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井浦新さん演じる道隆は、穏やかで思慮深そうですが、本当の道隆はかなり豪放磊落といった感じの人だったようです。 菊池溶斎「前賢故実」よりまた、お酒が大好きで、かなり強かったようです。そして、最後は糖尿病で亡くなりました。もう最期だと、周りの者が念仏を唱えることを勧めても、道隆は、「極楽には斉時、朝光(飲み友達。同年に亡くなっている)などもいるのか」と言った話は有名です。因みに、その頃大流行していた天然痘で弟の道兼をはじめ多くの公卿が亡くなり、そのお陰で道長が大躍進することになります。「枕草子」には、道隆も多く登場しますが、いつも明るく、冗談を言っている姿が描かれています。時には、確か定子の所から道隆や女房達が下がる途中、道隆が冗談ばかり言うので、清少納言等女房達は笑い過ぎて歩くのにも苦労する程だったとあります。なかなかの美男子だったようでもあり、もてたのではないでしょうか。大河ドラマでの性格上の設定は、今後の流れにどのように影響していくのでしょうか。見ていきましょうね。いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.27
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お薦め動画に挙がっていた青山繫晴さんのを見たら、ウクライナへ1兆円の支援金(1度に払わないとしても)と言うのは、『デマ』だ、と言っていました。能登半島地震もあるのに、何故今ウクライナへ1兆円なんだ、という非難があるのは知っていましたが、それがデマだったようです。これは、青山さんが外務省に質問してわかったこととか。つまり、外務省が否定したのです。ゼレンスキー大統領は、日本の民間に投資をして欲しいと言っているのであって、政府に支援して欲しいと言っていない、だから、日本国民の税金がウクライナの人達の年金に使われるなんてこともないと。安心しました。でも、この『デマ』がすぐには収まりそうもないのが問題。そもそもどこから出て来たのか、私にはわかりません・・・。青山さんは自分の動画に対して広告料をもらっていないそうですが、動画の広告料はバナー広告に対してものすごくお得だと知り合いから言われたそうです。はっきり言っていなかったように思うのですが、この広告料目当てで不確かなことや受けそうなこともUPしていることが(も)原因なのではないかと。正しい情報を見抜く力、て本当に難しいですね、奥さんいつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.25
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大河ドラマですが、いつも道長役である柄本さんの乗馬に感心してしまいます。後ろに人を乗せても平気。前回は打毬(だきゅう)をしていましたね。・・・て、わたし実は打毬を知らなかった(・ ・)それなのに、こんなブログを書いていて良いのだろうか。その辺、御考慮の上、お読みくださいませね、奥さん。 (ウィリアム・グリフィス著『The Mikado's Empire(ミカドの帝国)』より) https://faculty.seitoku.ac.jp/arts-sciences/2020/01/16/%E3%80%90%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%80%91%E6%89%93%E6%AF%AC/ より彼だけではないですか、まりを打つところを映していたのは。相手側は多分プロの人がやっているでしょう。役者さんも、役の為や趣味として乗馬をこなす人は多くなっていますね。岡田准一さんもすごいですよね。それを見ていて、ドラマの中身がど~でも良くなった程。ところで、陣の定めで当時の公卿達が揃っていました。中の藤原佐理は能書家で、この時代の三蹟の一人です。あとの2人は、小野道風と既にドラマに出ている藤原行成です。行成は「こうぜい」、佐理は「さり」と呼ばれることが多いです。あ、道風は「おののとうふう」が通名だけど、本名は「みちかぜ」ですね。私は定子も「ていし」、詮子も「せんし」、行成は「こうぜい」、と、音読みしてしまいます。この時代の女性は読み方が明らかになっていないので、ほとんど音読みするのが通例なので。こうぜいのように、訓読みと音読みどちらも通っている男性もいますが。小野道風も佐理も西暦1000年になる前に亡くなるので、後は行成の独壇場で、お寺の額を頼まれて書いたり屏風に貼る和歌を書いたりもしています。私は字が下手なので、字が上手い人は尊敬します。因みに、行成は世尊時流の祖です。ただ、17代目で断絶したとされています、残念💧いつもポチっと応援ありがとうございます🐎にほんブログ村にほんブログ村
