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この足の闘病記を書いてて、私は重要なミスを犯しているのが、わかりました。な~んと!1月22日(月)~27日(土)まで入院してたこと、日記の日付を書くの忘れてました!1月24日(水)朝6時に採血で起こされたのですが、地獄でした!両手は包帯と点滴でふさがれていて、左足はギブス、ってことは…、ハイ、右足甲から採血を…。あそこって、痛いんですよね!腕とは違って肉が薄いから、一歩間違えると骨?関節?に針が当たるから、腕の倍痛い1回目、血管が浮き上がらず失敗!2回目同様失敗!もう、涙目です!我慢の限界です!そして3回目、点滴している右手から採血することに。この後ムショ~にトイレに行きたくなりましたが、尿道カテーテルを導入しているため、行けません。去年看護士さんに言われたこと、それは尿道カテーテルは慣れるまでトイレに行きたくなる、慣れるとそうでもない!←んなわけない!(自分)採血の後、看護士さんがカテーテルを揺らす揺らす!あれは…痛い…。朝8時前、母と姉到着!そして痛かった点滴も終了!と同時に朝ごはん。手術直後ということもあり、右手が自由に動けないので、恥ずかしながら!親に食べさせてもらいました!その後検温・血圧測定。どこの病院も同じだと思いますが、1日に何回も検温・血圧測定があるから、何回やったか忘れました!その後母はお仕事に。忙しいのに毎日来てくれて、ありがたいです!次に…ついに…やっと!尿道カテーテル卒業!看護士「どうする?ドレーン取る?つけとく?」私「もちろん!取ります!!」というわけで、これで私は自由の身!後は先生の回診を待って、松葉杖だ~!9時、次は姉がお友達と待ち合わせしている大阪へ。行ってらっしゃい!11時過ぎ、お風呂に入れる人はさっさとお風呂へ。私はお風呂に入れないから、介護の人に身体を拭いてもらいました。待てど暮らせど、院長先生が来ない!そうこうしているうちに、お昼~♪病院のご飯、不味くて少ない!という人もいますが、私がいただいたご飯はみんなおいしく、量も調度くらいでした。まぁ、整形外科の患者のご飯だからということでしょうが。午後1時過ぎ、ようやく院長先生の回診~。実は朝起きてから、足の小指がギブスに当たって痛かった!そこを手術用のはさみで切ってもらい、手の消毒~と思いきや、退院まで消毒なし!と、その後先生は、さっさと去って行きました!あれ~?松葉杖は?と、言うわけで、私は退院まで松葉杖はお預け!半分寝たきりで、行く時は、ナースコール!(←あまり使いたくないんだけど…)午後1時くらいかな?半分ウトウトしていると、看護士「○○さ~ん、明日心エコーの検査入ったから午後3時からね!」私「…はい(心の中は…嫌じゃ~!!!)」まぁ、再検査ということもあり…全身麻酔の後ということもあり、貧血気味で、ものすごく脱力感があり、かなりしんどくて寝込んでました。夕飯が終わり、ボケ~っとしていると…。点滴が待ってました!点滴しながら考えていたこと、速く落ちて終わってくれないかな~。っていうか15分くらいで終わるんですけど、点滴は特にこの薬、している間中はかなりしんどいし、身体全体がむくんでくるので、憂鬱です。午後8時半、親に来てもらい、車椅子でに連れて行ってもらい、その後消灯。隣のおばあちゃんのお○らに、必至に笑うのをこらえて寝ました。こんな平和な日が、いつまでも続くといいのにな~。
2007/01/31
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パリに来て思ったこと。いつも前日に天気予報をチェックしますが、テレビ局ごとに天気予報が違う!それに、パリの天気は1日で春夏秋冬が訪れます。どういうことかというと、1日の天気は変わりやすく、24時間の間の天気というと、雨・晴れ・曇りがずっと続きます。変な天気!下の写真は、チュイルリー公園から撮った、ルーブル美術館です。 さてさて、私はこのチュイルリー宮殿がなぜなくなったのか、ちょっと気になって調べましたところ、1871年3月26日、パリ市民が勃起して誕生した、パリ・コミューン(革命政府)により、宮殿は焼失したそうです。この写真は、カルーゼル凱旋門です。以前ルーブル宮殿から撮った写真と共にご紹介しましたが、今回はチュイルリー公園側から撮った写真と共に、ちょっとしたお話を掲載します。この上に立っているオブジェですが、初め、ここにはヴェネチアからの戦利品の、黄金の馬車が飾られていたそうですが、それは、奪還されてしまい、今あるのは、ルイ18世の時に作られた物だそうです。 さてさて、皆さんお待ち金の問題ですこのチュイルリー公園の創設者、カトリーヌ・ド・メディシスですが、もとはイタリアのメディチ家出身で有名です。メディチ家は元々王家ではなく、商人だったそうです。さて、何の商人だったでしょうか? ヒント・・・後ろの名前に隠されています。メディシス、メディチ。今でも私たち現代人では、日常生活、なくてはならないものです。つい最近、私もこれに頼っていました!
