2005.09.23
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カテゴリ: 運営雑記




 野茂は近鉄(現オリックス)でプロデビューした90年、新人王はもとより投手部門のタイトルを総なめにし、その後も3年連続でパ・リーグ最多勝を獲得。日本を代表するピッチャーの地位を不動のものにする。94年限りで近鉄を退団し、翌95年にドジャースへ入団すると、1年目からオールスターゲームで先発投手の大役を担ったほか、新人王、最多奪三振のタイトルを獲得する。翌96年には自己最多の16勝を挙げ、9月17日には自身初のノーヒットノーランを達成している。

 ところが、その後は伸び悩み、98年のシーズン途中にメッツへ移籍。これ以降、野茂の所属球団は毎年目まぐるしく変わることになる。99年にブルワーズ、翌2000年にタイガース、2001年は古豪レッドソックスでプレー。しかし、レッドソックスでの初登板となった4月4日に自身2度目のノーヒッターを達成するなど、要所で健在ぶりをアピールしてきた。




そして再びドジャースの一員となった2002年、野茂は16勝をマーク。翌2003年も、メジャー通算100勝目を飾るなど2年連続で16勝を挙げ、エースとして首脳陣から絶大なる信頼を寄せられた。しかし、この年のオフに右肩にメスを入れると、昨年は球威不足でホームランを浴びるシーンが目立ったほか、肩やつめも故障。わずか4勝(11敗)、防御率は自己ワーストの8・25に終わり、オフにはドジャース退団が決まった。

 その後も簡単には新天地が見つからず、ようやく1月末に低迷が続くデビルレイズとマイナー契約に合意。年俸も昨年の900万ドル(約9億4000万円)から、今年は最高でも150万ドル(約1億6000万円)と約6分の1にダウンした。とはいえ、現在のデビルレイズには先発陣に実績のある投手が少ないため、トルネードがかつての勢いを取り戻すことになれば、頼もしい戦力に十分なり得る。過去に幾度となく困難に直面しながらも、そのたびに不死鳥の如くよみがえった野茂だけに、まだまだ期待を寄せてもいいはずだ。





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Last updated  2005.11.28 13:11:10
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