2024.02.22
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3日に1度はクイーンの昔の動画を見ながら、「ロジャー、て本物の王子様だなぁ」とか思っているみことです。 そう言えばクイーンは日本公演を行っていたはず。あ、もう、東京ドームでのクイーンの公演が上がっていますね。13日と14日では内容も衣装も変えていますが、初期のロジャーの「I'm in Love with My Car」を歌っていたのは貴重かも。14日は全部見ていないのだけど、「Teo Toriatte」の時、舞台に日本風の屋根瓦を使っていたけど、なんか中国風。屋根の先端が反り過ぎてる感じがする。それで思い出すのは、日本でとても歓迎されたのでクイーンは日本びいき、特にフレディがそうだったとかですが、昔音楽雑誌に載ったフレディは、自宅の壁に中国の刺繍や絵を飾っていて、「ああ・・・」と。あの頃はまだまだ、いや、今でも極東の日本を中国の一部と考えている人は結構いるかも。世界地図が日本と世界とでは違い、世界で使われている地図だと、なるほど、日本なんか見落としかねない。あ、14日は昔のクイーンのメンバーの映像が結構使われているのですね。ロジャーが、自分の若い頃の映像が流れた後、映像が流れた空間を指差して「Young man」自分を指して「Old man」ですって(^-^;とても懐かしいし、いい曲ばかりです。いつもポチっと応援ありがとうございます♬にほんブログ村にほんブログ村
2024.02.20
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こねないパン、フォカッチャ、どんどん手抜き方法を知り、今では粉類を混ぜてレンジの発酵機能でを使い、とっても楽に出来上がるようになりました。 今回は、ベーコン、チーズ、ほうれん草を乗せました。 おつむの上に扇が広がる孫のK生後半年を迎えたK。今時はハーフバースデーを祝うの❓それとも娘夫婦独特のもの❓それにしてもこのケーキ、豪華でいいな。今度買ってみようか。いつもポチっと応援ありがとうございます🎂にほんブログ村にほんブログ村
2024.02.20
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昨日、娘から送られてきた孫のKの写真のタイトルは・・・『おめざめKたん犬神家』 いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.15
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もう2月も半ばに差し掛かろうとしていて、ふと「お雛様」と思いました。去年は1月に父が亡くなり、後始末で疲れ、お雛様は飾りませんでした。もうボロボロですが、雪洞、桜橘、お内裏様の冠等を新しいのに買い替えたり、お雛様の髪や裳を取り替えたりしたので、処分も出来ず・・・(^-^;何が困る、て段を組み立てる時に、どっちが上かどっちが下か、毎年のように迷うこと。また、組み立てに使うネジが錆びたり、今までは足りていたのに、今年は2本も足りないこと。一昨年かな、ネジはホームセンターで同じサイズを買ったのですが、もっと本数が必要だったようです。サイズは控えておいたので、買いに行こうかな。間違ったサイズを買うのが怖いので、主人がいる時にしよう。 いつもポチっと応援ありがとうございます🎎にほんブログ村にほんブログ村
2024.02.14
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一昨夜と昨夜、伯父伯母の夢を見ました。2人共亡くなっています。一昨夜は、伯父が翌日来るのに、家に小さな子達が沢山遊びに来ていて、もう夕方、いや夜ともいえる時分になっても帰りません。これでは、この子達が出したり作ったりした物を片付けるのは明日だなぁ、とか思っていました。だから、伯父伯母は夢に出てきませんでした。昨夜は、伯父伯母どころか父まで夢に出てきました。あと、生きている母と伯父の娘である従姉も。両親と伯父の家と思しき所へ行き、伯父と話してからまた両親とどこかへ出かけました。