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1991年(平成3年)7月12日、筑波大学助教授の五十嵐一が同大学筑波キャンパス人文・社会学系A棟7階のエレベーターホールで刺殺されているのが発見された。司法解剖の結果、11日の午後10時頃から12日の午前2時頃までの間に殺害されたものと断定された。遺体の首には、左に2カ所、右に1カ所の傷があり、いずれも頸動脈を切断するほどの深さで、「イスラム式の殺し方」とされる。また、右側の胸や腹など3カ所に及んだ刺し傷は、一部肝臓にまで達していた。また、現場からO型の血痕(五十嵐の血液型とは一致しないため、犯人のものとされた)や犯人が残したとみられるカンフーシューズの足跡(サイズ27.5cm)が見つかった。
犯人はエレベーターの使用を避け、階段で3階まで降りて非常階段から逃走しており、その後の消息は不明である。
五十嵐は、1990年(平成2年)にサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語訳している。1989年2月にイランの最高指導者、ルーホッラー・ホメイニーは、同書が反イスラーム的であるとして、ラシュディや発行に関わった者などに対する死刑を宣告するファトワーを発令していたため、事件直後からイスラム教との関係が取り沙汰されていた。
