透けて見えるのに底が知れない、恐ろしさを感じます。
一般的に、ネットの世界は癒しなのか、リアルを侵食して逃避させるだけのものなのかわからない。
でもやっぱり、あたしが信じるのは自分の目で見たことだけ。
それだけは確か。
あたしが狂い初めているような錯覚。でもきっと違う。
狂っているのはあたし以外のいろんな事。
大きなことから小さなことまで、気持ちがわかるようなふりにもうんざり。されるのも、するのも。
これ以上、必要なものはもうないのかもしれないのに、いつもたくさん飢えている。
もっと、もっと詰め込みたいのに、だけどどうしてこんなに重いんだろう。
必要なことは、手に入れることではなくて捨てることなのかもしれないのに。
嫌いなものはわかっている。
気を引くようなお世辞も、昔は良かったとかの自慢も、それにバカな振りをした質問も。
迎合にはとりわけ。
まっすぐ歩こうにも、よけて歩くだけで疲れるじゃない?
あたしはこれが好きでこれが嫌いだと、誰にもわからない言葉で叫んでやろうか。
気でも狂っていると言われるかもしれないけど、そこまでしないと誰も追撃の手を緩めてはくれない。
つまり生きるということはそういうこと。
生きてるつもりで、どんどん自由を奪われて、心はみんな死んでるんでしょう?
相手のこともわからないのに、どうして仲良く出来るんだろう。
またどうして是が非でも仲良くしなきゃと思うんだろう。
表面的に仲がよければそれでいいと言うんなら、まるでいじめをなかったことのように振舞うる学校と同じじゃないんだろうか。
そんなことを言うと、ひょっとしたら怒り出す人もいるかもしれない。
だけど本当のことでしょう。
かわいそうな人と思われるのかもしれない。
頭がおかしいんじゃないと思われるのかもしれない。
だけど人はみんな好きなように思いたいように思うものでしょ。
思いたいように思えばいいよ。
あたしもそうしよう。
いろいろ我慢してみんなに好かれようとしても、いい人だなってぼんやり思ってくれる人が一人二人増えるだけで、それが一体何になるんだろう。
そもそも変な柄のパジャマだなって思っても、やっぱりどこかにはそれを気に入って買う人が居るように、あたしの安心できる場所はきっとどこかにあるんだろう。
よけてばかりじゃ、たどり着けないんだろう。
世界平和はあたしの心が平和になってから祈るよ。
まずは小さな平和から。
とりあえず、おやすみなさい。