2007/01/31
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ちょっと先に戻りますが、全身麻酔をするとちょっとの間、しゃべれないと聞いたことがありますが、本当でした。痛いと言いたいのに、舌が動かないから、ろれつが回らないのです。それに酸素用の管が喉の奥の気管支まで入れられていたので、喉は痛くて声が出ないし、喉の奥から薬臭いにおいと味がするし、もう大変でした!夕方6時、待ちに待ってるんだか待ってないんだか…憂鬱な気持ちで夕飯を、かなり痛い思いをしながら半分食べました。そして薬を飲んだ後、母親が突然私に謝ってきました。私は生まれつき、大きな病気を2つ抱えています。1つは先天性の心臓奇形、もう一つは書きませんが。もう一つの病気のせいで、いじめられたこと、それに原因がはっきりと確定していない、両足首の靭帯損傷。全部自分のせいだと言って、謝ってきました。足が悪いことも、心臓奇形のことも、もう一つの病気のことも、私は生まれながらの自分の宿命だと思っています。神様から与えられた使命なんだと。私は自分のこういう身体と、どう向き合えばいいのか、どう生きればいいのか、ただそれだけを考えて生きてきました。本当に苦しいとき、平等に使命を与えてくれなかった神様を恨んだことはありますが、両親を恨んだことなんて、1回もありません。生きることは苦しいけど、その分友達を作る機会を与えてくれたり、楽しいことも思う存分、味あわせてくれました。そんな両親を、なぜ恨まないといけないのか?ただ私は、真実を知りたいだけ。真実を受け止めたいだけ。真実を両親に知ってもらいたいだけなんです。母親に今のことを簡単に言って聞かせると、泣いてました。そうこうしているうちに、薬が効いてきたのか、気がつくと入院3日目の朝を迎えていました。
2007/01/30
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今回からチュイルリー公園を特集したいと思います。ここは元々はチュイルリー宮殿があった場所で、今はその跡形もありません。1563年当時、フランスの摂政であった王母カトリーヌ・ド・メディシスが建設を命じ、フィリベール・ドゥ・ロルムの設計のもと、100年かけて完成したそうです。 実はこのカトリーヌ・ド・メディシス。フランス料理の元を作ったといっても過言ではない人物なんです!今までのフランスには、食卓にマナーは存在しませんでした。イタリア生まれ・イタリア育ちのこの方は、イタリアの食卓のマナーを教え、イタリアからフォークを持ってこさせて使い方を伝授し、大好きなアイスクリームをフランスに持って来させたことで有名な方です。 さて次回のおフランスのコーナーは、カトリーヌ・ド・メディシスについての質問を出したいと思います。お楽しみに
2007/01/30
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手術当日の朝、もっちろん!朝食・昼食抜きの絶飲です!この日朝早く、救急車が到着。その救急車に乗っていた80代の女性が、私の目の前のベッドで入院することになりました。朝8時過ぎ、母と姉が到着。10時過ぎまでおしゃべりしてました。10時過ぎに看護士さんにお風呂に入りたいとリクエスト。待ちに待ってようやく入れたのが11時半。姉と母親は、昼ごはんを食べに外に出ていたそうです。帰ってきたら、いい匂いが漂っていました~。食べれない私にとっては・・・ちょっとでした。お風呂から帰って、種々次に着替え、すぐに点滴開始!次に・・・私が最も恐れている注射・・・筋肉注射!去年腕にしてもらって痛い経験をしたので、今回は違うところをお願いしました。今度はお○○にしてもらいましたので、傷みも少ししかなく、楽勝・楽勝手術に備え、気を楽にしたかったので、バニラの香水をつけました。バニラはアロマ効果でいう、気持ちをハッピーにしてくれる効果があるのです。それをつけて、12時50分過ぎ、いざ手術室へ出陣です! ん?と思いきや、手術室に速くつきすぎて、まだ中に入れない!?ヒマだな~寒いな~誰か外通路の扉閉めてよ~。と思っていると、執刀医が登場!「もしかして緊張してる?」と言われ、「大丈夫です、全然緊張していません」と答えてしまった私嘘です。緊張してますよ!と、本当は言いたかったのにな。 手術室に入った瞬間、声のでかい看護士さんに「この周辺、なんか甘い匂いがする!なんで?」って言われてしもた!すかさず私は、「すみません、私がつけました!気持ちを落ち着かせたかったので・・・」で、一件落着・・・で次は・・・またまた痛い経験をした、静脈麻酔の点滴が!でも今回は、全然痛くありませんでした。なんで???全身麻酔のためのマスクも装着し、そこから意識がありません。気がついたら病室にいました。終わった瞬間と、運んでいる間の記憶は一瞬でしかなく、病室に着いて時計をチラッと見ると、ちょうど15時半。次に目を覚ましてあたりを見渡すと、酸素マスクをつけて寝てました。途中麻酔が切れ始めて、痛み止めの座薬を入れてもらいましたが、和らぐどころか、ますます痛くなりました!長くなるので、今日はここまでにします!
