星の髪飾り

星の髪飾り

2007/11/05
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 【お父さん、お母さん。 私が暮らす伊那谷の空はとても澄んでいた。 でもね、元気になろうとがんばった戦後、経済産業発展とともに汚染された空の下で暮らす人もたくさんいたの・・・】 


 曇が割れて元気な太陽が顔を出した。
山々に撒き散らされた陽光は、少女のエネルギーとなって返ってくる。
遠慮のない鶏の声で目覚めた多希子は、心構えを済ませたランドセルを見た。
大谷家の真ん中を突き抜ける廊下は、もんぺ姿の良子がせっせと拭くのでいつも光っていた。 
湯気の立つ台所では、小さい体の冴がまな板にトントン音を立てており、畑に向かう進二の後ろ姿もあった。 繰り返される大谷家の朝だ。
多希子もザルを抱え、鶏小屋にそっと近づいた。
「シー・・・タッコだに。 タッコは今日から学校だで、前髪を切ってもらったんな。 おでこが広くなったら?」


「おばあちゃん、行ってきます」


 裏山は陽に光る木の葉が重なり合って天井をつくり、時々隙間を見つけた太陽がふたりを照らしていた。 川のせせらぎは、木々の間の空を映し、ゆらゆらと流れる。 地面には木の根っこがいい具合に這っており、自然が拵えた階段を踏みしめる多希子の心は、弾んでいた。
ようやく山の上の学校が見えてきた。 
 そこはとても空に近かった。
「着いた!タッコの学校だ!山の上の学校だ」
 校門では大きな桜の木が多希子を迎え、校舎に添って整列した銀杏の木は、多希子の背中を伸ばしてくれた。

「見てみ、ここは小学校と中学校が渡り廊下で繋がっとるんだに」
 トタンの屋根の下に、スノコが縦に並んだだけの廊下があった。
「あっちが中学だ。 校舎が新しいし、偉い顔をしとる」
 木貼りの校舎に白い格子の窓。 校庭では、遥か遠くに背の高い順に並んだ鉄棒と、大きなブランコが、競うように五月の空を仰いでいた。          

「空も雲も、あの山も、それに天竜川も・・・みんな生きとる気がする」                           

 職員室の傍まで来ると、涼しい顔でふたりの方へ向かってくる人を見て、良子が「福沢先生」と言った。 そして多希子の背中を二度ほど撫でてから、担任になる福沢に深々と頭を下げた。
ふんわりとした笑顔と、パーマネントでふくらんだ髪にはヘアーピンが留めてある。       

多希子は柔らかな手と握手を交わし、福沢の左右に動くお尻を見ながら、きしむ廊下を歩き出した。





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最終更新日  2007/11/05 10:57:54 AM コメント(8) | コメントを書く


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