伯父は階段を下りながら私達を見送ろうとしましたが、年の所為で階段を下りられないので、途中で失礼する、と言った感じで階上へ引き返していました。伯母とは会ったかどうか定かではありません。私も、父より年上なのだから階段は危険だ、と思っていましたが、実は伯父は80代で亡くなっています。その後は父を気遣いながらどこかへ行ったのですが、どこなのかよくわかりませんでした。駅だったり電車がホームに入って来たりしていたし、実際電車の中にもいました。最後には、母が花束を買っていて、それを持ってまた伯父伯母の家に行くような雰囲気でした。最初に伯父から何かを預かり、それを届けてからまた、伯父の家に・・・といった感じ。一昨夜、亡くなった伯父が来るという夢だったので、お迎え❓とも考え、自分が死んだ後のことで気になることは長男に話しておいたけど、私明日の朝を迎えられるかな❓いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.14
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現代ドラマとしては、若しくはちょっと前の時代ならば面白い大河ドラマですが、段々、どんどん話があり得なくなってきてちょっと戸惑っています。まひろと道長が街中で会うのも、倫子が父親や仲間が飲んでいる所へ走って来るのも、まひろの着ている衣装がなんなのかも・・・。次回の予告では、まひろと道長が手を繋いで街中を走って逃げて❓いましたが・・・・まひろと倫子達の身分差を演出しているのだとは思いますが、まひろが着ている丈が中途半端な着物は何でしょうか❓小袿❓でも、まひろは裳着の時にちゃんとした衣装を着ているのだから、倫子の屋敷に赴く時は、その衣装を着ないと却って失礼かと。何でも時代通りにしろとは言いませんし、衣裳でも色々なことを表せるので、否定はしませんが、何とも中途半端な衣装なので。まぁ、そのうち普通の女房衣装になるのでしょう。ただ、道兼が道長に、お前と私の影は同じ方を向いている、とか、漢詩の会でまひろの前で立ち止まった道長が何も言わないのも、上手いなぁ・・・と。また、政治的なこともフィクションが多いですが、なかなかよく調べています。親を父上、母上と呼ぶのも武家のよう。実際この時代に何と呼んでいたのか、はっきりは知りませんが、斉信の孫だったと思いますが斉信のことを「おおてて」と呼んでいるので、父親は「てて」❓奥さん、当時父親、母親を何と呼んでいたかご存知でしたら、是非教えて下さいね文句を言いたいのではないのですが、当時はホントはこうだったみたい、ということを知って頂いてもいいかな、と思っています。時代考証も当たり前ですがついていますし、その倉本一宏さんの「一条天皇」と言う本を私は持っています。正にこの時代がご専門ですね。さてさて、今回の大河では紫式部と清少納言が会っていますね。同じ一条帝の中宮に仕えた2人ですが、実際に会ったことはないんですよね。定子が宮中を去ってから、いや定子が亡くなってから紫式部は彰子に仕えましたから。彰子が入内し、道長が行成の助けを借りて、定子を皇后に彰子を中宮にと、一帝二后を実現してしまいましたが、それはほんの1年余りで終わってしまいました。つまり、定子がお産で亡くなってしまったのです。そして、紫式部が彰子の元に上がったのは大体その5年後と考えられています。だから、2人が実際に会ったことはありません。 上村松園 「雪月花」 清少納言「香炉峰の雪は簾をかかげて見る」の話 「紫式部日記絵巻」(鎌倉時代初期か) 彰子(左)に「白氏文集」『新楽府』を教える紫式部(右)でも、紫式部は「紫式部日記」(日記かどうかは疑問)の中で同僚の女房達の批評を行っています。一部の人を除いて大体は少々辛口なのですが、清少納言に対しては、何の恨みがあるのかと思う程激烈です🐽『・・・あのように賢ぶって漢字を書き散らしているが、よく見れば誤りも多い。あのように人とは違っていたいと思っている人は、必ず見劣りがするはず。何にでも大袈裟に感動していると、最後は空しいことになるのです。こういう人の果ては、どうしてよい訳があるでしょうか。』これがいつ書かれたものかはわかりませんが、学者の中には、清少納言が落ちぶれた後に書かれたとも考えられると。もし、そうなら、清少納言が没落した様を知って、敢えて書いているなんでそんなに嫌いなのでしょうか。まぁ、紫式部の謙虚な性格からしたら、理解不能、そして気に障る女性と映ったのでしょうね。そもそも清少納言は同僚ではないし、話したことすら一度もないのに。しかも、批評を書く前に、『口さがなくなり過ぎてもいけないし、・・・欠点はなるべく言わないことにします』と断ってから書いているのに、このすさまじさ。でも、自分を抑えて宮仕えをしていた紫式部の正直な心のうちが吐露されていると捉えると、吐き出してしまいたかったのかな。かなりストレスが溜まることもあったことでしょう。全然話は変わりますが、頼忠役の橋爪淳さん、とっても痩せてらして驚きました。ちょっとふっくらしたイメージがあるので。役を演じているのですから、病気ではないのでしょうが、ちょっと心配だったりします。いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.13