2007/01/29
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去年の2月かな?1週間お世話になった、ホテルの部屋の写真を一挙公開します! 改装後の部屋らしく、何ともかわいい部屋でした ここはベッドルームです。このホテルの売りは、広いしバス付きの部屋が多いし、収納力抜群です! パリのホテルの部屋って、一般的にものすごく狭いんです!初めて泊まったホテル、3つ星だったんですが、大サイズのスーツケース1個でさえ、半分しか開けられませんでした。しかしここは違います!超特大1個、大1個のスーツケースが余裕で開けれます!エレベーターも2箇所あり、1箇所は人間2人しか入れませんが、奥にある2箇所目は大型エレベーターなので、大人3人荷物超特大1個、大1個のスーツケースが余裕に入りました。これはデスクとダイニングテーブルです。ちょっと薄暗いんですが、読書するときの電気だけは確保できるので、さほど気にはしませんでした。見えてませんが、左側の扉の向こうが、お手洗いです。バスタブも広く、お湯の出も良好でした。私ヨーロッパかれこれ3回行きましたが、バスタブに手すりがついているのは、初めてでした!それに妙に嬉しかったのは、洗面器が2箇所あること!とても使いやすく、重宝しました!それに見てください!鏡の周りのかわいいタイル!私の心を、トリコにしちゃいました~ ちなみに場所ですが、目の前にオルセー美術館とチュイルリー公園があります。徒歩5分以内にルーヴル美術館があり、徒歩15分くらいでオペラ座に行けます。お勧めのホテルです♪値段は冬だったので、1泊2人で140ユーロ以下だったような気がします。
2007/01/28
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朝9時半ごろ病院に着き、レントゲン・心電図・尿検査を受けて、病室に案内されたのは、10時過ぎでした。心電図の検査の時、先生に言いました。「私、先天性の心臓奇形でして、心電図は必ず引っかかりますけど、いつも再検査受けたあとは何もないって言われますので、今回も異常はないと思います。再検査、受けたくないんですけど・・・。と、ささやかな抵抗をしてみました。この時はまだ、再検査が何日かあとに行われることはつゆ知らず・・・。まっ、その後は病室に案内されました。 今回は4人部屋で、高齢者が2人いらっしゃいました。そのうち1名が94歳のおばあちゃん!このおばあちゃん、面白いんです!!私の手術日の朝、実はこのおばあちゃんに起こされました。きもちよく寝ていたら、突然「きゃあぁぁぁ!」という叫び声が聞こえてきまして、ビックリして起きると、おばあちゃんの起きたときの雄叫びだったというのが、のちほど判明しました! で、もう一人のおばあちゃんは私の真横のベッドにいる70代の方。このおばあちゃんは、私の手術日の翌日、私が気持ちよく昼寝して、そろそろ起きるかな?と背伸びしていると、いきなり「ブウゥ~!」という大きなオ○ラが・・・。あまりの音の大きさに、一瞬心臓が止まりました~。 お昼を食べ、ヒマをもてあましていると・・・、肺活量の検査に!その時私、すご~くイヤな予感が・・・。親子3代そろって肺が小さい家系でして、検査2回で済むところ、3回もしましたよ!!って息吐くだけなんですけどね。1回目終わったあとからめまいして倒れそうだったんですけど、頑張りました!!で、次は夕食を食べ、21時から絶飲絶食です。果たしてお腹は、空腹と戦えるのか!?!?お楽しみに~
2007/01/27
