鷹栖観音堂・つり橋公園


国東半島 史跡めぐり

≪鷹栖観音堂・鷹栖つり橋・公園≫

  宇佐市を南側から北側へ縦貫して周防灘に注ぐ  「駅館川」 (やっかんがわ)
  この駅館川沿いには、古くからの遺物や 眼鏡橋が多い。

  現在のような近代的設備等なかった昔、集落を築き生活していくには 水は不可欠。
  川沿いは生活しやすい場所であったと思われる。
  古代生活の痕跡が、今でも この川沿いに よく見られるのは、そのためか?

  鷹栖(たかす)観音堂も、駅館川沿いに 古くから建立されている寺院のひとつである。
  対岸の上拝田(かみはいた)地区にある観音寺 奥の院として建てられたとある。


 「断崖絶壁の壁面に建立 鷹栖観音堂」
鷹栖観音堂 (鷹栖つり橋より)
   鷹栖観音堂は、大悲堂、横に慈眼堂、 横の階段を登った所に 観音堂奥の院がある。
   ちょっと離れて薬師寺堂が建立されている。


  鷹栖観音堂の開基は、奈良時代の 僧 法蓮 によるもので 宇佐弥勒寺の末寺であったとされる。

法蓮 は、宇佐神宮の建立に関する部分にも出てくる 重要人物で、
  一時は、鷹栖観音堂近くの 虚空蔵寺( こくぞうじ )におり、放生会(ほうじょうえ)を
  初めて行った人物だとされる。

  ※ 虚空蔵寺 ( こくぞうじ )
    鷹栖観音堂から、下流へ約1Km下った場所に 現在でも地名として現存する法鏡寺(ほうきょうじ)と共に
    7世紀後半に創建され、 七堂伽藍を有した壮大な寺院 であったとされる。
     (参考文献 : 大分県の歴史散歩 山川出版より)
    今の虚空蔵寺は、残念ながら 一部の建立されていた痕跡が遺跡として 残されているだけである。

  ※ 放生会 (ほうじょうえ 地域によっては、ほうじょうや)
    宗教儀式で、神仏混合によって神道にも取り入れられ、一般的には、収穫祭や感謝祭の意味も含め
    全国各地で開催されている。
    鷹栖観音でも、 正月4日夜 に無病息災・五穀豊穣を祈願する鬼会行事として開催されている。



 「奥の院」
鷹栖観音堂 奥の院 (階段下から)
   奥の院は、断崖絶壁の壁面をくり抜き、建てられている。
   前側は、巨大な長柱に支えられて舞台を作り 堂舎を乗せた 数少ない建築様式で建てられている。

   建物自体は、幾度か建て替えられたと考えられているが、現存するものは 建物の作風や
   建物に書かれている時代年号から  江戸後期の建築 とされている。
     参考) 鷹栖観音堂 説明板より

「奥の院内 天井絵」 
鷹栖観音堂 奥の院 天井絵
鷹栖観音堂 奥の院 
   奥の院 天井には、色彩豊かな絵が描かれており、梁にも、装飾が施されている。



 「鷹栖つり橋  (鷹栖観音堂側から) 」
鷹栖つり橋 (鷹栖観音堂側からの風景)
   鷹栖観音堂横の遊歩道を歩いていくと  「鷹栖つり橋」 がある。

「鷹栖つり橋」 は、駅館川に掛り 鷹栖観音堂と対岸とをつなぐ歩道橋である。
橋長さ 132,5m  幅1,5m  竣工 平成9年10月
   つり橋のケーブルと補剛桁を一体としたシンプル構造である。

デザインは、対岸の田野から飛び立った鷹が百間岩の巣へ帰る姿
   また、鷹栖観音堂がある対岸に向かって人が合掌している
   それをイメージして作られたものである。 引用) 鷹栖つり橋 本橋の特色 記載説明板より



 「鷹栖つり橋から観る駅館川」  写真左: 上流側  写真右 : 下流側
鷹栖観音堂 (鷹栖つり橋より 上流方向)
鷹栖観音堂 (鷹栖つり橋より 下流方向)



 「鷹栖つり橋公園」
鷹栖つり橋公園
  鷹栖観音堂~吊り橋周辺一体、公園整備されており 駐車場・屋根付きベンチも設置されており
  ちょっとした休憩場所として 対岸の景色や橋を眺めながら、
  ゆったりした時間を過ごしてみませんか

『鷹栖観音へのルート』
  1 鷹栖観音堂へ行く簡単なルートは、鷹栖つり橋を歩きで渡り 対岸の鷹栖観音へ行く方法。

  2 鷹栖観音に直接 車で行く方法もあるが、駅館川に沿って車1台がやっと通れる道を、走れければならない。
   しかも、ガードレールが無い状態の為、細心の注意が必要。

ただ、そんな道にも 鷹栖観音堂までの道のりには 色々と発見がある。

1 虚空蔵寺跡 ( こくぞうじ )
   最初は、虚空蔵寺跡である。 今は土台部分の一部と思われる部分のみ 遺跡として残っている。
虚空蔵寺跡


 2 崖側に 8つの横穴
   横穴遺跡かどうか不明だが、私が確認できたのは、崖に8つ横穴が確認できた。
横穴 (高洲観音堂へ向かう途中)


  3 青の洞門を思わせるトンネル
   ところどころに、岩盤を掘ったトンネルがある。 やっと、普通車1台分が通れる位である
鷹栖観音堂へ (駅館川沿いの道)


4 崖の一部を彫り込んだ中に観音像
   突然、崖の一部をくり抜いた部分が現れ その部分に観音様が祀られていた。
   どうやって、彫り込んだのだろうと疑問が残る不思議な光景がある。
鷹栖観音堂 


5 石橋 (とくしん橋)
   この石橋の場所には、表示が立っており 現在、通行している橋の横に この石橋が残っている。
   説明書きによると、
   この石橋は、桁を斜めにかけた独特な形をしており、柱には「延亨2年」(1745年)と記されている。
   県内最古の石橋で 江戸時代の記録に 「豊後の僧が鷹栖の新道を開いた」 とあり
   「とくしん」とは、僧の名前とも考えられている
石橋 (とくしん橋)



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