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昨日は娘から子守りの依頼があり、孫のRがお医者さんへ行く間、弟のKを見ていることになりました。そして、もうしばらくしたら出ようかと思っていたら、Kが寝てしまったと。何が困る、てRの幼稚園バスを迎えに行くのに、Kを連れて行かなければならないということ。ベビーカーに移したら起きてしまいますよね。で、泣いたりなんだりしても行かなくては。で、急いで自転車猛漕ぎして娘宅へ。 しばらく寝ていましたが、私が横に寝そべったらもごもごして目を開いてしまいました。私は横で寝たふり。薄眼を開けてみると、Kは私をガン見👀でも、泣かない。ガン見の後は上から下がっているおもちゃを触ったりするけど、やっぱり私をガン見。あくびを何度もし、一度は目を閉じたけれど、寝ない。あー、起こしてしまったそのうちママとRが帰宅。私も目を開けましたが、人見知りのKは泣かずに笑ってくれましたママとRがお医者さんに行っている間、ベッドに寝かせると泣くので、抱いたらにっこり。そーか、そーか、抱っこがいいのか。しばらく急降下やらして喜ばせた後は、窓からお外を一緒に眺める。さっき起こしてしまったので、揺らしながらいつもの「K~ちゃん・・・ね~んね。K~ちゃん・・・ね~んね」を繰り返すと、外を眺めながらKは💤💤💤Rが帰るちょっと前にピンポンが鳴ったりして起きてしまったけれど。お兄ちゃんが帰ってきた後も、私の顔を見るとにこ~。何度もにこ~。あ”----か”わ”え”え”~~~~🩷Rとは、昆虫の本を読んで聞かせてもらったり、背中に飛びついてきたRを振り回したり・・・。子供、てすごいですね。まだ5歳なのに、小学校高学年が読むような本(漢字に総てフリガナあり)をすらすら読む。名詞の後の「は」を「わ」と読むのもわかっている。100は読めるのに、137は読めなかったけど(笑)好きな物はすぐに会得してしまうのですね。私なんか本を読んでもすぐその内容がうろ覚えになり、数年経つと忘れているのですが・・・ まだこれくらいは出来るばぁばです💪🏻・・・そんKは夜中から熱出しましたとさ。(昨日出したら、Rと一緒に診てもらえたのに、うまくいかないのですよね。)いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.09
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いや~、積もってしまいました、雪。 これは昨日の夕方。お昼頃猛烈に降っていた雪も、夕方にはほとんどやんだけど、その後また降ったようです。今朝は当然の雪かき。奥さん、筋肉痛はもう出ていますか❓私は指輪、しかも重ね付けしたまま雪かきしたので豆が出来てしまい、しかもつぶれた北側は私が雪かき。西側は長男にさせようと思ったら、なかなかしないので頭にきて、後で覚えてろと私がしていたら、今日は休みの主人が出てきました。なんと10何年振りの風邪をひいているのに。いいから、家に入ってと言うのにやっていました。私のいい加減な雪かきの後始末を(笑)で、長男には、並びのおうち(今はお出かけ中)の西側は私がやったので、くるっと回った南側をやりなさいと言ったようで、(うちも並びも角地なので2方面やらないとです)長男はそれをやっていました。主人が言えば出てくるけど、私が言っても出てこんかいほんと、母親、てなめられるわよね、奥さん!?いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.06
