2006.01.15
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カテゴリ: 運営雑記
私の低学年時代 両親と生活するようになった私は 
あまり甲子園はみていなかった。父が野球を好きだとも知らなかった。

私は小学生になってから鹿児島市内に来たためか、
1年時はクラスの友人とは学校以外ではあまり遊ばす、
近所の子と遊んでいた。

2年になると友人から野球をしようと誘われた。
田舎で友人と少しはやっていたが、
いつもやっている友人に比べると全然ダメ。
試合はいつも白熱?!していた。


点差に余裕があると 普通に打たせてもらえる。
タマに大きな当たりを打っていた。
仲間では隼人はあたったら飛ぶから打てという友人と、
試合に勝つためには隼人はバンドという友人がいた。

そのころ家で父に そのようなことを話したのかも知れない。
父は私にグローブを買ってくれた。父はファーストミットを買っていた。

父と母と私で家の前にある校庭でキャッチボールをするが取れない。
父は笑っていた。

小学3年の始め 家庭訪問時たまたま父もいた。
担任が両親に 私の転校を促していた。いわゆる強制転校というやつ

両親が理由を聞くと 授業態度を報告した。

父に提案していた。担任は私の面倒は見きれないと。

私のことを 全部話し終えた担任は胸のうちを話すとスッキリしたのか、
我に返ったのか ”といっても小学生で強制転校はあんまりですね”と・・ポツリと一言・・・・確か暫く沈黙が続いたと思う。
(私はこの時あまり状況を把握していなかったかもしれない)

そして その後“この子は力をもてあましているから、

両親は
”2年の時 少年団で空手をやっていたが朝が早いのが苦手で 白帯のまま自然消滅”
となったことを担任に。
(私、意外と根性無いですね・笑)

その後も担任と両親が話し合いは続いた。
4年になったら 少年団があるが それでは先生が耐えられないということだった。
結局 この日は検討するということになった。 続く・・・
(甲子園の思い出に行くまでに 時間がかかるなー)

甲子園へ行こう!(1)








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Last updated  2006.01.15 18:41:52
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