2005年10月05日
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平成7年1月17日・・退院の日
約2週間ぶりにまた親子3人で生活できる・・・大袈裟かもしれんが嬉しかった。

そして朝方ようやくウトウトしかけた頃、早朝5:46分。
地響きがして次の瞬間、かなりの揺れとなった地震があった。

電気スタンドはコケて、本棚にある本が落ちる揺れであった。
震度が気になり、テレビをつけるとまだ事の事態を把握できてない
マスコミの呑気な報道が記憶に残っている。

どうやら、一番激しく揺れたのは神戸みたいであった。
しかしテレビの映像を見るかぎり被害もほとんどなく真っ暗な神戸の街だけが


そして、この地震で完全に目が覚めてしまった俺はまだ暗いうちに病院へ
向かった。やはり病院もかなり揺れたらしい・・

しばらく病院で、時間を潰し定刻になったので退院の手続きを済ませ
家に無事帰った。なんか久々に3人がここで居れる幸せ感に満足だった。

そして夕方・・ふたたびテレビをつけると、そこに映った光景は
悲惨な神戸であった・・ほんまに目を疑った。
これが後に言う阪神大震災であった。




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あの地震がこんな状態に・・そして次の瞬間、頭を過ぎったのは
Rのことであった。急いで電話を取りかけてみたが、まったく繋がらない・・
「ただいま大変混み合ってかかりにくくなっております・・」この応答のみである。

不安になった俺は電報を打とうと思った。しかし念押しされたのは

それでも、なんとかRと連絡をつけたかったので了承した。
2.3日しても連絡がない。

俺は、Rの家へ行く決意をした。次の日、朝一番の電車に乗った。
しかし、神戸はもちろん大阪にすら入ることが難しかった。

しかたなしに京都経由でのかなりの遠回りの手段であったが仕方ない。

70km離れた場所である。そこからタクシ-に乗ったが、あと30kmの
とこまで来たが、今度は渋滞で車が動かない。最後の手段の徒歩を決意。

地図を片手に歩いたり走ったり・・
余談やが、この時もしやと思い救援物資の缶詰、飲料水やラジオなどを
リュックに背負っていたので、かなりの負担があった。

途中、青いビニ-ルシ-トで屋根を仮復旧してある
家や倒壊した家が何軒もあり、今回の地震の凄まじさを物語っていた。



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そしてRの家に着いた時は、夜9時をまわっていた。
いつもは車で2時間半のところを16時間もかけてやっと辿り着いた。

足にはマメができほんま限界に近かったのも今となっては
ええ想い出である。
そしてRは驚いた表情で、「どうしたんや?」と
尋ねてきたので事情を話すと
ほんま喜んでくれた。Rの家も倒れた家具により付いた壁のキズと
窓ガラスが数枚割れた程度で、怪我もなかったようでほんま安心した。

このことは、今でもRは感謝の思いを伝えてくれている。
これも余談やが、例の電報は俺が帰った3日後に着いたそうだ。
クソ~もったいないことした(笑)

Rは、なにもなく無事で何よりであったが、
この震災で多くの人が犠牲になり
今尚、街は復旧されているものの心のキズを深く負ってしまった人達の事を
思うと心が痛い。

大阪在住や出身の友達も同じ事を語っていた。
俺にとってもこの日を忘れることはないと思う。




つづく (続きは次回)













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最終更新日  2005年10月05日 13時41分21秒
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