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かなり現代ドラマ的な「光る君へ」。ザブングルも出てきてビックリです。さて、道長の父兼家の二男である藤原道綱。上地雄輔さんなのですね。 https://eiga.k-img.com/images/person/18480/300x.jpg?1351161049彼は道長の異母兄ですし、あまり目立ったところもないので出演しないのかと思っていました。道綱の母親”寧子”となっていたのは、奥さんご存知、「蜻蛉日記」の作者である右大将道綱の母です。本名はわかっていないので、この寧子はこのドラマだけの名前です。あ、彼女の父が藤原倫寧だから、「寧」の字を取ったのかな。なら、読みは「やすこ」でも良いのだが。あ、ドラマの中でも「やすこ」でしたね。この時兼家の正室であった時姫は亡くなっていますが、実際はまだ存命中です。道綱の母は、兼家との仲が段々疎遠になっていくのを嘆いていますが、(蜻蛉日記、て全編そんな感じ)一時は時姫を凌ぐ程兼家の気持ちを引き付けていました。道綱の母は宮中に仕えたことのない家庭人にも拘らず、和歌の読み手として有名で、貴人のお祝い用に作る屏風に貼る和歌の制作を頼まれたり、兼家から代作を頼まれたりと、和歌の上手として世間でも認められていたのですね。また、何を根拠にしているのかわかりませんが、「尊卑分脈」に『本朝第一美人三人内也(日本で最も美しい女性三人のうちの一人)』とされています。姪に「讃岐典侍の日記」の作者がいます。道綱の母は長い日記を残しましたが、研究者に言わせると文章はめちゃくちゃだそう。(『許しがたきはその不文である』玉上琢弥)身の上を書いただけなのだから、何もそこまで怒らなくてもねぇ。奥さん、古典だから、て名作とは限りません。さて、昨日は、既に道綱が元服していましたが、「蜻蛉日記」では元服に際しては兼家も心を配り、その晩は道綱の母邸に泊ったとあります。あまり道綱の母の元へは昔ほど通わなくなっていたようです。しかし、「蜻蛉日記」を読むと、それが平安時代の貴族女性の言い方だった面もありすが、嘆くばかりでして。。。一時は彼女が正室のようだった時もあっただけに、その後嘆くのはわかるのですが、兼家が訪ねてきても不機嫌だったり、文句を言ったりでは兼家の足も遠のくでしょう。もう少し素直だったら・・・と思ったりします。最後は道綱の母は、兼家の気持ちが離れたことを察した父親によって京都の外れに引っ越し、道綱のことで連絡はするものの冷たい対応をされたりした挙句、ある日気付けば引っ越してから兼家の訪れは全くなく、『さくりもよよにこぼるる(しゃくりあげておいおいと泣いた)』とあります。『床離れ』が書かれた実例として挙げられています。手続きはありませんが、今で言えば離婚ですね。 https://polygondrill.com/firstkaruta/list/hi053道綱は後にあの実資が、「一という文字すらろくに書けない」と罵倒する程、才覚がある方ではなかったようです。道綱の妻は、道長の妻倫子の妹だったので、道長との仲を繋いだかもしれませんでしたが、早くに亡くなってしまったのでそれも叶いませんでした。道綱が出るということは、道長の従兄で道兼の子どもである藤原顕光も出るのでしょうか。顕光はちょっと・・・なんというか・・・〇達〇碍のような感じで、才覚もない上に空気を読むことがとに角出来ず、笑いものになったり周りをハラハラさせたり。最後には左大臣に上りますが、それも『長生きをしたからなれたようなもの』と、「栄花物語」でもこんな書き方をされています。この顕光を、ロバートの秋山さんが演じたら・・・と、私は思ってしまいます。何をしてもコケてしまうところ、秋山さんなら上手に演じられたのでは❓いつもポチっと応援ありがとうございます👘にほんブログ村にほんブログ村
2024.02.05
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皇室に伝わる三種の神器ですが、天武・持統天皇辺りまでは『二種の神器』だったようです。で、父が持っていた本を片付けていた時、「日本書紀」を家に送って今読んでいるのですが、出てきました。第28代宣化天皇の所に。『・・・武小廣國押盾(たけをひろくにおしたて)の尊に剣鏡(みつるぎみかがみ)を上(たてまつ)りて即天皇之位(あまつひつぎし)らしめまつりき』。剣と鏡しか挙げられていません。三種になったのは、恐らく天武・持統帝の頃かとか、その時に「古事記」「日本書紀」が編纂されたので、それまで伝わっていた、それこそ超古代の日本史が改ざんされたという説もありますね。それには、藤原氏も関係しているとかいないとか。ただ、第26代の継体天皇の折りには、『天皇(すめらみこと)に剣鏡(みつるぎみかがみ)と璽符(みしるし)を上(たてまつ)りて・・・』とあります。この”璽符”は、私が持っている「日本書紀」を校註した人は頭注で、『神器。璽符とは、印象と割符の義であって、日本には無いことであるが、漢文の風習によってこの字を用ゐてゐる。』