星の髪飾り

星の髪飾り

2007/05/01
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オープンまでの一時間、フロアーも厨房も導線に伴なう音や湯気が、話し声を吸い込む為、

ひといろ違う空気が広がる。 

「いらっしゃいませー」の一声までに凝縮された下準備。 

バックヤードというポジションは、物理心理の有り様を実に都合よく観察できる。 

店長の不景気な顔やヤングママのイライラ。 新チーフの奮闘、期間限定の助っ人のご機嫌。 

それらを把握してその日の空気を読む小林。  

 こうしていつもと変わらぬ「街路樹」がオープンを迎える。



 ライブ当日まで一月。 合同練習を終えたメンバーの動きが変わる。  

千尋のしなやかな両手は時折カウンターの上に置かれ、指は鍵盤を左右に流れる。

矢沢はつぶれたマメを庇いながら、重たい皿をせっせと運び、奏はトイレで口ずさんで

ノックする人を遠ざける。 そして裕子は長めの菜箸で釜を叩いて洋介に頭を小突かれる。

「右足で何を踏んでるの? どこから見つけてきたの?」

「ああ、見つかっちゃった。 倉庫に重なってたのよ、バケツの蓋」

「まあ、いいけどさ。 力、入ってるね」

 裕子は苦笑いした後、エビに衣を付けはじめる。 大きいホテルパンにエビがお行儀良く

並ぶ頃、小林の大きな手がカウンターににょきっと現れ、早速催促する。

「エビ、下さい」 (ほら来た!)

 このタイミングを物にしてからというもの、裕子の中で何かが変わった。



 いち早く休憩に入った裕子は、髪を結わいて袖捲りした後、従食を食べ始めた。

しばらくして奏がふーふー言いながらやってきた。

「お疲れ様!」

「裕子さん、よかったー。 まだ誰も上がってこないね」

 隣にちょこんと腰掛けてた奏は、そう言ってバックから取り出した封筒を暫く眺めていた。

「はい、これ」

 裕子が触れたそれは、思っていた以上に厚く母親の手前、心に笑顔の仮面をつけて

過ごした日々がうかがえた。

「じゃあ招待状、入れるよ?」

「うん。 来てくれなくてもいい。 この手紙を読んでくれれば・・・正直、会うのは恐いし

パパには新しい家族がいるし」

 ふたりは閉じた封筒をじっと見つめた。

「裕子さんの住所で、ごめんなさい」

「大丈夫。 お父様も、ね、会社宛てなら大丈夫でしょう。 じゃあ、裏は連名でね」

「はい。 お願いします裕子さん。 ・・・・・岡倉武彦様・・・か」

 奏は父親の名前をそっと読み上げた。 

「もし、来ちゃったらどうしよう裕子さん!?」

「贅沢な気がかりね」

 ふたりがにこっと微笑んでいると、竜也が「寒いなあ、この部屋!」と言って入って来た。

「お疲れ」

「あ、招待状!」

 竜也はキャップをとり、テーブルにあった数枚の封筒を手にした。

「ええ、倉田茂夫様へ? あの倉田さん?」

「そう」

 そっけなく応えた裕子の前に、竜也はドン!と腰かけた。

「来ないと思うよ、ってか何で呼ぶの?」

「じゃあ聞くけど、何で呼んじゃいけないの?」

「オジサンじゃん。 それに、嫌いじゃないの? 倉田さん」

 奏も実はそう思っていたのと言わんばかりに、竜也の方を見て頷いた。

「クラプトン弾くんでしょう? ハーレーに乗ってるオジサン、渋いって言ったよね。

みんなオジサンよ。 竜也、よーく覚えておくのね。 私も含めてみんな青春があったのよ。

それにまだまだガッツがある! それより、何時私達からバトンタッチされてもいいように

せいぜい力をつけておくのね」

 竜也はデカイ話になったなあと思いながら、話が途切れない裕子にやっぱり限りない

オバサンを感じるのだ。 そして退屈そうに欠伸をした後、更衣室に非難した。

「さあ、練習練習!」

 更衣室から流れる音色は美しかった。 竜也はやはり才能の当たりくじを引いた男だった。


撮影  しっぽ2さん





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最終更新日  2007/05/01 07:08:03 PM コメント(6) | コメントを書く


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