平成中村座を 出て
、今戸橋を渡る。橋とはいうても、今残ってるのは橋の柱だけで、山谷堀は埋め立てられて山谷堀公園になってる。
全盛期には、隅田川から山谷堀に入り、新吉原まで水路を猪牙船(ちょきぶね)で行き来してた。
紙洗橋のところで土手通りに出て、キングステーブルで550円のスペシャルミックスサンド(ヒレ・コロッケ・メンチカツ)を買うた。もう、ほとんど売り切れてた。
馬道(うまみち)が紙洗橋の交差点のところから、土手通りになる。
これが日本堤らしい。
地方橋の交差点のところに、東京都下水道局.の日本堤ポンプ所があった。
「日本堤」がやっと出てきた。でも、ここの住所は台東区浅草5丁目。
その先には、日本堤消防署。
次の信号が、吉原大門の交差点になる。
「日本堤」というと、「助六」や「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」の土手のお六を思い浮かべる。
吉原大門交差点の東側が日本堤1丁目になってた。
少し先には、風情のある日本家屋が並んでる。
明治22年創業の江戸前の天ぷらの「土手の伊勢屋」と明治38年創業の「桜なべ中江」。
天ぷらや馬肉を食べて、精をつけてから新吉原へ向かうたんかなあ。
次は、新吉原へ潜入。
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