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久々に復活しました、「みさっちゃんのコーナー」!と、行きたいところなのですが、ここで皆さんに報告します。私本日1月22日、みやそう病院という個人病院に入院します。前回は右足首を手術しましたが、今回は左足首を翌日23日(火)に、同様の手術することになりました。ここで、またお世話になる先生に、感謝の気持ちを込めて何かメッセージを残したいと思い、書かせていただきます。私の大好きな渡辺美里さんの詩、「サンキュ」をお送りしたいと思います。「サンキュ」会いたいと想うことが こんなにも胸を熱くするいっぱい泣いて いっぱい笑って今 あなたにココロからサンキュ さよならが悲しいことも 愛することが苦しいこともあなたが教えてくれた 重ねてゆく季節の中で これこそはと想う たったひとつを いつの日か みつけだしてお日様みたいに笑っていてねたとえ 世界が暗闇でも こんなに広い都会の片隅で めぐり逢えたのは きっと偶然じゃない 大切と思う人が こんなにも 私にはいることをおおきな声で伝えたい今 あなたにココロからサンキュ 不器用だけれど 生真面目すぎるけど あなたは私の勇気ささやかな出来事に目を細めて うなずきあって抱きしめていたいから 小さな星の瞬きが 宝石のよに輝く夜は大空に向かい歌いたい今 あなたにココロからサンキュ作詞 misato 先生、私の今の健康な体があるのは、もちろん元気な姿で生んでくれた、両親のおかげでもありますが、こうやって元気に走り回れるようになり、他の人に自分の足のせいでずいぶん迷惑かけた分、恩返しを出来るようになったのは、先生のお陰です 本当に、ありがとうございました!といってもまだ、左足があるので、またまたお世話になります!
2007/01/22
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今日はまた、オペラ座の写真を掲載しますと同時に、オペラ座の怪人について、少しお話します!まずは1枚目ですが、この写真は以前掲載しました、あの休憩の間の天井です。次の写真は、まさに怪人が出てきそうな雰囲気の、夜のオペラ座です!「オペラ座の怪人」、実話を基に作られたってご存知でした?1896年5月22日、オペラ座でシャンデリアが落下するという、事故があったそうです。それを知った「オペラ座の怪人」の作者、ガストン・ルルーが物語の構想したそうです。更に当時から、オペラ座で起こるさまざまな事故や事件は、そこに住み着いた怪人によるという、噂があったそうです!ちなみに、「オペラ座の怪人」のヒロインと同じ名前の、歌姫がいたそうです。「クリスティーヌ・ニルソン」。出身も、デビューのきっかけも、ヒロインとまったく同じだそうです。皆さんは、この「オペラ座の怪人」、実話だと思いますか?私は実話だと信じたいです!
2007/01/21
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先日、ゲストが休憩する場所をご紹介しましたが、その一部をまた抜粋してみました。まさに宮殿です・・・。オペラ座の床・階段すべてが大理石なんです!さすが、豪華絢爛が大好きな、まさにナポレオン三世が創った、個人の娯楽のための劇場!という感じがしました。次回もまた、オペラ座を特集したいと思います。名作「オペラ座の怪人」の話も少ししたいと思いますので、お楽しみに!!
2007/01/19
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この写真は、オペラ座の廊下です。ここが唯一すごく質素だったような気がします。この写真に比べ、次の写真は豪華ですよ!!ここは、お芝居の中間にある休憩の時、お芝居を見に来たゲストが使用する、憩いの場です。今は、特別のときにしか使用していないそうです。 次回もまた、オペラ座の写真を公開します。お楽しみに!!
2007/01/17
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オペラ・ガルニエといえば、やっぱこの写真でしょう!!1枚では収まりきれなかったので、もう一枚!私は今まで、この天井に描かれているマルク・シャガールの絵は、オペラ座が出来た当時から飾ってあるものと思っていました。でもシャガールが生きていた時代とオペラ座ができた時代を見てみると、納得しました。現在の絵は、1964年に作成されたものだそうです。以前はどんな内部だったんでしょうか?
