれほど私を苦しめているか、あんたはわからないのだ」
そしてまた、
「あなた自身のために叫ぶのではなく、他者のために叫ぶことです。そして、同様に、私の、ためにも」とも
神たらざるをえない神を憐れむ・・・・。
注釈が山ほどついてて、むずかしいし、わかったとはとても言えないけれど、ヴィーゼルさんにしか、書きえないことなんやなあ、ということはなんとなく感じた。
少なくとも、私にできることは、無関心でいないことやろうけど。これもむずかしいなあ、小石になってたほうが楽なこと多いもんなあ。
「たそがれ、遥かに」
東京奇譚集 村上 春樹著
これは帰ってから。あっという間に読める短編集やった。
カウンセラーが出てくる「品川猿」がおもしろかったな。カウアイ島のハナレイ・ベイが舞台のお話もあったよ。![]()
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