としています。すると、三種でしょうか❓いや、ここでは勾玉が無い訳です。璽符を現在皇室で使われている御璽ならば、二種の神器+御璽ですよね。これから読み進んで、どこかで勾玉が出てくるのでしょうか。出てくるなら、とっくに研究者等が、いつから三種になっている、と指摘しているはずだから特に記述はなさそうですね。大体、天皇の代替わりの度に神器について書かれている訳ではないので、書いていない方が多いでも、最初は二種だったと言う人は多いので、これはやはり天武・持統辺りで何かあったのかもしれませんね。先を読むのが楽しみなような、もやもやしそうな・・・。いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.04
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まあ、奥さん、今日の寒さったら今冬一番でしょうか❓我が家の近くのスーパーで特売をしたので、娘から買い物を頼まれたので、売り切れる前にと朝買って持って行きました。自転車で言ったのですが、ホンマに凍えました☃️西日本の寒さが関東にもやってきたようです。夜中からまたお腹が痛かったので、買い物を届けてすぐに帰りましたが、一瞬孫のHに会いました。生後3ヶ月から人見知りをするようになったHですが、私のことはわかいるみたい(^o^)最初、家族以外の声が聞こえると泣き出しますが、Hを寝かせる時に言っていた「Kちゃん、ね~んね、Kちゃん、ね~んね」を唱える❓とにっこりします。本当に何をしてもニコ~、の子です。あー、可愛い今は離乳食が始まり、真剣な顔で口にしていますが、あまり美味しく思っていないようです(^-^;ちょっと前に書いたことで、死後も”あの世”ではなく、宇宙にでも行くのでは❓の話ですが、あの後どんどんそうかなと思っています。死んだ後のことではなく、そもそも人類は宇宙人が作ったのではないかという説も信じちゃっています。シュメール人など、そうとしか考えられないですよね。いきなり高度な文明が芽生えたのですもの。人類が、今わかっている進化を遂げる前にも、3度ほど惑星衝突❓や洪水等で滅んでいるというのも信じられます。巨人がいたとの説も、世界のあちこちで骨が発見されているのだから、信じます。こういう話、大体信じるようになっちゃった🐽全く根拠のない話ではないので。もちろん、見つかった巨人の骨や足跡の中には、作った物、つまり偽物も多そうですね。いずれバレるのに、どうしてそんなことをするのでしょう❓私達地球の人類も宇宙人の仲間。友達や超古代から見守ってくれている宇宙人がいるなら、そしてそれをわかっている各国の政治家なり宇宙研究の人達は、どうしてそれを隠すのでしょう❓10年近く前なのかな、フランシスコ教皇が、「緑の皮膚に長い鼻、大きな耳の火星人が洗礼を受けることを望めば、そうする」とラジオ放送で言ったとか。これが、バチカンが宇宙人の存在を認めたとか、何かが動き出した、と捉えられているようです。んー、バチカンが宇宙人を認めたのものかどうかはわからないけど・・・。ただ、アメリカもUFOの存在を認めましたよね。1歩進みましたか❓本当に、どうして宇宙人との関係が今現在あるなら、それを隠す必要があるのかわかりません。また、宇宙人の話としてや、所謂預言者のような人達が言う、「日本人は優れている。日本は世界の中心。富士山を大切にしなければならない」というのも信じられます。中には、伊勢神宮の外宮には、唯一神”ヤハウェ”が祀られている、なんていう人も。竹内文書をはじめとする、日本の超古代を記したものは、総て偽書認定されてしまっていますが、神武天皇前のこと、その頃日本の天皇は空を飛ぶ船で世界を巡っていたと。そもそも江戸時代から、こういう古い書が見つかると既に偽書認定されていたのですね。どうしてなのかな❓そう言えば、災害が起きる度に、日本人被災者の礼儀正しさ、他者を思い遣る心に驚く声が海外から届きます。避難所にいる家には、阪神淡路大震災から泥棒が入ったりはしていますが、海外の様な大規模な略奪行為を一般市民がすることはまずありません。それどころか、お店や業者が無料である物を配っています。これらからも、無理を知ろということではありませんが、日本人らしく、生きていきたいですね。いつもポチっと応援ありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.02.02
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