2007/01/14
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昨日は・・・女の子デー初日ということと、入院前の検査で採血があり、目いっぱい血液とられたんで、体調を崩してしまい、更新できずにいました。今日も体調思わしくありませんが、頑張って更新します! 建設時、当時の建材としては最新のコンクリートを使用して建てられたそうで、これによって従来不可能とされていた、巨大な空間を確保することに成功したそうです。2167の座席が5階に配分されており、観客収容規模でも当時最大の劇場だったそうです。写真の人物は、母です。怖い映像でごめんなさい!これはオペラ座を真正面にすると、左側に見えてきます。これが右側です。明日は内部をご案内します。
2007/01/13
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次にご紹介するシリーズですが、オペラ座です!ナポレオン3世の第2帝政を称える記念碑的建造物として1861年に起工され、1875年に完成。このときにはナポレオン3世の退位、亡命した第3共和制の時代だったそうです。シャルル・ガルニエによる設計から「ガルニエ宮」(Palais Garnier)とも呼ばれています。
2007/01/10
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ここは、モンマルトルのサクレ・クール寺院の端っこから撮りました。パリの伝統ある風景を楽しみたいのに、ビルが写っているのは、ちょっと嫌かな?いつかはこういう煙突のついた屋根に上って、パリでなくてもいいので素晴らしいヨーロッパの街並みを、時下で楽しみたい!と思っています。あっ!私その前に、高所恐怖症を治さなくちゃ
2007/01/08
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久々に復活しました、おフランス♪今日はパリの奥にある、芸術家が愛した街、モンマルトルを紹介します。ピカソ、ルノワール、ロートレック、ユトリロなど、多くの画家たちが過ごした、芸術家の街です。 ここにたどり着くのに、大変な思いをしました!地下鉄は避けて通りたかったので、オペラ座の通りから95番のモンマルトル行きのバスに乗ったのが大間違いでした。地下鉄とケーブルカーを使用すれば30分~1時間で行けた所を、2時間もかかってしまいました・・・。地下鉄を降り、いろんな人にケーブルカーの乗り場を聞き、ようやく着いて乗ったところ、ほぼ満員でした。観光客は数人程度で、あとは・・・小銃を持った警官がずら~り!改めて身が引き締まる思いをしました。 パリでもよくスリのことを聞きますが、全然あいませんでした。というか、いつも海外へは母と行きますが、いつも喧嘩してます。街中で大喧嘩している親子を見て、近づく人はいないでしょうというくらい、モンマルトルに行くまでの間も喧嘩してました! 次回は、世界史ではなく日本史に出てきた、ある外国人もこのサクレ・クール寺院にゆかりがあるらしく、その人のお話も少ししたいと思います。お楽しみに!!
2007/01/07
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さてさて、3回にわたりお送りしてまいりました 「ミッキーを探せ!!」ですが、今日で最終回です!さぁ皆さん、張り切ってまいりましょう!! どこにミッキーがいるかというと・・・わかります?水色のシャボン玉のうち、両耳と顔らしき絵が映っています。それがミッキーです! そして最後の問題!これはわかるでしょう!!えっ?何?どこ?って言う人のために、もう一枚。次回は再び、パリの風景を掲載しようと思っています。お楽しみに!!
2007/01/05
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今日の第一問目は、久々にかんたんなものから載せます。ケータイから見ている人のために、もう一枚。じゃあ次に行きます!今度は難しいですよ~。画像の右足の下にご注目下さい!赤い目をしたミッキーが・・・こわ~い! それでは第3弾もお楽しみに!!
2007/01/04
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さてさて、本日第2弾の!「ウォーリーを探せ!!」のミッキーバージョン「ミッキーを探せ!!」をお送りしますこれは、ある意味ひっかけ問題かも・・・。足元の左右に、な~んとなくミッキーの形をしたものが・・・。ヒントとしてもう一枚!なんだこりゃ~!でしょ?それでは次!これでわかれば・・・貴方は天才です!!ヒントは両耳と顔の輪郭がミッキーなんです!!え~!?!?でしょ?でしょ?でもこれ、情報提供者から教えてもらったことなんで、本当なんです!! ではではまた、第3弾でお会いしましょう!
2007/01/03
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20代後半以上の方、覚えていませんか?ホーリーを探せ!!って、はやりましたよね?今日からほんの少しの間のお題はこれです!!ミッキーを探せ!!実はホテルミラコスタの、ロビーの天井には、イタリアのルネッサンス時代の絵画(ニセモノ)が飾られてありまして、情報提供者の方に聞きますと、その全ての絵の中に、ミッキーが隠されてあるそうなんです!一緒に探してみませんか? まず1枚目は、アーチ型の右側の柵、わかります?ミッキーがいます! じゃあ次!これ、わかります?拡大してみました。船の左側ちょっと斜め上なんですが、丸いのがほわ~んと浮き上がっていると思いますが、実はこれ、ミッキーらしいです!次の写真は、次回に掲載します。お楽しみに!!
2007/01/01
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